第16話 満開の桜に彩られるキャンピングパーク
バイトが休みの日、早速大学の事務局に相談しに行った。春休みなので人が少ない。
「ゼミの変更ですね、わかりました、空きがあるゼミの候補を出しますので選んでください」
機械的に言われて、僕はあっけにとられた。
(こんなに簡単に?!音声ガイダンスかよ)
心でツッコミを入れながら、
「え?本当にできるんですか?」と僕が驚いて聞くと、今まで鉄面皮だった彼はやっと笑った。
(良かった、人間だった)
「よくあることです。運悪くゼミの担当が退職したりってこともありますしね。あなたはあと4年もあるんですから大丈夫ですよ、安心して勉強して下さい」
僕は優しく言われて、心底ほっとした。自分の都合でとてつもない悪事をしてる気持ちでいたのだ。
「ありがとうございます」
「先日N工業大学の牧紀夫先生と、ここの卒業生の疫学者、
「え?本当ですか?空いてるんですか?」
「堀先生から町田先生に話がいってるみたいです。おおらかでとてもいい先生ですよ。私からもお勧めします」
僕はすぐに決心した。
「町田ゼミでお願いします」
人との繋がりは決して偶然でなく必然だ。選択に迷いはなかった。
やるべき事をやる人に扉は現れる。ならば僕は迷わず扉を開こうと思う。それは自分の選択だと思うのはおこがましい考えで、大方は与えられるものではないだろうか。
校舎を出たら、桜が大分咲いていたのに気がついた。八分咲きくらいだろうか、とても綺麗だ。
「…リアムに会いたいな」
口に出したらものすごく逢いたくなってきた。
(どこにいるのだろう…)
今なら鳥取でも九州でもどこにだって行ける気がした。
アイランドキャンピングパークにも桜が列植されて春霞のように一面に咲き誇っている。こちらはもう満開に近い。桜が立派に育ってきたので、これを目当てにキャンプにくるお客さんもいるくらいだ。
桜は男性的で少し苦手だったが、今年はとても美しく感じる。
「おはようございます、美月さん」
僕は元気よく挨拶した。今日は天気もいいし、空気がなんだか軽く感じる。そういえばもう明日から4月だ。
「なんだ、すっきりした顔して」
バイトの引継ぎで美月が僕の顔をじっと見て言った。鋭いのだ。
「はい、僕やっと大学に戻れそうです。4月の新学期から」
「そうか…良かったな」
「はい、皆さんのおかげです。あ、あと僕、女なんで」
美月がパソコンの前についていた肘を机の縁から落下させて呆然としている。充電が切れたロボットみたく思考が止まっているようだ。
(そんなにびっくりすることじゃないだろう?)
ヘンな空気でいると、「おっはー」とこれまた元気にザキが扉を勢いよく開けて入ってきた。僕たちの間の微妙な空気を感じ、
「なに?どうしたの?マナが女の子でも妊娠させちゃった?」と僕に冗談を言った。いや、多分冗談だと思うが…
「おい、こいつ…」と美月がモゴモゴ言うが、要領を得ない。仕方ないので、
「おはようございます、ザキさん。僕は女なんです、って言ったら美月さんがこうなっちゃって」と僕は少し笑った。
さすがにザキはわかってくれるだろうと思った。でも、
「…あれ、今日エイプリルフールだっけ?って、違うよ、マナ。バカだな、明日だって!もう、朝からボケないでよ。突っ込むのも大変や」と言って僕の背中を大笑いしながらバシンと叩いた。
(この人たちは…仕方がないな)
「こっち来てください」
僕はザキの手首をひっぱって、管理棟の2階へ連れて行った。
「キャー」と言ってザキが2階から降りていくと、美月に、
「女だよ」と世界の終わりみたいに告げているのが聞こえる。
(本当にこの2人は失礼だな…)
僕が1階に降りると二人が、
「な、なんで?」と同時に聞いた。
「聞かれなかったので…」
彼らは僕の答えに不満足そうにしていたが、すぐに顔を見合わせて笑い出した。
「よく考えると、めっちゃ笑える!」「おまえ男にしか見えねーし」と失礼極まりない。
「そんなことないです、これ」と言って、携帯の写真を見せた。大学に入りたてのサラサラロングヘアの時代のものだ。玄関前で母に撮ってもらった。
隣には笑顔のナユが立っている。
さすがにそれを見て二人は女だと納得したようで、
「うーん、あんたってやっぱ変わってるわ」とザキが言い放った。
僕から見るとザキも大概変わっているのだが。
「あれ?じゃあ、柴田さんはマナが女だって知ってるの?全然教えてくれなかったんだけど」
「ばーか、普通さ、この人は女です、宜しく、とか紹介しないだろ?俺らが思い込んでただけだ。でもさ…」と言って、また僕をちらりと見てからひとしきり笑いだした。
美月がこんなに笑うとこ初めて見れたから光栄なくらいだ。
「でもさ、どうしたン、急に。今まで黙ってたのに」
「いえ、これから春で薄着になるし、お二人が僕に騙された!って怒ると嫌なので、早い目に言っておこうと思って。あと、僕は男性が好きです」
「おまえが薄着になっても水着になっても女だとわかる気はしねーけど」という美月の頭をザキがまたバシンと叩いた。どうも手が出るタイプらしい。
「いってーな!!」
「うるせ、早く帰れ」とザキが乱暴に言った。
さすがにセクハラになるので止めさせたようだが、彼女も薄笑いしているので美月と同意見なのだろう。ちなみにザキは胸がちゃんとあってウエストも細いしスタイル抜群だ。
「もー、二人とも酷いですよ。普通わかりますってば…じゃあ僕サイトの見回りに行ってきます」
僕がドアを閉めると、二人がまた笑っている声が聞こえる。まあ、気持ち悪がられたり、怒られるよりはずっといい。あの2人らしいっちゃらしい。
僕が思わず笑顔になると、
「マナ、何かあったの?楽しそうだね、僕にも教えてよ」と声をかけられた。
声で誰だかすぐにわかってしまう。振り向くと、やっぱりリアムが立っていた。
真っ黒になって元気そうに笑う姿を見ただけで涙がにじんで声が出せない。自分がこんなに彼に会いたかったんだって驚いた。
「焼けた、ね」と僕がやっと声を出した。
「嫌?」
彼は聞きながら僕の側に来て顔を覗き込んだ。やっぱり綺麗だ。特に茶色のいたずらっぽい目。
「嫌、なわけない。おかえり、リアム」
僕は彼にぎゅっと抱きついた。ふわりと夏の太陽の匂いがした。
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