第21話 キャンプは炭にこだわりたい
「おかえり、早かったね」
サイトに戻って来たら、リアムはせっせと暗い中一人用のテントを張っている。
「手伝うよ」
荷物をテントに入れ、彼の隣に座った。僕の心がホッと緩んだのを彼はお見通しだったようで、クスクス笑っている。
「リアムのバカ!手伝わないよ」と怒った振りをして言うと、
「ごめん」と言って、僕の髪を撫でた。大きな手だ。
「だって、シャワー浴びる前、マナが顔を固くして緊張してたから…笑えちゃって」
リアムは僕を女の子として気を使ってくれている。それだけですごく嬉しい。
「…ありがと…でもちょっとだけ、がっかりした、かも」
僕が日本語の小さな声で言うと、聞こえなかったようで、「なに?教えてよ」と何度も聞く。
(本当は聞こえてたんじゃないの?意外と意地悪だからな…)
「早くテント張ってゆっくりしよう」
僕は大好きなペグ打ちをした。リアムが危ないのでライトを持って来て手元を照らしてくれる。
僕は好きなくせにペグ打ちが下手で、何度も自分の指を叩いてしまって血豆を作っていたので助かった。
その話をしたら、彼は焦って、俺がする、と言ったけど、僕がしたかったので丁寧にお断りした。
キーン、キーンというペグを土に打ち込む高い音が、夜のキャンプ場に響き渡った。
「おいおい、夜にテント立ててるのかよ」と美月がサイトにやってきて呆れて言った。音がしたから困っている人がいるのかと心配で見に来たのだろう。
「はい、もう立て終わります。ちょうどいい、美月さん、ビール買ってきたので飲みませんか?」と僕が聞くと、美月とリアムが呆れ顔を見合わせてなぜか笑った。
「いいね、けど少しだけな」とリアムの方を向いて言ったので、
「じゃあ、僕チェア持ってきます。すぐ戻ってくるので二人で飲んでてください」
と言いながら僕はもう管理棟に向かっていた。
「ふー」
管理棟の中で背筋を伸ばし、身体中の空気を吐き出して、新しい空気を入れる。
今日はすごく楽しかったけど、初めてのキスとデート、そして、もしかして…という焦りと期待で疲れてしまった。
カウンターの中で僕のお気に入りのロゴスのあぐらチェアを探していると、
「すいませんー、炭下さい」と声をかけられた。
このキャンピングパークには何種類か炭が用意してある。ヨッシーのこだわりだ。
まずおすすめはロゴスの 固形燃料『エコココロゴス・ミニラウンドストーブ』だ。
着火剤が不要で、マッチやライターで簡単に着火で簡単に火がつく成形炭で、急ぐときや手間をかけたくないときに便利なのだ。 ヤシガラを再利用しているので、森林を伐採しないエコ商品なのもいい。火が長持ちするのも嬉しい。
次は黒炭『岩手ナラ切炭』だ。
日本古来の方法で製造された国産上質炭で、 外国産の炭に比べて、
最後に通におすすめなのが、『炭魂 大黒オガ備長炭』だ。
原料のオガ粉は化学物質を一切使用しない製材所との契約購入から始まり、製造工程についても厳しい生産管理をされた無添加自然原料の安全な商品だ。着火はやや難しいが、プロ仕様の商品ならではのパワフルな火力と長時間燃焼が嬉しい。値段以上の価値があるとヨッシーは言う。
お客さんに炭の用途を聞き、選んでもらって売ると誰もいなくなった。
しん、となった管理棟は昼間とは全く雰囲気が違う。なんだろう、他の星に着陸して皆が探索に出かけていなくなった基地みたいだ。
「別に良かったんだけど…な…」
僕のうつろな声が響いた。
(リアムならいいと思っているんだけどな…彼が帰国したら後悔するんじゃないか?もう二度と会えなくなるかもしれないし…)
僕がカウンターでぼんやりしていると、
「何が良かったの?」とリアムが目の前にいてびっくりした。
「リ、リ…」と面食らってる僕をつかまえ、カウンター越しに軽くキスした。聞かれたかもしれない。ドキドキしながら、
「…どうしたの?」と聞くと、
「こっちこそどうしたのだよ。マナが遅いから迎えに来た。さ、行こ」と椅子を持ってリアムが笑った。聞かれてないみたいで良かった。
「ん…お客さんが来たから」
「真面目だな、マナは。でもそういうとこも好きだよ」と言って、今度は身体をくっつけて少し長いキスをした。なんだか自分の身体がふわふわして浮いている気がする。
精密に調べると重力の度合いは地球上の場所や時間によっても変化する。キスにも変化の要因があるに違いない、と僕は身体が軽くなるのを感じながら思った。
「遅い!」と美月が火の前で笑って言った。手には軽くなったビール缶が握られているようだ。
「すいません、ぼんやりしちゃって…」と僕がチェアをリアムの隣にセットしながら言うと、
「そんなことだろうと思った」といって、ぐいっと一気に残りを飲み干した。そして、僕をじっと見て、
「本当に女なんだなー、リアムの隣にいるとそう見えてくる…気がする」と真剣に言った。相変わらず失礼だ。
「すいませんね、男じゃなくて。女でもヨッシーのことは好きじゃないので大丈夫ですよ」と言って、僕は桃のチューハイを空けた。
「いただきます」
桃の甘さを喉で感じる。すごく美味しいが間違いなく太りそうだ。
「マナ、美味しそうに飲むね。一口ちょーだい」
「いいよ、はい」と言って渡すと、彼はぺろりと缶の飲み口を舐めてから一口だけ飲んで「甘いね…」と顔を少ししかめた。
(もしや…?)
「リアム甘いものダメなの?おやつに甘いものしか買ってこなかったよ」
そう僕が言うと、
「実はあまり得意じゃない。ごめんね」とリアムは申し訳なさそうに言う。
だって僕は散々甘いものを彼に勧めてきたのだ。僕は恥ずかしくて赤くなる。
「バーカ、普通の男は甘いもの食べないんだよ。だいたい、ビールに合わないだろ?」と美月にはバカにされた。
(…そっか、ナユが甘いもの好きだったから、男性は甘いものが好きだと思い込んでた!)
そんな僕の表情でしまったと思ったのか、勘のいい美月は、
「ビールご馳走様!客が来るかもしれないから戻るよ。リアム、明日も泊まるんだろ?またな」と言って、彼と握ったこぶしをぶつけ合った。相変わらず仲良しだ。
「おやすみなさい。お仕事頑張って下さい」と僕が言うと、ひらひらと手を振って管理棟へ向かった。
「美月はやっぱりいいやつだね」
「何話してたの?」
「ん…内緒、って言いたいけど、言っちゃう。マナがヘンな男に捕まらないように見張っててッて頼んだの。彼ゲイだから安心だよ…」
(なるほど、そこまで二人は話したんだ…美月は僕にはちゃんとゲイだって言ってくれてないのに。仲間だと思ってたからちょっとショックだ)
僕の少し不満そうな顔を見て、
「マナにはもう伝わってるから言わないだけだよ、美月は不器用だから」と優しく言った。
「それより…」
彼は僕をひょいと持ち上げて膝の上に乗せた。
「ふわっ、な、なに?」
顔が近いから困って、僕は俯いた。彼を至近距離から直視すると綺麗すぎて恥ずかしくなる。
「こら、こっち向いて」と言って、彼は長い指で僕の顎を掴んだ。指が温かい。
「ね、マナはまだナユタのこと好きなの?甘いものが好きなんでしょ、彼は」と少し拗ねたように聞いた。
(好き…そりゃあ今でもナユのことが大好きだ。でも…なんて言えばいい?)
「…ナユは、甘いものが好きだった。いつも板チョコとかを鞄に入れてて、二人で分けて食べたの。学校でも通学途中の道でもいろんな場所で…んっ…」
彼が急に僕に口づけた。ゆっくり離してから、
「もういい。ごめんね、ヘンな事聞いて。…どうしても聞きたくて…でもやっぱり彼のことは聞きたくないかも…」と切ない表情で言った。
僕はナユの事を話さなきゃ良かったって思う。こんなに近くにいるのに、もうすぐ遠く離れた場所に帰ってしまうのに、僕は何やってるんだろう?
しばらくピタリとくっついて静かに火を見つめていたが、不意に、
「桜が綺麗だし、ちょっと散歩、しない?」とリアムが誘った。
うん、と言いながら、僕はもう立ち上がっていた。謝らなきゃ、そう思った。
『Quiet when I'm coming home and I'm on my own
I could lie, say I like it like that, like it like that
I could lie, say I like it like that, like it like that』
海沿いにゴージャスに咲き誇る桜並木の下を歩きながら、彼が消え入りそうに口ずさんでいるビリーアイリッシュの『when the party's over』に耳を澄ます。波の音とのコラボが素敵だ。
失恋の孤独。
静まり返った家に帰って独りぼっちで過ごし「私はこれが気に入ってる、これが私の求めていたものだ」って自分に嘘をつく。そんな歌。
リアムはどうなんだろう。
でも彼の本当の中身は僕にはまだわからない。僕は彼のことは何も知らないに等しい。ただ、僕は彼が好きだ。それだけは間違いがない事実だ。
「ごめんね」
彼は手をぎゅっと握って、突然謝った。なんでリアムが謝る?
「僕こそ、ごめんなさい。ナユの話なんて…」
「違うよ、俺が聞きたくて振ったんだ。ナユも一緒に丸抱えでマナを好きになるから大丈夫だと思った。でもまだ無理みたい…俺って自信過剰でバカだな。ごめん、悲しい気持ちにさせて」
「リアムって本当に…正直で安心するよ。だから僕も正直になる。ねえ、僕ね、さっき管理棟で日本語で言った言葉覚えてる?」
「うん。『良かったのに』って言ってたね。どういう意味?難しいよ」
聞いてたんだと思うと顔が赤くなる。日本語で良かった。
「今夜リアムと一緒のテントで過ごしても『良かったのに』って意味だよ」
僕は恥ずかしさで彼を見れずに海を見ながら、でもはっきりと言った。とても恥ずかしかったけど。彼の顔はどんなか見れなかったのでわからない。
返事を待ったけど返ってこなかった。ただ、彼は僕を無言でぎゅっと抱きしめただけだった。
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