第13話 僕、女なんです
僕たち3人は岬のお宮にチョコレートを置いてきた。
サイトに戻ると、くじ引きで生徒は19人いるので男性2人と女性1人のチームが1つと、男女2人組の合計9組が出来ていた。
「えー、マナはしないのぉ?」と聞かれたが、
「ごめんね、僕が入ったチームは絶対怖くなくなっちゃうじゃないですか。それは申し訳ないし…」
「えー」と女子軍団から苦情があがる。それを笑って聞き流し、管理棟でコピーしてきたルートを書いた地図を各チームに渡した。
「じゃあ、1組からいきましょー」
おっかなびっくりで一組目の2人は地図を見ながら歩いてく。
「ねえ、マナ、怖かった?」とアユが聞くので皆がこっちを向いた。
(月明かりだけでライトもなしで心もとないが、足元は平らだから大丈夫だろう…)
「今夜は月が明るいし道がちゃんとあるから、ルートから外れなければ安全だよ」
「ちげーよ、怖いかって聞いてるの!おまえバカだなあ」とルイが僕に向かって怒った。
もう完全にビビっておかしくなってる。
僕は怖くないに決まってる、ここで働いているんだから。
でも怖くないって言ってしまうと面白くなくなってしまう。アユが僕では話にならないと思ったのか、
「ホリジュン先生は怖かったですか?」と彼女に聞いた。
「うん、真っ暗ですっごーく怖かったよ」
ホリジュンは思ってもないくせに、いかにも怖かった、みたいな表情で言ったので生徒たちから悲鳴が上がる。
ルイの顔は月明かりの下でもわかるくらい蒼白になっていて、こっちのがホラーだ。
脅かし過ぎだ、サービス精神が旺盛でおちゃめなのだろう。
「おい、離れるなよ」
ルイがそう言ってアユの腕にしがみついているので、彼女はとても
「先輩、マジ重いんですけど…」と嫌そうに言う彼女は全然怖がってなさそうだ。
そういえばさっき討論の続きをしていた砂浜もかなり暗かったのに彼女は平気そうだった。
「いってらっしゃい」とのんきに手を振る僕を恨めしそうに二人は見てから、ため息を同時について歩きだした。意外といいコンビかもしれない。
ルイが怖がって出発しないので彼らのペアは最後になってしまった。周りの皆は僕のストックのミルクチョコレートを食べながら一緒に回ったペア同士で話している。
良かった、計画通り結構仲良くなったみたいだ。せっかくのゼミ仲間だもの、仲がいいほうが楽しいだろう。
「マナ君、これって君の策略でしょ」とノリさんとホリジュンが隣でニヤニヤしてる。
「なんだ、知ってたんですか?」
「うん、バーベキューの時なんかゴソゴソしてるなって。何したの?」
「簡単なミッションゲームです。これ」と言って、僕はポケットから紙を出して開いた。
「こんな風に、一人一枚ミッションが書いてある紙を持ってます。いい人ばかりなのに、女子と男子の距離感が気になって。仲良くなって欲しいなと」
「なるほど…マナ君って人を結構見てるね。確かにこのゼミの男子は大人しい子が多いなって思ってたの。でも工学系の学校だから、こんなもんかなって諦めてたな」
こんなことでも褒めてもらってるようで嬉しい。先生であるノリさんに褒められると格別だ。
(僕って意外と承認欲求が強かったんだ…驚いたな)
「自信がなくて女の子と仲良くする方法がわからないだけですよ。皆地頭はいいし優しいので、学習したら女子の扱いに慣れてくると思います。僕は恋愛オンチですが、人生モテてなんぼ、って本気で思ってますよ」
そう僕が自虐的に笑って言うと、
「モテる男は違うね、いや、違うか…」とノリさんは僕が女だと思い出したようで笑った。
「僕はずっとその亡くなった男性のことだけが大好きで、彼を守りながら生きてたんです。でも彼は他の
だから、このゼミの人たちを見て、ああ、もったいないな、って思ったんです。可能性がある方向に視野を広げなきゃ」
僕がホリジュンの方を向いてそう言ったら、彼女はにっこりと笑って僕の頭を柔らかい手で撫でた。女子がそれを見て、
「あー、ホリジュンずるい!」と騒いだのでノリさんと彼女は笑った。
その時僕の頭に浮かんでいたのは、なぜかまたリアムだった。
彼の大きな手が恋しかった。
一番時間をかけてアユとルイが戻ってきた。
「もう、先輩が重くて歩きづらいし、すごく疲れました!時間もすごいかかったし」と勝気な彼女はぷんぷん怒っている。
タイムレースで彼らがビリだったのだ。
ルイはやっとホッとしたのか、何も言えずに口を開けて脱力している。アユの怒っている様子もとても可愛くて微笑ましい。ちょっと意地悪したくて、
「そういえば罰ゲーム、考えてなかったな…もう一回ビリだけまわる、ってのはどう?」と僕が笑って言うと、アユとルイから同時に叩かれた。
あまりに息がぴったりで、思わず3人顔を見合わせて大笑いしてしまった。
間違いなく二人はいいコンビになりそうだ。
肝試しが終わりお開きになったので、各自就寝の前に管理棟でシャワーを浴びた。
「キャー、マナさん??!!」「ここ女子用ですよっ?」と女子の悲鳴が響いた。
僕は普通に女子のシャワー室に入ってしまった。
(そうだ、ホリジュンの言ってたことをすっかり忘れてたよ…)
「大丈夫ですか?入ったほうがいいですか?」とヨッシーがドアを叩いている。声を聞きつけて確認に来たのだ。
「すいません、マナです。大丈夫なんで」と僕が焦って答えると、ヨッシーは戻っていった。
「僕、女なんです」
就寝前に集まってくれた皆の前でそう言うと、
「えーーーーーー」と皆の唱和が夜に響いた。
(ぎり消灯前で良かった…)
「ショックー、まじショック」「え、こんなにカッコイイのに?」「うそー」と女子がざわついている。
いや、そんなこと言われても困るのだ。
もちろん男子もざわついていて、僕と目が合うと困ったように目を逸らしたのが余計にショックだった。でも、嫌な顔をされなかっただけましだと思う。
「
「ふわー」と言って、アユが真っ赤な顔で後ろに倒れそうになっている。
「レズ、なのか?嫌なら答えなくてもいいけど」とルイがおずおずと聞く。
「いえ、多分ヘテロです。ずっと好きだった人も男性でしたし」
「そっか…俺達も見た目と話し方で思い込んでたから仕方ないよ、な、みんな」
皆はまだルイ程切り替えが早くできないようであいまいに頷いた。
仲良くなっていたから、裏切られた、という気持ちが湧いているのだろう。申し訳ない気持ちだ。
ふと、一緒に働いている美月とザキのことを思った。僕はこんな風に彼らを複雑な気持ちにさせてしまうのかな?
(…嫌われるかもしれない)
僕が泣き出しそうな顔をしているのを見て、ノリさんが空気を裂くように手を叩いた。
「さ、就寝時間だ。各自テントに戻るように。解散!!」
僕はノリさんとホリジュンの側に行き、
「ノリさん、微妙な空気にしてしまって本当にすいません。明日はバイトなのでここで失礼します。最後はアレでしたけど、楽しかったです。大学の相談にも乗ってくれてありがとうございました。本当に助かったって気持ちでいっぱいです…宜しくお願いします」と頭を下げた。
「バカね、マナが謝ることないのよ。勘違いしてたのはうちのゼミ生だもの。…ノリさんと相談して大学にはあなたの事お願いしておくわ。明日マナの連絡先、教えて頂戴ね」とホリジュンが優しく言った。
少し笑っていたのかもしれない。確かにはたからみたら間抜けな話だ。
僕は、ありがとうございます、と二人に深く頭を下げて自分のテントに戻った。
そして少しだけ泣いた。
(男装してるレズ、と思われたんだ…)
皆のあの異物を見るような反応。ナユはゲイだとアウティングされてこんな気持ちだったのかもしれない、と少しだが彼の気持ちがわかった気がした。
僕たちの社会、特に学校では、セクシュアル・マイノリティは『普通でない』異物と烙印を押されてしまう。周りに悪意がなくてもだ。
アウティングは場合によっては命を奪ったり社会的な死に追いやる危険な行為なのだ。
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