第14話 寝付けないキャンプの夜は
僕は自分のテントで寝付けずに目を開けていた。
天井がいつもより低く感じる。
神経が高ぶっているせいか、いつもより波の音も大きく聞こえる。
ずっと悩んでいたが突破口が見えた気がする。次のバイトが休みの日に大学の事務局に相談しに行かなくちゃ、と考えて目を
でもやはり寝れない。神経のキーーという高音が聞こえる。
今日はいろんなことがありすぎた。
(うーん、困ったな、明日バイトなんだけど…いや、もう今日か…)
僕は寝るのを諦めて寝袋からもぞもぞと出、上着を羽織り、ゆっくりテントのジッパーを開けた。深夜のキャンプ場では小さな音でもよく響くのだ。
靴を履いていると、ノリさんのゼミの別のテントからあわてて2つの人影が転がり出てくるのが見えた。誰かは月明かりですぐわかった。
「アユちゃんにルイさん…」
二人はバツが悪そうな顔を見合わせて、僕に近づいた。今日特に仲良くしてくれた彼らもうまく寝られなかったようだ。
「岬の方に行きましょうか、あっちは今の時期解放していないので誰もいません」
二人は黙ってこくんと頷いた。
消灯時間をとっくに過ぎているので場内はしんとして波の音だけが響き渡る。ここのキャンプ場は夜がとても静かだと評判がいいのだ。
3人でさっき肝試しをした道を歩く。
ルイを心配してちらりと見たが、怖がっておらずに違うことを熱心に考えているようだった。
岬の前のベンチに着いた。座ってから、
「さ、ここなら話しても大丈夫。どうしましたか?僕に怒ってますか?」と二人に向けてわざと笑顔を向けた。
彼らは僕が笑ったことが意外だったようで、ぷっと噴き出した。
「もう、マナさんって…本当にヘンな人!いや、ヘンっていうのは見た目が男子みたいとかそんなんじゃなくて…」とアユは自分で言ったことをあわてて訂正してる。
もともと化粧が薄い子だが、すっぴんも子供っぽくて可愛らしい。
「アユちゃんは可愛いね」と僕が思わず言うと、
「マナさんのバカ、そんなこと言うと好きになっちゃうじゃないですか!自覚、してください」と怒った。
「なんで?」
「なんで…って…もう降参!ルイさん、タッチ交代お願いします…」
アユが赤い顔でルイを見た。彼は笑って僕らのやり取りを見ていたが、
「マナ、毎日鏡見てるのか?おまえがその切れ長の目で『可愛い』って見つめて言うたびに、女の子はキュンってなるんだよ。優しい王子様に言われたみたいにな。やたらめったら『可愛い』なんて言ったらもう…マナの歩いた跡には
(確かに鏡は朝一しか見ないが…納得いかないな)
「え…女の子は皆すぐに『カワイイ』って言うじゃないですか。僕だって言いたい…」と僕が抗議すると、
「だめ!マナさんは、なんていうか、とても中性的なんです。ヘテロだって言ってたけど、今好きな人がいるんですか?なんていうか、色気が拡散してて、それをまともに受けた女子はがつんとやられちゃうんです」とアユが注意するように言った。
(僕に色気…?)
湯上りと別れ際にリアムに感じたあれだろうか。
ナユは僕に色気を感じないって言ってたから僕にはないんだと思ってた。
(リアムはどう思ってたんだろう?いや、なんで今ここにリアムが出てくる?好きな人?)
僕が混乱していると、
「おいおい、もうここまでにしてやろうぜ。マナがパンクしそうだし。おまえ本当に恋愛音痴なんだな…呆れたよ。それより、俺は謝りたい。すまなかった」とルイが頭を下げたので僕は面食らった。
「あ、私も。ごめんなさい!」と隣のアユも続けて僕に後頭部を見せた。
「な、なんで?…や、やめてよ…」と僕があわあわと焦って手をぶんぶん振りながら言うと、
「いや、現状の男女差をどうしたら埋めて平等な社会にすることができるか、なんて偉そうな事言っておいて、男装してるおまえを差別して気まずい思いをさせてしまった。…ゼミのリーダー失格だよ」とルイさんが下を向いたまま言った。
「私も…ゼミでのマナさんの意見に、男性から見た一方的な意見だ、って噛み付いた。でも、マナさんが女性だと知ってて聞いた意見だったら『ああ、こういう意見もあるんだな』って黙って聞いてたと思う。発信者の性別によって受け取り方が変わるなんて…要するに、私は男性を差別してたんです」
なるほど…そういう考え方もあるんだ、とアユの意見に関心しつつ、
「いえ、単純に僕がややこしい恰好をしているから騙したみたいになってしまって…僕が悪いんです。アユちゃんとルイさんは悪くない」とフォローした。
「じゃあ、なんでそんな格好してるんだよ?教えてくれないか?」
ルイは興味本位でなく真剣に僕の話を聞こうとしてるのがわかった。
僕は大きく息を吐いた。幼馴染のナユの死とゼミでのラットの話をして、なぜここで男装してバイトしており、大学に行けてないのかを説明した。
結構長い話だったが、彼らはちゃんと集中して聞いてくれているのがわかった。
「なるほど…マナの幼馴染は大学でアウティングの被害にあって亡くなり、マナは彼の代わりに生きてる。その上ゼミの実験のせいで大学に行けなくなった。要約するとそういうこと?」
「…まあ、そうです」
結構乱暴なまとめ方だが、大体あっている。少し考え込んでから、ルイははっきりと言った。
「マナ、僕の意見を言わせてもらうと、彼の死に責任感じ過ぎだ。決してマナのせいじゃない、いろんな要素が絡み合ってそうなってしまったんだ。ねえ、彼と母親ってうまくいってた?」
「…おばさん?」
いつもナユは母親の前でいい子を演じてた。優しくて勉強熱心で優秀な自慢の息子。母親にはゲイだってことをひた隠しにしていた。
それをルイに言うと、
「…彼は、大学で今までの自分と決別したかったんじゃないかな。母親の重圧とマナの保護の元でヘテロだと偽る自分、カミングアウトできない自分、そんな自分を変えたかったと思う。優しくて真面目な人だったんでしょ?でも間違いなく言えるのはマナのせいじゃないってことだ」と僕に言った。
「……」
「私もマナさんは悪くないと思います。もちろん本人の同意なくアウティングした人が直接的には悪いのですが、それがこんな風に人の命を奪うことになるなんてその人たちも考えていなかったと思うんです。悪意のない殺人、ですよね。学校はまだ性的マイノリティにとって安全な場所じゃあなくて、でもマナさんにはその責任はありませんよね。私はマナさんらしく生きて欲しいです」
僕はこんな出会って数時間しか一緒にいない人が僕の為にこんなに考えて、アユに至っては今泣いてまでくれている、それが信じられなかったし嬉しかった。
そう、僕はもっと人を信じるべきなのだろう。
「ありがとう…僕ね、こう、ここまでのサラサラのロングヘアで」と、僕は自分の肩甲骨の10センチ下辺りに手を当てた。
「ナユの為にスカートとか履いてたの。でもナユになってからの期間が長すぎて、もう本当の自分がわからないんだ。だから、少しずつ今度は自分の好きなものを選んで生きて行こうと思う。今度買い物付き合ってくれる?」
そう僕が言うと、アユとルイは両側から僕に抱き着いた。
温かい。彼らは生きていて、僕も生きている。ナユは僕の中で僕の一生を一緒に生きてくれるだろうか。
「で、登校拒否問題は大丈夫なんだな?」とルイが心配そうに聞いた。
「うん、ノリさんとホリジュンセンセが何とか手伝ってくれそう」
僕がそう答えると、
「確かに、マナさんって動物好きそうですもんね。だって生き物全般が好きでしょ?」とアユがなぜか嬉しそうに言った。
「お、よくわかったね。アユちゃんも好きなの?でも動物の中で人間の女子をむっちゃ可愛いって思ってるよ、アユちゃんなんて僕の大好きな野生のセキセイインコみたいでさ…。あ、これ強くて可愛いって意味で褒めてるんだけど、言わないほうがいいのかな?」
二人は、真面目な顔で同時に大きく頷いた。シンクロ率が高過ぎて、僕は思わず
ふいに空気が変わって、東の空がほの明るくなっていた。
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