第30話 甘えたいのは子供だけじゃない

 管理棟に行くとヨッシーが丁度来た。


「おはよう。マナ、あの子は大丈夫?」


「うん、納得して帰るってさ。お父さんに怒ってたみたい。あと自分に、かな」


「…そっか。マナ、偉かったな」


 ヨッシーが僕の背中を撫でる寸前、美月が何食わぬ顔で間に割り込んできて質問した。


(どんだけ好きなんだよ…)


「で、いつお父さんは来るんですか?俺達やこのキャンピングパークが訴えられないか心配で…」


「大丈夫、連れの兄だから、話は通ってるはずだ。もし訴えられたら評判のいい弁護士でも雇うさ」と珍しく頼もしいヨッシーだ。


「良かったー」と僕と美月がハモると、


「おまえらもいいコンビになってきたな」と癒し系の笑顔で言った。


「いやいや、それを言うならザキと美月でしょ」と僕が言うと、美月がすんごく嫌な顔をした。




 少ししてカイの家族が管理棟に転がり込んできた。優しそうなノッポのお父さんはカイの話通りの人だ。警察も来た。


「カイ君を連れてきますね」と言うと、


「付いてっていいですか?」とカイの父親が僕に有無を言わさずくっついた。逃さない、って気迫を感じる。


(ああ、この人…カイのことめっちゃ大事なんだ…)


 僕は心からほっとして、父親に言ってやりたかったこと、全部を飲み込むことにした。きっと彼はわかってるから僕が言う事じゃない。カイが言えばちゃんと聞いてくれる父親だ。



 二人無言でテントに近づき、


「カイ?お父さん迎えに来たよ」と言うと、


「はい」と返事をしてもぞもぞテントから出てきた。

 父親を見て顔がボッと赤くなった。でも何か一生懸命言おうとしてるのがわかる。父親もそれを感じて待っていた。


「お父さん…ごめん、心配かけて。俺が甘えてた」とカイは言って頭を下げた。


 驚いた父親は飛び立ちそうな蝶を捕獲する人のようにそろそろとカイに近寄って行き、彼にしがみついて声を出さずに泣いた。どうしたらいいか戸惑っているカイのほうが親みたいだ。




「すいません、ご迷惑をおかけしました」


「いえ、一緒にキャンプしただけです。カイ、またキャンプにおいで。今度はちゃんとお父さんに送ってきてもらうんだよ」


「え、マナんとこ来てもいいの?やった!お父さん、いいよね?」


 彼は少し困ったように、


「マナさんがいいなら、送ってきてあげるけど…そんなにキャンプが楽しかったのか?」と答えた。


「うん!」


「そっか。たまには俺ともキャンプしてくれよ」


「え?お父さんもするの?」


「ああ、キャンプ用品を揃えないとな」


「ここでレンタルして、気に入ったらそのまま購入できますよ」と僕が言うと、二人が目を合わせて噴き出した。




「しかし意外だったな。マナは小さな子苦手だと思ってた」


 ヨッシーがピザをほおばりながら言ったので、美月も首を縦に振った。

 失礼な男どもだ。

 カイの父親が差し入れだと言って街でリッチなピザを4枚も買ってきてくれたのだ。炭火をおこして軽く炙りながら食べている。


「ヨッシー、ごめんね。警察沙汰になって…色々迷惑をかけてしまった。美月にも無理言ってごめん」


「いいよ、俺だってカイが嫌がってるのに帰すのは反対だったから」と反抗的に言った。


(なんだ、この人19歳なのにカイと同じく反抗期か…)


「おい、お前今、俺の事まだ反抗期だって思ったろ」


「いいえ、そんなことすこっしもチラリとも思ってないですよう」


「ははは、美月君もマナにかかると形無しだね。マナは反抗期がなかったからわかんないだろう?でもカイ君ってすごく素直で、家出なんてしそうにない感じだったけど」


「うん…カイは出会った時は子供だったのに、帰るときは大人の目をしてた。きっと決意したんだと思う」


「なにを?」とヨッシーと美月がハモって聞いた。


「さぁね、そんな気がする。僕の直感」


「直感かよ!」


 美月は笑ったけど、本当は最後のカイの表情を見て思ったはずだ。彼は周りの大事な人を傷付けたくないから、人より早く大人になろうとしてるんだって。




 その夜、僕は家に帰っていた。

 カイの事があって、連休にずっとお母さんを放ったらかしなことに気が付いたのだ。でも家に帰っても母親は少し僕と話してから柴田さんとカラオケに行ってしまった。

 

(まあいいや、顔が見れたし)


 せっかく電波もあるので、リアムに電話でもしようかなと携帯に手を伸ばすと、知らない番号からかかってきた。


(…誰だろう?)


「はい、もしもし」


「あ、マナさんですか?カイの父です」と言う声でドキッとした。もしや訴えられる?とびびって返答すると、


「実はカイが勉強をマナさんに教えて欲しいっていうんです。なんか急にやる気みたいでして…曜日はマナさんに合わせますので、良かったらお願いできませんか?」と意外な申し出をした。


「もちろんいいです、お願いします」


 僕は即答した。

 夏休みにリアムに会いに行きたいし、免許も取らなければいけないのでバイト増やそうかなー、でも時間ないしなー、と思っていたところだった。

 カイの家なら隣町だし近いし融通も利きそうだ。しばらくは母に送り迎えしてもらって…と考えていたら、


「マナ?勉強教えてくれるってほんと?めっちゃ嬉しい、ありがとー!マナがN大薬学部だって言ったらお父さん一発オッケーだった」とカイの声が受話器の向こうから飛び込んできた。


 元気そうだ。しかし何で学部まで知ってるんだろう?そんな僕の疑問を察して、


「ああ、テントの中のノートに大学名と学部名があったから。『原核微生物ならびに真核微生物を対象に、微生物が有する新たな生理機能の探索とその分子レベルでの解明』って書いてあったけど、何度読んでも全く意味が分からなかったよ。呪文みたいだね。読み過ぎて覚えちゃった」と笑った。


(僕なんかよりよっぽど将来有望だな)


「カイ、これから宜しくね。都合のいい曜日を考えてまた電話する」


「うん!本当にありがと、マナ」と言って、突然ブチっと切れた。


 切り方までテンションが高い。あの様子では怒られなかったみたいで良かった。

 ぼんやりしていると、リアムから電話が入った。


「ねえ、俺の事忘れてたでしょ。ずっとつながらなかったけど、誰と電話してたの?」とねたような声が聞こえてきた。冗談で、


「忘れてるってなんでわかったの?」と答えると本当にねてしまった。


 僕は彼のご機嫌を直すのに30分を費やした。

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