第20話 ハタチの衝動

 夕方暗くなってきた頃、僕らは水族館を後にした。


「ここ気に入ったからまた来ようね」と明るい表情でリアムが言ったので、僕はほっとした。館内で事件があったのだ。




 水族館で僕らが手をつないで回っていたら、30代後半くらいの男性二人組に絡まれてしまった。

 まあ、僕らがいちゃいちゃするゲイカップルに見えるのと、リアムが明らかに日本人でないので絡まれる要素は多い。

 彼らは昼から酔っぱらっているのか、足取りが怪しい。


「おまえんら、外人のくせに日本でべたべたすんなよ。目ざわりだろっ」


 よっぽどモテないのか、そいつらがごちゃごちゃ言いながら付いてくる。


(街中ならまだしも、なんで水族館にこんな似つかわしくないやつらがいる?)


 控えめに言ってとても気分が悪い。リアムはいつも通りに見えるが、僕に悪いなって思ってるのが握った手のひらの違和感から伝わる。

 僕が何か言われるのは別にいいけど、リアムが言われるとなると話は全然違う。


 ふと、通路から外れた右奥に少し広い暗闇があるのが見えた。


「リアム、ごめん。ちょっとそこのショップで待ってて」


「まさか何かするんじゃないよね?」と心配そうに彼が僕を見たので僕は軽くウインクした。


「しないよ、少し注意するだけ」


 僕は二人に寄っていき、人通りが途切れてから、


「ねえ、ちょっと、こっち来てくれない?」と誘った。


 二人は目を見合わせて嬉しそうにふらふら付いてきた。ナメクジ以下の脳みそしかないようだ。


「ここで落とし前つけてもらおうか。僕の連れに悲しい顔をさせるなんて許せないからね」


 僕は彼らを逃げないように痛めつけ、絞め技で落として目立たないよう暗闇の隅に転がした。高校で柔道部にゆるく入っていたのが役に立った。

 酔っていたせいでもう寝こけている。この様子なら起きたら僕の事も忘れてるだろう。

 そして心配そうな顔をしたリアムの元に何食わぬ顔で戻った。




「ねえ、リアムは僕が乱暴者だって知ってるのに、それでもいいの?」


 僕は近くにあるエビフライで有名なレストランで夕食を取りながら聞いた。

 出会ってすぐに彼に乱暴したのを思い出したのだ。


「可愛い乱暴者だね…」


 彼はやたら薄暗い照明の下で皮肉っぽく笑った。

 ファミレスに慣れている僕は、どうもこの暗さに慣れない。リアムがやたらなまめかしく見えてしまう。


「俺はたくさんの本物の乱暴者や差別主義者を見て育ってるんだよ、さっきの人たちなんて可愛いものだ。反対に、さっきのヤジくらいでキレてるマナが心配だよ…俺は慣れてるんだ、ほら、皮膚の色があるからね。

 まあ、俺の両親やグランマの時代に比べたら格段に環境は良くなってるから、自分たちで少しずつ良くしていくしかない」


 彼の置かれてきた環境を想像するが、とても難しい。なんせ日本の田舎ではそんな場面にぶち当たることがほぼないので、今日みたいに過剰に反応してしまう。


「ごめん、僕の我慢が足りなかったね…」と反省すると、


「いや…本当のこと言うと、マナが俺の為に顔色を変えて怒ってくれたの、心が震えるくらい嬉しかった。もう慣れっこになってたから、ああいうの。ありがと」と彼は照れたように言った。

 僕がぱあっと嬉しそうにすると、


「あ、でもこれからはダメだよ、危ないから。知らんぷりで無視するのが一番だからね、絶対にダメだよ」と焦って念押しした。


 でもまたあんなことになったら、僕はどうなるかわからない。昔からナユをいじめるやつらを叩きのめしてきたのだ。


(しかし自分の怒りを律する事か…当事者のリアムが出来てるんだから、僕も努力が必要だな)


 神妙な顔をしてエビフライをほおばる僕を見て、


「ぷっ。そんな難しい顔でこんな美味しいエビフライ食べないでよ。いくらすると思ってるの?」と笑った。


 確かにここのエビフライは特大で3本も付いているが、いかんせん値段も知り合いから聞いていた通り特大だった。

 エビでお腹いっぱいになったレストランの勘定はリアムが払った。水族館もだ。


「今日は俺が誘ったデートだからね」


「でも…ここで食べたかったのは僕だからさ、半分コしよう?」と言っても聞かなかった。


 バイトも出来ないくらい大学が忙しいって言ってたくせに、意外と頑固だ。




 帰りにお酒と甘いものを買って、キャンプ場のテントに戻ったのは8時近かった。

 すぐに火をおこす。まだまだ夜は寒い。


 僕がぼんやり火を見ていると、リアムがシャワーを浴びて戻ってきた。髪が濡れている。

 色気…これがアユが言ってた色気なのだろう。やたら僕をドキドキさせるから困ってしまう。目を逸らして、


「濡れてると風邪ひくよ。乾かしてきたら?」と勧めると、頭を犬のようにぶんぶんと降って、


「大丈夫。マナと一緒にいたらすぐ乾く」と笑って、僕にくっついた。


「こら、僕は汚いからだめ。シャワー浴びてくる、良かったら先飲んでて」


 彼は名残惜しそうに僕を離して、行ってらっしゃいと手を振った。


 そう、まだ夜は寒い。髪が濡れると冷えそうだ。そして、リアムは僕とテントで一緒に寝る…のだろうか。多分そうなのだ。


(………ってことは、そういうことなんだろうか?)


 彼は僕の心の準備を待つ、とは言ってくれていた。しかし僕は万が一の事態に備え、覚悟を決めてシャワーを念入りに浴びた。

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