第17話 炭火焼ホットドックとマシュマロバナナチョコレートパン

 二人が管理棟の前で銅像のようにじっと抱き合っていると、すぐにぱらぱら人が集まってきた。

 男の恋人同士(いや、厳密には男女なのだけど…)がくっついてるのが見ものなのか、とにかくここの人は基本的に皆暇人なのだ。


 ざわめきを聞きつけてザキと美月も管理棟から出てきた。

 

「リアムじゃねーか、帰ってきたんだ…っていうか、おまえらやっぱそういう仲なの?」「えー、マナ…絶対恋人おらンと思ってた、ショックやわ」


 僕が彼にくっついたまま、


「…そういう仲…なの?」と見上げると、


「うん、そうだよ。知らなかった?」とリアムは恥ずかしそうに答え、また僕をぎゅっと抱きしめた。そんな僕らにザキが、


「あーもう、取り敢えず離れな!目立ってしゃーないやろ」とニヤニヤしながら言った。


 僕とリアムは周りのギャラリーに驚いてすぐに身体を離した。


「すいません…」


 僕たちのつながれている手を見てザキは、


「マナ、今日は大丈夫やで休ンどきな。仕事にならンやろ」と言ってくれた。


 僕はここに来てから一番の笑顔で「ありがとー、ザキさん!」とお礼を言った。

 リアムに話したいことがいっぱいある。


「もー、マナは可愛いで、しゃーないわ」とザキが言うと、


「バーカ、おまえは甘いんだよ。仕方ねーな、マナ、柴田さんには俺からメールしとくから」と美月が呆れたように言った。なんせ電波がないので管理棟からしか連絡できないのだ。



 僕のテントサイトに二人少しだけ微妙に離れて並んで座った。


(そういえばずっと手を離さないでいる。なんか照れるのは何故だろう?)


 ふいに「照れるね…」とリアムがつぶやいたので、僕も頭を縦に振った。

 そこで彼のお腹が鳴ったので僕は笑ってしまった。


「朝ご飯、食べてないんでしょ?何か作るよ」


 僕が立ち上がろうとすると、彼が僕をひっぱって膝の上に乗せた。


「久しぶりだから…もうちょっとだけ一緒にいて欲しい。いい?」


「うん…」


 彼の体温を感じると、僕は恥ずかしくてうつむいてしまう。だって晴れた空の下、それも朝だ。


「…俺やっぱりマナの事、とても好きだ」と言いながら彼は顔を近づけ、僕の肩に乗せた。

 綺麗な顔。やっぱり美しい人だと再認識してしまうじゃないか。彼の銀色の髪が僕の頬をこそぐる。

 溶け合うんじゃないかというくらい長く感じる時間、僕らは何も話さずにじっとお互いの体温を感じ合っていた。


「すいませーん、ボールとって下さーい」


 気が付くと足元にバレーボールが転がっていた。リアムに夢中で気が付かなかった。

 恥ずかしくなって僕はすぐに立ち上がり、ボールを投げた。


「ありがとー」と言われて手を振った。振り向くと彼も赤くなっていた。



 火をおこし、ソーセージとホットドック用のパンを2個ずつ網の上に乗せる。

 焼いている間に食パンにマシュマロと輪切りにしたバナナを載せてチョコレートをかけ、これも網に乗せた。僕のデザートだ。

 パンにソーセージを挟んでケチャップとマスタードをかけリアムに渡す。


「おいし!」と言いながら熱いホットドックをほおばる彼がとても可愛く感じる。

 あっという間に2つとも食べでしまった。

 ガスコンロでお湯を沸かし、コーヒーを作る。

 彼は少しだけミルク、僕のは砂糖と牛乳たっぷりのミルクコーヒーだ。口をつけると、


「マナってあんなに砂糖入れちゃうんだ、このマシュマロバナナトーストも半端ないデブ製造機だし。将来太りそう」とじっと僕を見ながら彼が言う。太った僕を想像しているのだろう。

 デザートを半分に切って、大きい方を彼に渡し、残りを取って一口食べた。早く食べないと全部食べられちゃいそうだ。


「本当になりそうだからそんな風に言わないで。これめっちゃ美味しいのに食べられなくなっちゃうよ…」


 少し溶けたマシュマロとチョコがバナナにかぶっていて、一瞬で全部食べてしまった。

 彼はニヤニヤしながら渡されたデザートを少し食べて、残りを僕に渡した。


「ううん、マナはもっと太ってもいいんだよ。俺のグランマもまるっと太ってて可愛いんだ」


(…よくわからないけど、これを食べて太って欲しい、ってこと?)


 僕はリアムから渡されたデブ製造機をポイっと口に放り込んだ。美味し過ぎる。


「えー、僕はあまり太りたくないし太れない気がする。だってずっと15歳から体重変わらないし、両親とも痩せてるから…」


「そうなの?でもマナが太っても可愛いだろなって思ったの。ねえ、俺が太ったらどう?」


(いや、どうだろう…リアムが太ったところ…?僕には想像力が足りない)


「好き?」と顔を覗き込まれて心臓がキュッとなる。これはなんていう気持ちだろうか。

 ナユにはこんな気持ちになったことないので困ってしまう。だってナユはいつも違う男性ひとのことが好きだった。僕は彼を大好きで独り占めしたかったけど、愛が返って来ないことにどこか安心してたのだ。


「す…すき、だよ」


 僕が生まれて初めて男性に向けて言う言葉をお腹から絞り出すように言うと、


「嬉しい…俺ね、マナが好き過ぎて不安だ。外国人だし、マナから見てどうなんだろう、やっぱり美月みたいに日本人の方がいいんじゃないかなって、モヤモヤするんだ」とリアムが銀色の髪を触って悩ましそうに言った。


 外国人…確かに日本の田舎でリアムは目立つだろうけど、僕は気にならない。

 だって僕は、彼がいない間も彼を思い出してはだんだん好きになっていた。


「リアム…鳥取からハガキ、ありがと。毎日あれ見ながらね、君の事考えてた。最初はリアムの事、マダガスカルの絶滅した美しい鳥、エピオルニスみたいだなって思ってたけど、今は目の前のリアムで頭がいっぱいなんだ。

 ね、宿題はいつ終わった?僕は昨日片付いた。どっちが勝ったか知りたいんだけど」


「俺は…さっき、マナに会って決めた。だからこの勝負はマナの勝ち、だね。悔しいな」とさほど悔しくはなさそうに笑って言った。


 僕は彼の首に腕をまわした。


「じゃあリアムは僕のものだ。約束だろ?だから、不安にならなくていい」


 僕はリアムに顔を寄せ、その柔らかそうな唇に僕のを少しだけ触れさせた。

 今日会ってからずっと触れてみたいと思っていた。思ってた通り厚くて柔らかい。


 キスをすると唾液で8000万個もの細菌が交換されるそうだ。免疫力アップとかお互いの相性を判断するのに役立つと言われている。


(僕らはどうだろう?)


 あまりに軽くしか触れていないのでわからなかった。彼が驚いているので、


「へへへ、怒ってる?」と照れ隠しにからかうと、彼は「怒ってるよ」と言って、僕の頬を大きな手で挟んだ。そして長い長いキスをした。


 そのキスはあまりにも長すぎて、目を開けるといつの間にか周りに人垣が何重にも出来ていた。知らない人が見たらなにか儀式が始まるのかと思うだろう。

 その人垣の中には呆れ顔のザキと美月もいて、僕は彼の唇を感じながら、あの優しい二人がくっつけばいいのに、とぼんやり思ってまた目を閉じた。


 もちろん、僕らの相性が良さそうだったのは言うまでもない。

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