第22話 少しずつだが、植物だって動く
僕たちは無言のまま桜並木に沿って歩く。
街灯の代わりに凛々しい3メートルほどの桜が真下からスポットライトでライトアップされている。見ごたえがある美しさにヨッシーの美意識を感じる。
ふいにリアムが、
「ハワイではもうちょっと花色が濃い桜が咲くんだ。気候の問題でこの桜が根付きにくいから、違う品種を植えたんだろうね…日本を懐かしんで。俺の家にも植わってる」とやっぱり桜のことを考えていたようで言った。
「日本人は桜の中でもソメイヨシノが好きなんだ。幹が黒っぽい茶色で、花が淡いピンクだろ?その対比に美しさを感じるんだって。古代の日本では花といえば梅だったんだけど、時代が上ると花イコール桜に変化するのも面白いんだ」
僕が静かになってしまった空気を温めようとして、桜の説明をしてるうちにテントに着いた。彼はチェアに座りながら、
「桜、好きなの?」と銀色の髪を触りながら質問した。
「うん…植物が好き、かな。大学を休んでたから勉強関係の本は読みたくなかったんだ。代わりに植物や漢方の本ばかり読んでた。植物って足がないけど、種で自分の生きやすい場所に少しずつ移動するんだよ?すごいよね」
「ふふ、やっと普通のマナになった。ね、無理しなくてもいいんだよ。種じゃないけど、俺たちも少しづつ進めばいいじゃない?だめ?」
「…だって、リアム明後日帰っちゃうじゃない…もしかしたらもう会えなくなるかもしれないんだよ?」
僕が前のめりに焦って言うと、
「な、なんで?会えるよ、二人が会いたかったら必ず会えるって。何を心配してるの?」とリアムはびっくりして言った。
「…どっちかが死んじゃうかもしれないじゃない…」
僕は絞り出すように言った。
だって仕方ないじゃないか、僕の周りの大事な人が死に過ぎているのだから。
「バカだな、俺はやりたいことがあり過ぎて時間がなくて困るくらいなんだよ。死ぬわけない。マナもそれだけ強いんだから死にたくても死ねやしないよ、大丈夫」と笑って僕の頭を安心させるようにぐりぐり撫でた。
「強い?僕は強くないよ…今は少しだけ中身が入ったけど、ずっと空っぽ過ぎて怖かった。いつ死んでも平気だと思ってた」
「…でもマナは自分からは死ねないだろ?それは強いってことだよ」
確かに僕は自殺はしないだろう。
祖母と父はきっと自分が今日死ぬだなんて思っていないのに突然人生を事故で終わらせられた。命を強制遮断されたのだ。
それなのに僕が自ら死を選んだとしたら、そんな二人に申し訳が立たない。
それに母が悲しむことは絶対にしたくない。
「そう…かな?」
「そうだよ。だから、焦らないで欲しい」
「…じゃあ、僕が寝るまで一緒にいて、話してくれる?」
彼は口ごもった後、
「う…い、いいよ」とモゴモゴ答えた。
「それならいい」
リアムがいいと言ってくれて僕は嬉しかった。少しでも長く一緒にいたいのだ。
火の前で並んで今日見た海の生物の話や、植物の話をしていたら、場内がふっと真っ暗になり、机の上のライトが急に明るく感じた。消灯時間の10時だ。
「あーあ、もう時間だよ、早いね。寝よっか」
僕は少し机の上を片付け、ライトを一番暗く調光してからテントの入口をリアムが通りやすいように開けた。すると、彼は椅子から動かずにヘンな顔をしている。
(調子が悪いのかな?全然気が付かなかった…)
「大丈夫?気持ち悪いの?薬持ってこようか?」
僕が側に言って聞くとはっとして、
「いや…だ、大丈夫。ちょっと調子悪いだけ。寝たら治るから、俺自分のテントで寝るよ」とそそくさとさっき立てた一人用のテントに向かった。
「僕、リアムが寝るまで一緒にいたいから、入っちゃダメ?静かにしてるから」と心配で聞くと、
「え…いや、ん…いいけど…」と歯切れ悪く答えた。
(打てば響くような頭のいい彼がこんな風に答えるなんて、本当に嫌なんだ…)
「ごめん、無理言って。わかったよ、僕はこっちで寝るから、夜中に調子悪くなったら呼んでね」
僕はいつもの自分のテントに入って寝袋に潜り込んだ。
彼の調子が悪そうだし、異変があったらすぐに見に行きたいので起きていたかったが、初デートで疲れていたのかすぐに瞼が重くなった。
目が覚めたのは真夜中だった。隣のテントから物音がして起きたのだ。
(やばい、僕は熟睡しちゃったけど、リアム調子悪くて寝れないのかも…)
僕は気になったのでこっそりテントを出て、彼のテントを覗いて小声で聞いた。
「リアム、起きてるの?大丈夫?」
「…あ、ん、大丈夫だよ」
「入ってもいい?」と言いながら、僕は返事を待たずに彼のテントに滑り込んだ。
真夜中のキャンプ場は物音が響くので、外で声を出したくない。
真っ暗なテントの中、彼の横に手探りで座って、黒い塊の額の部分を探して手を当てた。ちょっとだけ熱い気がするが大丈夫そうだ。
「マナ、大丈夫だって。夜は寒いしテントに戻って寝袋で寝ておいで、明日バイトだろ?」
そう言って、彼は僕の手首をつかんで、自分の額から離した。僕を掴む彼の手が熱い。
「やっぱりちょっと熱があるんじゃないか。心配だから、少しだけ一緒にいてもいい?目が冴えちゃったし」
僕がそうささやくと、彼は僕の手首をひっぱって、自分の寝袋の上に引き寄せた。僕の背中に彼の力強い腕が回される。
「ひゃつっ、な、なに?」
「…細くて小さいね。マナ、自分の心配をしたほうがいいよ。こんな夜中に男性と二人きりなんて、どうなるかわかってるの?」
真っ暗で表情がわからないが、その小さな声は少し怒ってるように感じる。
「ど、どうなるって…」
僕が答えに困っていると、彼は僕の顔を両手で挟んで、僕の唇の位置を親指で確かめて引き寄せ、自分の唇と重ね合わせた。
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