第15話 キャンプから繋がる縁

 僕は管理棟でお客さんのチェックアウトの手続きをしながら、あくびをかみ殺した。

 さっきまでアユとルイと夜通し話していたなんて嘘みたいだ。結局テントに帰った時は明るかった。




「…うそ、マナさん友達いないの?」とアユは驚いていた。


「いや、俺はそんな気がしてたよ、だってマナってそつのないサイボーグみたいじゃん」とルイは笑って、


「な、俺達友達にならないか?ここまで話したらもう他人とは思えないし、気になって仕方ない」と提案した。アユも隣で頷いていた。


「…嬉しい、ありがと。アユとルイは3人目と4人目の友達だよ」


 1人目はナユ、2人目はリアムだ。


「マ、マジかっ…少なすぎだろっ」


「でも私嬉しい。だってマナさんと友達になれるなんて思ってもなかったから。男性だったら恋人になって欲しいところだけど…カッコイイし怖がりじゃないしね」


 アユはルイを見ながら意地悪そうに笑った。

 夜の肝試しの失態を思い出したのだろう、ルイはバツが悪そうにして、


「ちぇっ、おまえが肝試しなんて書くから」と小さな声で言って、ねた。




 正午近くなると、ノリさんとホリジュンがチェックアウトに管理棟を訪れた。最後のお客さんだ。


「本当にありがとうございます、霧がやっと晴れそうです。新学期から行けるように早めに大学に相談します」


「これも不思議なえにしだね、僕たちも口添えさせてもらうから」


えにし、ですか。では僕はラッキーですね」


「そうだとも言えるし、違うとも言える。一生懸命もがいてる君だったからこそ私たちは手を差し伸べる気になった。だから、君自身の力とも言えるんだよ。次私がここに来たときには大学に元気に通ってることを祈ってる」


「はい、ノリさん」


「ふふふ、眠そうね。誰かと話してた?」


 ホリジュンは太い眉毛を上げてからかうように聞いた。まるっとお見通しのようだ。


「あなたの連絡先、教えて頂戴。ノリさんにも送っておくから」


 僕はカウンターにあるアイランドキャンピングパークの宣伝ハガキの裏に、名前と住所と電話番号とメルアドを記入した。


「ホリジュン先生、本当にありがとうございました。また進路の相談させてください、お願いします」


「もちろん。是非とも疫学に興味を持って欲しいわ。今度のゴールデンウィークの連休、福井に出産の現地調査に行くの。日本各地にあるんだけど、女性が隔離された小屋で一人で産んでいた地域があるの。すごく不思議でドキドキするでしょ?当時を知っているお年寄りがいなくなる前に、1件でも多く聞き取り調査しておきたいの。興味あったら一緒に行きましょうよ」


(確かに不思議だ。出産といえば一人でするものでなく、病室で産婦人科医に見守られながらするイメージしかない。どうやって無事に産んだのだろう?)


「面白そうですね、興味あります。僕を連れてって下さい」


「ふふ、良かった。じゃあ、また詳しい事連絡するね。でもかき入れ時に引っ張ったらここのオーナーに怒られそうね」と大きな口を開けて豪快に笑う。


「ホリジュンは出禁になりそうだから、来年からはここに呼べないなぁ」とノリさんがとぼけた顔で言った。



 僕はゼミの皆に勇気を出して挨拶に行った。嫌がられても、とっても楽しかったと感謝を伝えたかったのだ。

 ノリさんたちと管理棟から出てくると、皆が遠巻きに囲んだ。皆との心の距離のように感じてちょっと弱気になっていると、


「おい、マナ!俺達また来るから、一緒にキャンプしようぜ。いろいろ教えてくれよ」とゼミの男子が近寄り、僕の肩に手を置いて言った。


「悪かった、俺達本当にどうしていいかわからなくて、おまえに嫌な思いをさせてしまった。皆で話し合って、ちゃんと謝ろうって。ごめんな。せーのっ、」と彼が言うと、「ごめんっ」と皆が声を合わせて言ったので僕はびっくりした…。


(涙が出そうになるじゃないか、小学生かよ…もう…)


「僕こそ…だましたみたいになって…ごめん」


「いや、おまえは悪くねーよ」


「そうそう、マナさんが悪いのは異常にカッコよくて優し過ぎるとこだけです」と女子が言ったら皆が笑った。僕は涙を袖でぐいっと拭き、


「また、来てください。僕の連絡先、アユちゃんに渡してあるから」と皆に向かって言った。


「おう、今度はミッションゲーム全員クリアしたいしな。今回の罰ゲームの結果、どうなったか報告するから」


 ルイが僕にこっそり言うと、


「なあに?ゲームって?」と耳ざとい女子が突っ込んだ。


「男…いや、俺たち同士の秘密だってばよ」と他の男子が誤魔化すと、


「やーだ、やらしー」「もー、なにそれー」と女子が騒いだ。


 ノリさんとホリジュンはニヤニヤしながら僕らを見ていた。きっと『青春だなー』とか思ってそうだ。



 皆がバスで帰っていくのを見送り、僕は管理棟に戻った。


 しばらくは余韻でぼんやりしたら、もうお昼なのに気が付いた。


(とりあえず何か食べよ)


 冷蔵庫から野菜を出し、適当に切って定番のサッポロラーメンを作る。もちろん味噌味だ。

 僕の心はまだ震えていて、涙がラーメンにぼたぼたと入るのを止められなかった。味噌なのに塩味がきつくなりそうだ。


 生きるということは、新しい縁を結ぶことなのかもしれない。そして今日ほど人と人との縁を不思議に感じたことはなかった。

 ひょんなことからここ、アイランドキャンピングパークに縁が出来、その縁からノリさんという次の縁に結びつき、彼のゼミという縁の輪が広がっていった。

 縁が僕を苦境から救い出してくれた。大きな壁の前では僕の力なんて全然ちっぽけで役に立たなかったのだ。

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