第12話 キャンプと言えば肝試し

「おまえんらどこ行ってたの?」「きゃー、アユ意外と肉食ぅ」


 僕らがサイトに帰ると皆出来上がっていて男女仲良く罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてきた。

 急に仲良くなっている気がする。


「ねえ、どうしたの?」とルイに聞くと、


「誰かが肝試ししよって言い出して、盛り上がってきたんだよ…おまえが書いたんだろ?」と彼は心底嫌そうに小さな声で僕に文句を言った。


 そういえば僕が『肝試しを提案する』とミッションの紙に書いたんだった。それにしてもルイの様子がおかしい。きょろきょろおどおどしてる。


(もしかして…)


「ルイさん、怖いんですか?」


 こくんと彼がうなずいた。


(おいおい、僕が何のために書いたと思ってるんだ?男子が女子にいいところを見せるためだよ?)


「工学部なのに?!まさか霊の存在とか信じてる派ですか?」


「ちげーよ、オバケが怖いんだ」となぜか威張ってルイが言った。


(同じじゃん…まあいい)


「じゃあ、組み分けしましょう。早くしないと消灯時間になっちゃいます」


 ルイが嫌そうに、でも手際よくノートを破って10組のくじを作る。僕はノリさんとルートを考えた。


「こんな感じでどうでしょう?」


 このサイトから岬にあるお宮に寄って、証拠品を持ってくる。今夜は雲がなくて月明かりが綺麗なのでライトはなしでいいだろう。


「証拠品のチョコは今から僕が岬の先のお宮に置いてきますね。10個はあるはずなので」


「お、おまえ一人で行くのか?猛者もさだな…」とルイが聞いった。


猛者もさ美月みつきも言ってたが流行ってるの?)


 そんなことを思いつつ、


「じゃあ、一緒に行きましょう」と僕は彼に目配せしながら誘った。僕が学校に行けなくなった理由、ってやつを話すいい機会だ。


「バカ、怖いって言ってるじゃねーか、バッカ!俺絶対ヤダ!!2回も怖い思いしてたまるか!」


 ルイが泣きそうな顔でそう言ったので、ノリさんとホリジュンが一緒に行ってくれることになった。二人はいつもはクールなルイが意外な面を見せたので爆笑している。


 なるほど、ゼミ旅行とはお互いの意外な一面が見れるいい機会なのだろう。




「…なるほど。マナ君は女の子でしたか、これまで失礼しました。ここで働いている美月くんたちもマナ君の事男子だと思ってるようにお見受けしましたが…」とノリさんがわざと慇懃いんぎんに薄っすら笑って言った。


 僕がノリさんなら間違いなく笑ってる。


「そうなんです…ほんとに今日は完全に男と思われてて自信なくしました」と僕が情けなさげに言うと、また二人は笑った。


 この3人組だと全然暗闇が怖くない。肝試しに全くならないな。


「で、彼氏が死んだせいで、アレが出来なくなった、と。それで学校に行けなくなったんだ…」とホリジュンが憐れむ様に言った。


「そうなんです…好きだから、余計に辛くて…」


 僕が思い出してしまい少し涙ぐんで言うと、ホリジュンが頭を撫でて慰めた。


「そう…辛いわね。私の友人も最初は辛かったって言ってた。でもいつの間にか慣れてしまって、道具として考えてたな、彼女は…。私はアレがダメだってわかってたから、ないゼミを選んだの」


 僕は新薬の研究をしているゼミに入った。

 教授も優秀で、どうせするなら人の為になる研究をしたいと意気込んでそのゼミに入ったのだが、毎日毎日実験用のラットをお世話して繁殖させては、薬の実験に使ったり、ストレス実験の為に死なない程度に水にラットを一晩中漬けたりする生活にじわじわ精神的にやられた。

 僕がしなくても誰かがするのだから彼らが実験で死ぬ個体数は変わらないのはわかってた。それに辛い場所から逃げようとする自分も許せなかった。

 でもナユの事件もあって段々と心がすり減っていったのだ。


 その上、僕は動物好きなのだ…小さなころからよく捨て猫を拾ってきては母に怒られて、引き取り先を探してもらった。僕が拾ってきた猫が子供を産んで、家に6匹いたこともある。

 動物好きは遺伝で、亡くなった祖母が鳥好きだったので、美しいオカメインコや頭のいいでかいヨウムが小さな頃は家にいた。

『ロック』という名のヨウムはよくおしゃべりしたので、小さな頃は動物は本当は話せると思っていた。


 そんなこんなでこのつぶらな黒い瞳の無垢な動物をだとはどうしても思えなかった。

 でも自分が選んだ道に嫌だとは言えない。無理に感情に蓋をして作業していたのだが、大学へ行くある冬の朝、突然足が他人の物のように言うことを聞かなくなり、イチミリも動かなくなってしまった。限界点を超えたのだろう。


「僕はどうしたらいいんでしょう?甘えているって言われたら言い返せないのですが…」


「…ノリさんはどう思います?」とホリジュンはノリさんに振った。彼は一瞬考えてから、はっきりと言った。


「そうだね、とりあえず大学の事務局に相談してみなさい。知ってる教授がいるので、私とホリジュンが口添えしておいてあげる。だから、無理せずにゼミを変えればいい。あなたたちが自由に思考を羽ばたかせる為に大学はある。大学の為に君たちがいるわけじゃない。君はそこの生徒なんだ、もっとわがまま言っていいと思うよ。

 君は将来もっと…そうだね、ホリジュンみたく疫学系とか、身体を動かすフィールドワーク中心の仕事を目指したほうがいいんじゃないかな?なんだか病院で調剤してるマナ君が想像できないよ。

 あなたは自分が思ってるより人間に寄り添うことが出来るし相手に興味が持てる。今日見ててね、そう思ったんだ。その亡くなった彼もマナ君がせっせとお世話してたんでしょ?世の中には他人に全く興味がなかったり、人にサービスできない人もいるんだ。それは君の強みだよ」


 ノリさんに『マナ君は甘い』と非難されるのを覚悟していたので、僕は驚いた。

 それに彼の言い方は僕に肩入れしている、というわけでなく、一般論のように淡々と言ってくれたので僕は心底ほっとした。

 続いてホリジュンも、


「そうね、薬を病院で作るより、病気を予防する疫学、向いてるんじゃない?体力もありそうだし。N大にいい教授いるから紹介してあげる。私は人間の出産環境の研究をしてるんだけど、機会があったら手伝いに呼ぶわ。自分の研究の為や、いろんな研究機関の依頼を受けてどこにでも行く。世界がフィールドなのよ、すんごく面白いんだから。視野が広くなるわよ」と明るくアドバイスをくれた。

 彼女も、僕のうかつさを非難する素振りはなかった。


「…ありがとうございます」


 二人が知りあったばかりの僕なんかのためにこんなに真剣に考えてくれている。いつの間にか目がじんじんひりひりと熱くなっていた。

 僕は、もうあのゼミに行ってあの作業をしなくていいかもしれない。

 キャンプ場を端から端まで思い切り走りたいくらい嬉しかった。

 大学に戻れるかもしれないのだ。

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