第18話 レトルトカレーでカレーうどん
僕たちは長い話をしたが、全然時間が足りなかった。
鳥取に行った話、家族の話、バイトの話、学校の話。
向かい合わせた椅子に座って手を繋いで話していたのだが、あまりに動かないので、通り過ぎる人から、
「マナ君、生きてる?さっき通り過ぎた時と姿勢が変わらないんだけど」とからかわれた。
「生きてます、ってば」と答えると、みな笑って通り過ぎる。
「マナ、人気者だね。なんか、最初会った時より柔らかくなった。なんだか…嫉妬しちゃうな」
「そう?で、何に嫉妬するの?」
「マナを変えた周りのすべてに」と言って、僕の頬に手を添えた。
「柔らかい。赤ちゃんみたいだ」
「赤ちゃんに申し訳ないな」
「そんなこと、ない」と言って、彼は僕の頬にキスしたので、そのまま彼の首に手をまわして感謝を伝えた。ずっと会ったら言おうと思ってた。
「僕を初めに変えたのは、リアムだよ。ナユが僕にカミングアウトしてくれた時から、彼を守らなきゃってガチガチになってた。バレるのが怖くて周りを信用してなかったんだ。僕らの家庭教師をしてくれた親しいお兄さんみたいなヨッシーにも母親も。もちろん同級生や先生たちも。
でもね、ナユがいなくなってからも僕はそのままだった。それどころか、ナユがいるみたいに振舞っていたんだ。ずっと空っぽで生きてきたのに気が付きたくなかったんだ。なんで生きてるかもわからなかった。ただ、自分の中のナユを殺したくないために生きてたのかもしれない。
でもね、リアムは僕に歩み寄って話を聞いてくれたでしょ?すごく自然に、僕に無理させないように気を使ってくれたって、今ならわかるんだ。ありがと。すごく尊敬してる。大好きだよ」
告白が終わって彼の顔を見ると、恥ずかしそうにしている。
「どうしたの?」と聞くと、
「俺は、ただマナが気になって仕方なかった…だんだんマナに好かれたいってことしか考えられなくなって。だから、そんな褒められるようなことじゃないんだ…俺はマナが思ってるより自己中心的で…今だってマナが欲しい、独占したいって、そればっかりだよ」と僕を真っ直ぐ見つめ、かすれた声で答えた。
(いや、欲しいって、ストレートすぎるよ、困る。これは、そういう関係になりたい、ってことなんだろうか?そんなセリフをいい声で目の至近距離で言うのは、反則だ、破壊力が宇宙級でくらくらしちゃうじゃないか…)
僕の戸惑う表情を見て、ちょっと笑った。
「大丈夫、できるだけ待ってるから。俺は君のものだからね」
できるだけ…ニュアンスがいまいちわからないけど、最大限に待ってくれるようだ。僕はぎこちなく微笑み返した。
お昼はレトルトカレーをインスタントで作っただし汁で伸ばして片栗粉で少しとろみをつけ、管理棟にストックしてある冷凍うどんを茹でて加えカレーうどんにした。
「ネギ、入れてもいい?」
「うん、いただきます。…これ、おいしーね。簡単だから家に帰ったらグランマの為に作るよ」
「きっと喜ぶ。自慢の孫がご飯を作ってくれるなんて、本当に幸せな事だと思うよ。作ったら写真送ってね、チェックしてあげる」
そう自分で言ったら身体が急に冷たくなった。
リアムは
「ちょっとバイクで出かけよ?」
昼ご飯を食べてから、リアムが誘った。
「うん…」
僕らは簡単に片づけて、管理棟にある美月のヘルメットのスペアを借りた。いざという時の為に置いてあるのだ。彼はとても用意がいい。
「なーにー、デート?っていうか、今度あの超カッコイイ彼の事、ちゃんと聞かせなよ」とザキがニヤニヤしながらからかった。
「はーい、行ってきます」
「気を付けてね」と言って、彼女はプラプラと手を振った。
サイトに戻るとリアムがうずうずして待っているのが可愛い。最初は鳥かと思ったけど、だんだん犬っぽく感じてきた。しっぽが見える。
「お待たせ、メット借りてきた」
「もう、遅い!どうせ話してたんでしょ?」
いやいや、そんなに遅くないはずだけど…という顔をしてると、
「待ってると、すごく時間が長いんだよ」と拗ねた子供のように言ったので笑ってしまった。
リアムの大人っぽい時との落差が僕をときめかせる。そしてハワイにいる女の子たちもそう思うんだろな、って想像するとぎゅっと心臓が痛くなった。
桜が咲き誇るキャンプ場の駐車場に置いてある彼のバイクに乗って、二人で出かけた。
(リアムが行きたい所があると言ってたが、どこだろう?まさか鳥取、ってことはないだろうし…)
バブル時代に作られた長い橋を渡って島を出、海岸線を走る。海がとても綺麗で目を奪われた。今までも見ていたのに全然違う風に見える。そう言えば目にする何もかもが彩度が3段階くらい上がった気がする。
彼は気を使ってゆっくり走ってくれる。彼の熱い背中にピッタリと自分の身体をくっつけると、さっきまでの不安がサラサラと風に溶けていく、そんな気がした。
「さ、着いた」
木が覆いかぶさる細めの石畳の道路をバイクでゆっくり通って僕らが辿り着いたのは、素朴で古めかしい神社だった。
ソヨゴやモチノキ、ユズリハ、ツバキなど常緑の木が
シダやフッキソウ、ヤブラン、ハラン、タマリュウなどの地被植物で覆われた地面もしっとり落ち着いた雰囲気を醸し出している。
かなり年代物の石灯篭などは風雨にさらされて朽ちている部分もあるが、丁寧に管理されているようで気持ちがいい。
ここは道が狭いのと、大きな駐車場がないので、皆少し遠くにある専用駐車場に停め、そこから歩いてお参りにきているようだ。
「静かでいい感じだね。さ、行こう。ここは女神が祭られてて、女性の願いを必ず一つは叶えてくれるんだって。今
周りを見渡すと、なるほど、女性ばかりでリアムが浮きまくっている。
(っていうか、なんでこんな僕も知らないところを彼は知ってるのだろう?それに、全然道も迷わなかったし。出る前に地図をみてルートを覚えているのだろうか…さすが医者の卵、ナユもそうだったが頭の出来が違うな…)
「え…女性の願いって、僕の為に?なんでこんなとこ知ってるの?」
「マナの為に調べておいたんだ、マナの願いが叶って欲しいから。それとももう宿題解決したからいらないかな?」
「…いる。丁度願い事ができたとこ」
僕はすごく嬉しかった。
(リアムとまた会いたい)
願いはそれだけだ。
神社の鳥居横に用意されている長机で、祈願用紙に願い事を書いた。リアムも英語で何か書いてる。
願い事は一つしか書けない。一文字一文字、思いをしっかりと込めて丁寧に書いた。
彼がなんて書いているか気になったが、リアムの願い事が叶わなくなると嫌なので聞かなかった。でもなんとなく同じことを書いている気がした。
僕らは並んで参拝し、熱心にお祈りした。
そして、願い箱に紙をそっと入れた。
箱に『どうぞ宜しくお願いします』と手を合わせていると、
「はい、これあげる」
何やらリアムが熱心に見ているなと思ってた。彼が2つ購入したそれは、生成り色の素朴な風合いの布で作られたお守りだった。
星のマークと格子柄が上品な紫糸で刺繍でしてある。不思議な絵柄。
「星型は一筆書きだから、必ず同じ場所に戻って来れるおまじないだよ。格子は、悪いものが入ってきにくいよう魔除け。星は陰陽師の清明判ってやつ。星のマークがセーマン、格子縞がドーマンって言われてる」
く、詳しい…忘れてたけど、妖怪とか好きだから詳しいのだろう。日本人なのに完全に負けている。
「さすが詳しいね…もう一つは誰にあげるの?」
「グランマにだよ」と嬉しそうに言った。
お母さんじゃなくておばあちゃんなんだ、と思わず笑うと、
「あー、バカにしてるでしょ?」と少し怒った。
「してないよ、
「…ふーん?」と疑うように僕の顔を覗き込んでから、
「このお守り、ずっと身に着けててね」とお願いした。
「ずっと?」
「うん、セーマンは俺がマナの元に戻って来れるようにっておまじないだから。あとは…まあいいや」と少し赤くなって言った。
「あと…?なあに、教えてよ。気になる」
「…ドーマンは、マナに悪い虫が付かないように、だよ」
(そんな心配はないし…)
今度は僕が赤くなった。
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