第11話 僕たちは機械じゃない

 管理棟のヨッシーにとボールペンを借りた。


「なんだ、やけに楽しそうじゃない?」


 ニヤニヤしている彼に「まあね」と言って、僕は夕暮れで美しいサイトを走る。


(同年代でワイワイするのってこんなに楽しいんだ…)


 僕はそういうのを知らなかった。こんな自分がいて驚いているくらいだ。


「えっと、男子生徒が10人で女子が9人でしたよね。じゃあ、僕を入れて11枚ミッションを書きますから、帰るまでにクリアしましょう」


「えー、なんかこえーな」


「大丈夫です、僕も引くのでそんな無理なものは書きません。罰ゲームは…そうですね、好きな人に1か月以内に告白する、ってのはどうですか?みんな好きな人や気になってる人くらいいますよね?」


 みながその罰ゲームにびびっていると、


「…簡単なミッションだろ、負けたくないなら勝ちゃあいいじゃねーか」といつの間にか隣にいたルイがビール片手に言う、その彼の一声で決まった。

 僕はルイと二人で11枚に命令を書いて折り畳み、男子に引かせた。


「中身を人に見せてはダメですよ。交換もダメ」と僕が言うと、


「えー、ぜってー無理」「おわー、なにこれ」「やばいって」と紙を見ながら騒いでる。


 ビールで酔ってるせいで面白がってるのは間違いなかった。


「じゃあ、お互いに紙は見せないで下さいね。始め、です」


 こっそり見た僕の紙には、ルイの小さくて几帳面な字で『女子と二人で砂浜を見つけて5分話す』とあった。


(簡単過ぎるな…)


 でも周りを見ると男どもは紙を見て苦悩の表情を浮かべているので、これくらいでいいのかもしれない、と気を取り直した。



 食後、皆で一斉に片付け気分を一新し、ゼミっぽくノリさんを囲んでレポートの発表と討論が始まった。

『社会における男女の役割』というテーマについて各自まとめてきたものを3分で発表していく。3分は意外に長い。でもみな上手にまとめてあって基礎学力の高さを伺わせる。薬学部の僕は物珍しくて興味深く聴いた。


 工学部の割には掘り込んでるなー、と感心しながら聞いていると、


「マナ君はどう思う?」と急にノリさんに振られた。


「そうですね…そういう事を深く考えたことないので的外れな意見かもしれませんが…」


 僕がそう言うと、身を乗り出したアユと目が合った。僕がどういった風に考えているのか知りたいようだ。


「テントを張るときやバーベキューの共同作業では皆が自然と分担していたじゃないですか。各自が得意な事やしたい事をする。ああいう風に、自分がやれること、やるべきことをすれば大体がうまくいく気がします」


「ふーん、具体的だね。じゃあ、まとめようか、さ、立って」


 ノリさんにそう言われて僕は立ち上がった。皆が僕を見上げているのがこそばゆい。だって彼らが見ているのはナユに擬態している僕じゃない。本当の僕だ。


「女性がどう、男性がどう、ではなく、個人が役割を果たしながら、その人らしく生きられる社会が僕の考える理想です。例えば、仕事でも差を全部取っ払って男女同じようにするという意味ではなく、個人個人の能力や適性があることを役割として果たし、協力しあうんです。

 あと男女平等社会を目指したとして僕が気になるのは、母子が健康でいられるかです。

 正直言って、身体管理が出来ていない不健康な女性とは大体の一般的男性は結婚したくないと思います。子供を産む為の身体を準備しなければいけない時期に、身体のケアを過酷な仕事でおざなりにしている余裕のない女性は、男性が本能的にリスクを感じてパートナーに選びたくないと思うんです。

 もちろん仕事する女性は魅力的です。それでも若い女性は過酷な労働から守られるべきだと僕は個人的に思います。なのですべて男女差なしで、というのは無理があると思いますね。

 女性が健やかな妊娠出産育児を行うことによって社会的地位が脅かされる限りは社会的に男女差はなくならないと思います。矛盾してますが」


 僕が普段から薬学部で感じてることを言うと、場が静かになってしまった。


 なんせ次世代に命をつなぐ大事な身体を持つ女性なのに、薬に頼り過ぎていると僕なんかは勉強しながらも思ってしまう。頭痛生理痛→身体を休ませる、でなく、頭痛生理痛→よく効く鎮痛剤、が普通になっている社会はおかしくないだろうか。

 しかし僕の意見は女性に受け入れられなかったようで、明らかにがっかりした空気が女子学生を支配した。


「それは男性からみた一方的過ぎる意見だと思います」とアユが挑戦的に言った。やっぱり中身はなかなか手強そうで面白い。


「そうですね、今の社会では僕の意見はポリティカリーコレクトではないと思います。でもね、歴史の本を読めばわかるけど時代で国家のイデオロギーは変わるんです。今の日本でコレクトなものが5年後はインコレクトかもしれない。政治家が意図的に自分たちの利益のために作り出したイデオロギー、そんなものクソ食らえですよ。

 周りに騙されず、自分の身体の声をよく聞いて、それぞれどうしたいのかをよく考えて生きないと一生後悔するんじゃないでしょうか?子宮の卵子の数は決まっていて使用期限があるんです」


 僕がそう言うと、ホリジュン先生が、


「やってくれるわね、あなた。このゼミでそんな事なかなかはっきりとは言えないものよ。みんな空気を読んじゃって」と言って笑ったので、静かになった空気がなごんだ。

 僕は「門外漢なのにすいません」と言って頭を下げて座った。ノリさんが、


「確かにマナ君の生殖を起点にした意見は面白いね。薬学部的意見ですね、見方によっては間違っていないと思うよ。

 実際のデータでは、男性にとっての理想の女性の年齢は、ほぼ二十歳と出ています。年代問わずね。要するに、男は20代であっても70代であっても健康なハタチの女性を生殖活動の相手にしたいという本能を持ってるんだ」


 女子から「キモ~」という声が上がる。

 でも僕から言わせれば自分の遺伝子を残すためのは当たり前だと思うのだ。

 変えられない現実、身体とは有限のもので毎時毎分毎秒死に向かっているのだから。

 ノリさんが各自の意見を総論でまとめて夜ゼミは終わった。



「マナさん、なかなかのファシスト的意見でしたね。ちょっとがっかりしました」


 アユがいつの間にか隣にいて話しかけてきた。


「そう?僕は薬学部だからね、かなり肉体に関して現実的なんだ。僕たちは機械じゃない」


「…そうですね、私こうやって反発しながらも、実はどこかですとんと納得してる自分がいてびっくりしてます。ずっと男に負けたくないって思って勉強してきました。でも会社で男子より上に行っても満足感はその時だけで、幸せにはなれないかもですよね。実際の幸せって、自分の身体が喜ぶ方向にあるのかも…」


 彼女が木の下の暗闇に入ってすぐに僕の手をぎゅっと握った。


「ちょっと歩いて続きをしない?」


「…いいですね」


 僕はアユと並んで、テントからの灯りでほんわか照らされている海岸に向かった。だんだん海の音が大きくなる。

 歩きながら本音の彼女と議論を続けた。切り口がとても面白い。

 同年代の女の子は僕なんかよりしっかりしてて、こんなこと感じて生きてるんだと驚いた。僕は社会での男女差や役割なんて実際深くは考えたことないから、彼女から刺激をたくさんもらうことが出来た。

 そして、ゲームのミッションもクリアしとかないと…発案者だしな。僕は砂浜を探しながら議論して歩いた。

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