第29話 痛みが足りない
「おー、こいつが家出少年か。かっこいいじゃねーか、明日から学校でヒーローじゃね」
「うっせ、ジジイ!」
「なんだとクソガキ、通報すっぞ」
2人は同レベルで言い争っている。
美月も19歳のくせに大人げないが、カイが目に見えて元気になったので僕は笑ってしまった。
カイがシャワーを浴びている間にヨッシーに頼み、彼の父に子供を安全に保護してることを伝えてもらった。あと、本人が帰りたくないというので、僕のテントで今夜は泊まらせることも。
カイの父はもちろんかなり渋ったそうだが、ヨッシーに頼み込んでもらった。ここで無理やりに帰すのは違うと思うのだ。
少し待つとカイがシャワーを浴びてすっきりした様子で管理棟に戻ってきた。背が高いので僕の長袖Tシャツとハーフパンツでも違和感がない。
「明日、お父さんが迎えに来てもいい?」と僕が聞くと、
「…今夜考えてもいいかな?」と答えた。
「もちろん。せっかくの連休だしゆっくり考えればいい」
僕がそう言うと、大人っぽい顔を崩し、やっと子供の顔になった。
「もう寝た?」
シャワーを浴びた僕がテントに入ると、カイはまだ起きていて僕の睡眠導入剤、『
「ねえ、余った火でバナナ焼かない?松ぼっくり拾ってさ」
「え!バナナって焼けるの?」
「うん、真っ黒になるまで皮ごと焼くんだ」
僕たちは松ぼっくりを拾い集め、消えかかった火に投入した。その上に薪をくべる。
着火剤代わりに使うだけあってよく燃える。
海辺には大体クロマツが植林してあることが多い。アカマツに比べて葉が固いので「
だんだん黒くなるバナナのタイミングを見極めるように二人は押し黙った。
「もういいかな」
僕はプラスチックの皿に黒こげのバナナを乗せ、先日購入したナイロンのナイフで縦一文字に裂き、開けてシナモンシュガーをかけてカイに渡した。
アイスクリームかチョコレートがあれば最高なのだが、まあ仕方ない。
「おあがりよ」と僕がおどけて言うと、彼の顔がびびっている。食べられるか心配なのだろう。動物のように匂いを恐る恐るかいだ。
「あ、すごくいい匂い…いただきます」
彼は恐る恐るスプーンを入れ、すくって口に含んだ。
「わ、めっちゃ甘い!!美味しい!」
「でしょでしょー?これ、あの受付にいたスタッフに教えてもらったの。甘いものは嫌いだけど、バナナは好きなんだって。ヘンでしょ?」
「うん」
「甘いもの、好き?」
「…好き。昔はお母さんがマドレーヌとかクッキー焼いてくれてた」
「そっか、美味しかったんだね。じゃあさ、カイが作ってみんなに食べさせてあげたらいい。喜ぶよ」
「…」
「嫌?」と僕が聞くと、彼は首を振った。
「どんな顔を恵子さんにしたらいいのかわからない…」
「恵子さんって新しいお母さん?」
「うん…」
「嫌いなの?」
「嫌い、じゃない。でもお母さんじゃない。俺は弟の
「…別にいいじゃん、無理に甘えなくてもお母さんだと思わなくても。君が恵子さんに敬意を払って一緒に住んでいたらそれでいいんじゃないかな。だってお父さんが選んだ人でしょ?」
「…ん。お父さんバカだから、俺たちの為に恵子さんを連れて来たんじゃないかなって。そんなの恵子さんにあんまりだろ?俺はお父さんに怒ってるんだ」
「そっか、怒ってるんだ。じゃあ、ちゃんとお父さんに怒りをぶつけなきゃ。僕、応援するから、明日頑張ってみたら?お父さん怖い?」
「いや、全然。怒られた事あんまりない。だから、余計に今回怒られて腹が立ったんだ。お母さんがいないから新しい奥さんだなんて、あまりにも酷いよ。恵子さんにも失礼だ!」
彼の怒りはヒートアップしてマツカサの様に燃え盛ってきた。
僕は恵子さんという新しい母親を嫌っているわけではなさそうで安心した。きっといい人なのだろう。
「そっか、他に言いたいことない?」
「ある!あのね…」と彼は
学校の事、地域の事、家族の事。動物を飼いたいけど言えない事。
片親だった自分にも心当たりがあるような話ばかりで懐かしくて、彼の話にずっと耳を傾けていた。いつの間にかテントに雨が当たってきた。
彼の話は止まらない。でも大丈夫、夜は深く長い。
「マナ、起きて。朝だよ」
テントが明るい。いつの間にか寝ていたらしい。カイに「おはよ」と言うと、
「寝言でリアムって言ってた。恋人?」とニヤニヤしながら聞かれた。
「まあ、そんな感じかな」
「ふーん。ねえ、朝ご飯作ってあげる。パン?」
「へー、ありがと。そうだねぇ…パンと、昨夜食べ残した肉まんを食べちゃおうか。火起こし、教えてあげる。取り敢えず顔洗いに一緒に行こうか」
「うん」
昨夜の雨はやみ、晴れ晴れとしたゴールデンウィークにぴったりの天気になりそうだ。
僕らが洗面所に行くと、家族連れの子供たちがわらわらいてぎゃあぎゃあ言ってる。朝から元気で頼もしい。
「俺はあんな子供じゃないから」と恥ずかしそうに言って、カイはさっさと顔を洗った。
彼の使ったタオルを貰い、僕も顔を洗う。その僕を彼がじっと見てるのに気が付いた。
「どうしたの?」
「いや、マナってもしかしてだけど、女の人?」
「そうだよ、やっと気が付いた?」
「や、やっぱりそうなんだ。で、いくつなの?」とやけに嬉しそうに聞いた。
「ハタチ」と顔を拭きながら僕は答えた。
8歳差か…と彼はぶつぶつ言ってる。
「じゃあ火起こししよっか」
「うん…ねえ、彼氏ともう付き合い長いの?遊び?何歳?」
「あ、遊び…じゃないと思う、けど…どうしたの?」
僕は思わずのけぞった。こんな子供の口から『遊び』だなんて…驚くじゃないか!
「ん、知りたいなって思ったんだ。俺がハタチになったらマナは28かあ…」
僕たちは朝の光の気持ちいい空気の中、ワイワイ話しながら火起こしを始めた。
肉まんの残りをホットサンドメーカーで挟んで火にかけ、パンの間にキュウリとハムとトマトを挟んで、これも肉まんが焼けた後のホットサンドメーカーで焼いた。本当はハムでなくベーコンがいいが仕方ない。
「美味しい!マナってすごいね、天才じゃない?」
いや、僕だって周りに教えてもらってるだけだ。
「みんなめっちゃ色々知ってるよー、僕はひよっこキャンパーだから」と言いながらコーヒー牛乳を飲む。カイは牛乳だ。
コーヒーはカイを心配した美月が持って来てくれた。
「おい、襲われなかったか」と美月が冗談でカイに言うと、
「おまえじゃあるまいし」と言い返されて、また揉めている。
(なんだろう、この二人は…似ているのかもしれないな)
「で、お父さんに連絡してもいいか?」
美月が真剣な表情になってカイに聞いた。子ども扱いしてないのが彼にも伝わったのだろう、カイも真面目な顔になって、
「迷惑をかけてすいません、お願いします」と美月に頭を下げた。
カイがいっぱしの男に見えて僕は面食らった。
昨日の昼に見回りで初めて会った時とは顔つきが全然違う。少年の急な成長を目の当たりにして、僕は心が震えるのを感じた。
「じゃあ、お父さん迎えに来たら呼びに来るから、ゆっくりしてて」
僕はバイトなのだ。
「うん…」
浮かない顔をしたカイに、
「どうしたのさ?お父さん怖くないんでしょ?」と聞くと、
「…昨夜マナに言えなかったけど、お母さんがいなくなったの俺のせいなんだ。
小学校に入った時は皆より一回り小さくて、クラスで
だんだんおかしくなった母さんは、俺が2年生になってすぐに出てったんだ…俺の痛みが足りないから帰ってこないのかな、俺が苦んでいることが伝われば帰ってくるかも、って思って家出した。マナ、俺はバカだよね」
(そうか、彼は母親に捨てられたと思ってるんだ…それも自分のせいだって。そんなわけないに決まってる)
僕は彼の頭を撫でて、
「カイはバカじゃない、優しい子だ。もう十分に痛みを感じて生きてきたよ。だから、これからは楽しい生き方をして欲しい。お母さんだって、恵子さんだって、お父さんだってお祖母ちゃんだってそう思ってるはずだ」とはっきり言った。
「マナは?」
「もちろん、カイがいつも笑っていられるのを望んでる。ここで僕らが出会ったこと、そこには何か意味があるはずだと僕は思う」
「…ありがとう、マナ」
彼は僕にぎゅっと抱きついた。だから僕も強く抱き締め返した。
「いつだって抱き締めて欲しいときは連絡しておいで。人の温かみを求めるのは恥ずかしい事じゃない、誰にでも起こる正しい心の動きだよ。人は一人では生きていけないんだ」
「…」
彼は返事をせずにただ頷いた。
「じゃあ、僕は仕事だから。また後でね」
彼はしぶしぶ僕から離れたが、顔を見るとキリリとして満ち足りた表情をしていた。
僕は彼のなかにある強さを感じ、安心した。もう家出なんてしないだろう。
(ナユもこんな顔を出来ていたら死ななかったのかもしれないな…)
ふいにそう思った。
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