第19話 ずっと君と微睡んでいたい
「ふぉー、めっちゃ大きな水槽」
僕たちは神社にお参りした後、30分ほどバイクで走って水族館に来た。春休みなので結構人が多い。
入場してすぐに目の前にそびえる2階建てほどの高さの巨大な水槽に圧倒された。大小、色さまざまな魚が掃除の行き届いた中、気持ち良さそうに泳いでいる。この地域の海を再現してるそうだ。
「ね、水族館なんて高校の社会見学で来て以来だよ。すごく綺麗…」
「そうなの?喜んでもらえて良かった。俺ね、昔から水族館大好きなんだ」
「へー、海に囲まれてるのに?」
「うん。旅をしたら水族館は必ず行くかな、場所によって特色があって面白いんだよ。
俺が通ってるハワイの大学ってね、ワイキキ水族館を運営してるの。面白いでしょ?熱帯太平洋の海洋生物の展示、保護、研究では世界的に有名なんだ。賞もたくさん獲得してる。
それにね、ハワイに生息する海洋生物の約3割がハワイでしか見られない稀少生物なんだ。そんな生物を見られるのが、ワイキキ水族館の魅力…」
よっぽど好きなのか話し出したら止まらない。表情も生き生きしている。
(でも彼は医学部だよな…?そういえば全然自分が通う医学部の話をしたことがない。それは僕も同じだけど…)
「もしかして…リアムが迷ってたのって、医者になるかどうか、みたいな感じなのかな?間違ってたらごめん…」というと、彼はため息をついた。
「言うつもりはなかったんだけど…。実はね、うちの大学の医学生はみな1日12時間は勉強してる。とても熱心に。もちろんバイトなんかできない。俺を含めて皆がハワイの為、家族の為頑張ろうってモチベーションを上げてるんだ。
でもそんな生活を4年間ずっと続けてたら、プチンと何かが急に切れちゃった。ハワイではね、医者になっても時間が許す限り大学に来て、ボランティアで後進を育てるんだ。だから、大学には先生がすごくたくさん通っている。学生ボランティアもたくさんいるんだ。これからずっとそんな医学の世界にどっぷりで他のことは何もできないんだと思うとやりきれなくて。
で、『ハワイで医者になるなら日本語をうまくなりたい』って家族に嘘を言って日本に来た。要するに、逃げたんだよ。真面目なマナは、俺が弱虫だと知って嫌になるかと思って言えなかった」
水槽なんて見てないくせにじっと前を見てるリアムは、まだ僕が出会っていない表情をしていてとても新鮮だった。
(でも僕らは、弱虫でももがくしかない。それに弱虫であることを自覚するのは悪い事じゃあないよね…)
僕は彼と水槽の隙間に無理やり入って、彼を見上げた。
「リアム…僕ね、張り切って新薬の研究室に入って、ラットを世話して増やしながら実験に使ってたらおかしくなっちゃて。朝ね、家から出ようとしても足が動かないんだよ、本当に、ピクリとも。
今はいろんな人の助けを借りて大丈夫になったんだけど、その弱虫な自分を経験したこと、それがとても大事だったのかもって思うんだ。人間って、本当に嫌だと意志に関係なく身体が動かなくなるんだって知った。
リアムが悩んだ経験は医者になってもならなくても実になると思う。人間だけ逃避が出来るんだよ、リアム。で、僕はそんな君が全然嫌いじゃない、好きだよ。君の好きにしたらいい、君の人生だもの。おばあちゃんもきっとそう思ってる」
「マナ…そうかな?グランマは僕が医者にならなくてもがっかりしないかな?」
「しないよ。どの道を選んだとしても、自慢の孫だよ」
僕は彼の祖母になったつもりで気持ちを伝えた。
なんとなく、彼の祖母ならこう言う気がする。だって、リアムにこんなに愛されているのだ、それ以上に彼を愛しているのだろう。
「…ありがと。俺、迷ってたけど今朝マナの顔を見て決めたんだ。小児科医になってハワイの為に働く。で、海洋学は医者になってから、大学の一般聴講で勉強する。歌もやめない。今まで通りクラブやレストランで歌うのも止めない…」と言って、彼は僕をぎゅっと抱きしめた。
(ん…?ってことは、今までと同じってこと?時間がないからパンクしたんじゃ…?そして、なんで僕の顔を見てそう思ったのかもわからないし)
僕は彼の出した結果に呆然としたけど、それだけ彼にはバイタリティがあるという事だろう。頼もしいと思う。辛くなったらまた考えればいい。
たくさんのコーナーを回って、
「お、クラゲがいる」と言って、彼は水槽に魅入った。あんまり嬉しそうにいろんなコーナーを回るものだから、なんだか妬けてしまう。でも彼が楽しそうだから嬉しいのも本当だ。
クラゲをうっとり見る彼は本当に綺麗で、正直なんで僕を好きだと言ってくれるのか理解できない。
まあ、美月もザキもヨッシーを好きなのだ、リアムが僕を、ってのもなくはない。なくはないだろう。
(でもなー)
そんな風に思ってると、
「ああ、ごめん。夢中になってた。アザラシとかも大好きなんだけど、クラゲもとっても優美で、太平洋の海に浮かんでいるところを想像すると、ゾクゾクするんだ…」と僕からまたすぐにクラゲに目を戻しそうになったので、僕は彼の頬を両手で思いっきり挟んでこっちを向かせた。
「いてっ」
「こら、僕も見てよ」
「…ごめん、じゃあ半々でもいい?」とよくわからない妥協案を出してきた。何をもって半々かがわからないが、まあいい。
「しょうがないな、いいよ」というと、嬉しそうに次の水槽に僕を引っ張っていって、フリルがたくさんついたクラゲの説明を始めた。
僕はクラゲをちらりと見てから、やっぱりずっとリアムの横顔を眺めて心地よい声を聞いていた。
まるで夢のようにゆるゆるフワフワしてきて、ずっとこのまま
できたらこの世界が終わるまで。
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