第28話 くさったイモムシ

「お父さんなんか…くさったイモムシだっ」


 男の子は、サバの水煮缶とカットトマト缶を混ぜて温め適当に味付けし焼いたバゲットに乗せたものをばくばく食べながら自分の父親に悪態をついた。

 

(これだけ食べられるならば安心だ…)


 彼は背は155センチくらいで細身、さっぱりした髪形。賢そうな切れ長の目は油断なく周りを見ている。


『くさったイモムシ』


(…僕の辞書にはない不思議な言葉だ。これはきっと彼なりの悪口、なんだろう。一般で通用するかは別にして、だが)



「…これすっげ美味しい。兄ちゃん、料理上手いな」


 今さらだが言いながらまた食べる。6つ作ったのに、もう2つしか残ってない。


(…仕方ない、何かないか冷蔵庫を探そう)


 僕が立ち上がると、


「待って、どこ行くの?」とおびえたように聞いた。


「管理棟に行くだけだよ。君があらかた食べそうだから、僕の分を取ってくる。ゆっくり食べな」


「そっか…」


 彼はほっとしたようにまた食べ始めた。何も食べていない人のように。

 そう、彼は多分、いや、間違いなく行方不明の12歳だ。



「うーん、困ったな」と僕が言いながら冷蔵庫を見ると、母が持ってきたおやつの肉まんがあった。もう温かいので値下げされていたのだろう。

 さすがお母さんだな、この陽気ようきに肉まんか…と思ってたけど助かった。


(これをホットサンドメーカーで焼いて食べよ)

 

 僕が牛乳パックとバナナ、肉まんが4つ入った袋を手に取り、持っていこうとすると、


「おいおい、大食いだな。さっき缶詰とバケット1/2本持ってっただろ?太るとリアムに会った時びっくりされるぞ」と美月みつきが僕をからかった。


(そうだ、美月なら言ってもいい気がするな)


 彼とはもうため口の仲になっていた。


「…ちょっと相談があるんだけど」


 そう言って僕はヨッシーがPCで開いてザキと僕に見せていたSNSのページを履歴で開いた。顔写真を確認したが、さっきの少年に間違いなかった。


「この子、僕のテントにいるんだ」


「なっ!すぐに警察に電話しなきゃ…」と美月が反応した。

 

(さすが常識人だ。それが普通だろう。でも…)


「待って、連絡したらきっと逃げちゃう。その子家に帰りたくないみたいなんだ。ねえ、また後でここに来るから、それまで秘密にして相談に乗って欲しい。僕は美月だから言ったんだよ」


 彼はしばらく考えてから、ため息をついた。そして、


「…わかった」と言った。


 きっとヨッシーに迷惑がかかるなと考えていたのだろう。

 僕は足早にサイトに戻ると、少年は大人しくいた。


「名前は?」


 僕はホットサンドメーカーに肉まんを2つ挟んで火にかけながら聞いた。網の端には遠慮したのか、サバトマト乗せバケットが1つだけ残っている。


「カイ。海って書いてカイ。お母さんが海が好きだったんだって」


「へー、いい名前。僕はね、マナって言うの。真の名前、って書くんだ」


 バケットをそっと彼の前の網に乗せると、やはり遠慮していたのかしおしおと口に含んだ。食べ盛りだしまだお腹が空いているのだろう。


「ほんとうの名前?」


「うん。父がね、すべてのものには本当の、真実の名前があるって言ってたんだ」


?お父さんに聞けばいいじゃん」


「父は3歳の時に事故で死んじゃったんだ。それも、お祖母ちゃんも一緒に、ね。だから、4人家族がいきなり2人家族になっちゃった。だから僕は父のレコードコレクションを聞きながら、父はどんな人だったんだろうな、って一人で想像してた。

 でも、隣の幼馴染がいつも一緒に居てくれたから寂しくはなかったよ。その彼も死んじゃったけどね」


「…そうなんだ…」


 彼はちょっとひるんだように後ずさった。だめだ、子供相手に強烈な話をしてしまった…。

 僕は急いで話を変えた。


「君の家族は?」


「お父さんと弟。あとお祖母ばあちゃんがいたんだけど、少し前に病気で死んじゃった」


「そっか…。悲しいよね、わかるよ。大好きな人がいなくなるって、なんて言うか、自分の身体や家の空間がごっそり削られたような気がする」


 彼は僕の言うことがわかるようで、深く頷いた。


「…お祖母ちゃんがいなくなって俺は悲しいのに、お父さんが…」


「くさったイモムシさんね」


「うん。そのお父さんが、新しいお母さんを1年前に連れてきたんだけど、俺が彼女になつかないからって怒ってきたんだ」


「懐けってこと?」


「うん。弟のリクは小さいからもう彼女に懐いてる。でも俺はお祖母ちゃんを好きだったからあまり…ね。お父さんはそれが気に入らないんだ。でもお父さんの気に入るようにするのも間違ってる気がして…なんか嫌なんだよ…」


「そっか…君も苦労してるね。で、僕にどうして欲しい?子供だからちゃんと言えないかな?」


「バ、バッカにすんな!ちょっと一人になりたかっただけだ。あと、お父さんを心配させてやろうって…少し思ってる」


「でもみんなが心配してる。わかってるだろ?」


「…」


 僕はサンドメーカーを開けてカリっと焼けた肉まんを1つ、カイに渡した。

 はみ出した部分が焦げて美味しそうに仕上がっている。一口食べると、中は肉汁でとろっとしているのに外はカリっとしていて、幸せをかみしめる美味しさだ。

 彼は美味しそうに食べている。これは出来立てが最高なのだ。


「さ、良かったら僕のTシャツとスウェットパンツ貸してあげるから、これ食べたらシャワー浴びておいで。このテントで泊っていきなよ。一人でいたいなら僕は管理棟で寝る。君が望むならここにいるのは内緒にしておいてあげるから」


「マナ、怒られない?」とカイは子供らしくない心配をする。


「いいよ、怒られても。僕は小さい時から乱暴者でね、いじめられやすい幼馴染をかばってよくケンカしたけど、母は本気では怒らなかった。多分今回も怒らないから、大丈夫だよ」


「でも、他の人には怒られるでしょ?」


「バーカ、いいんだよ。他人なんて関係ない。僕が大事に思っている人を裏切らなかったらそれでいいんだ」


 その時僕の頭に浮かんだ人は結構たくさんいて、自分で驚いた。この2か月で大事な人がこんなに増えてしまっていた。


「ありがと、マナ」


「子供は遠慮しなくていいんだよ。でもね、君が安全なところにいるってお父さんにだけ言ってあげてもいいかな?もう夜だし、海も山も探す人が危ないから」


「…わかった。男の約束な」


 この子も僕の事男だと思ってるよ…ふわゆる仕様で髪切ったのになぁ。やっぱりこの格好が問題なのだろう。


 僕は少しがっかりしながらも強く頷き、彼を管理棟に案内した。

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