第10話 出会い
「確かに、好きって大事だよな。好きな子に認めてもらいたくて勉強したって経験あるだろ?」
ゼミのリーダーらしき人にまとめてもらうと、ちょっと笑いが落ち着いた。でもおかげで気安く話しかけてもらえるようになった。
僕は他人と話すのがあまり怖くなくなっていた。以前はうまく口から言葉が出てこなかったのに、不思議だ。
テントの設営をし、バーベキューの用意を手伝っていると、
「さすが、はえー」「マナさん、すごいー」と感心される。そりゃずっとここにいるし…。
「まあ、毎日してるんで…誰でも出来ます」
僕が褒められて恥ずかしかったので少し
「じゃあさ、今度一人で来たら教えてくれます?」と背が低めの女子が僕に聞いたので男子がざわめいた。
よく見ると薄い化粧に大き過ぎない目と涙袋がとても可愛い子だ。
真っ直ぐでサラサラな肩より少し下までありそうな髪をゆるく1つにシュシュでまとめている。
多分ここの一番人気の女子なのだろう。
「えー、アユが来るなら私も」とふざけて女子が次々言うが、彼女は結構本気でキャンプをしたいように見える。
「いいですよ、このアイランドリゾートに電話下さい。あなたが泊まる日は僕がいるようにしますので。良かったらあとで連絡先交換しましょう」
「やったー、嬉しい!私アユっていいます。ずっとソロキャンプしてみたかったの。車の免許も取ったから、絶対来ます!」
彼女は嬉しそうに言って子犬のように僕の腕にしがみついた。
背は150センチくらいだろうか、小さいしふわふわして女の子っぽいが、なんとなく中身は少年っぽい匂いがする。仲良くなれそうな気がした。
(敬語だし多分1コ下だな…)
彼女と友達になって一緒にソロキャンプしたらきっと楽しそうだ。
「楽しみにしてますね。ここには何でもあるので手ぶらで来てください。良かったら一緒にキャンプしましょう、いろいろ教えます」と僕が言うと、彼女は赤くなり、ゼミ生から感嘆の声が上がった。
(気が合いそうなので仲良くなりたいだけなのに、なんだろう?言い方が悪かったのだろうか?やっぱり僕は社会不適合者なのか…)
僕が困っていると、
「うちの姫にコナかけると後が怖いよ。夜の海に付き落とされないよう気を付けて」と背後からぼそりと怖がらせるように言われてドキッとした。
さっき意見をまとめていたリーダーの男性だった。
「あ、すいません。あんまり可愛かったので、つい。図々しかったですか?アユさん、ごめんなさい」
「い、いえ…」
彼女はますます赤くなって、どっかに行ってしまった。
「怒らせたかな、僕…。えっと…」
「俺、高木
いや、僕だって全然経験ないけど、思ったから言っただけだ。ナユの時も、リアムにもそうだったけど、綺麗なものは綺麗だもの。
「思ったらすぐに言えばいいんじゃないかな。誉め言葉ならいいと思う」と僕が言ったら、周りから「はー」と大きなため息が漏れた。
「それが普通は言えないんだよ。キモイとか思われたら嫌だろ?」とルイが代表して意見を述べると、周りの男どもが大きく
「思ってすぐにさらりと言うならいいと思う。確かに考えた末に言われると少し嘘っぽくてキモイかも…」
「ほう、さすが顔がいいと言うことが違うね」
ノリさんがいつの間にか隣にいたのでびっくりした。
「何言ってるんですか。僕なんて今は大学も行けてないニート以下の金食い虫ですから」
「え、なんで?せっかく希望の学部に入ったのに?」とルイが真剣に聞いた。
「ん…ちょっとあって、大学に行きたいんだけどいざ行こうとすると足が動かなくなるんだ。笑っちゃうだろ?」
僕が冗談っぽく言うと、彼は僕の左肩を掴んで真剣な顔で、
「それって、おまえすごく辛いんじゃないか。話してみろよ」とぐいぐい踏み込んできて僕は驚いた。
「ここでこんな話面白くないだろ?違う話しよう」
僕が目を逸らしてそう言うと、
「わかった。でも後で二人になってから言えよ、絶対だ」と命令して、すいっとどっかに行ってしまった。
僕が呆然としていると、
「ルイ君は困っている人を放っておけないんです。人助けのNPOを立ち上げるのが夢なんですよ。このゼミのテーマは社会なのでね、ぜひ彼の為にも君の悩みを話してあげて下さい。これも人助けです。それに私も聞きたいですね、リアル大学生の君の悩み。私やルイ君の後学の為だと思って腹をくくりなさい。ね、マナ君」とノリさんは有無を言わさない口調で決めた。
バーベキューの準備のため、僕が美月に教えてもらったチャコスタを使って火を起こすと、女子から歓声が上がる。
確かに最初僕も感動した。人間てすげーってマジ思う。
さっきのアユという女の子がワクワクした顔で火のつけ方を聞いてきたので、やり方を教える。
「簡単でしょ?僕にだってできるんだから、君たちもすぐに出来るようになる。そうだ、彼氏に教えてやりなよ。この子可愛いだけじゃないんだって見る目が変わると思うよ」というと、キャー、と多重の黄色い声が上がる。
(なんでだろう?変な事言ってないはずなのに…)
「お米洗ってきたよ」とルイたちが洗ったコメの入った飯盒と切った野菜を持ってきたので、
「これ見て、私たちで火を付けたんだよ」と女子が得意げに頬を赤くして言うのが可愛い。
なのに、男どもは「へー」なんて言って流してるので、僕は、あーあ、って思う。火起こしは大変なのだ。
なるほど、これが普通の工学部の男の子なんだろう。あとで教えとかないとこれからのゼミがギスギスしないか心配だ。そう思っていたら、
「なあに、君はゼミの男子の心配してあげてるの?優しいのね」と後ろから女性に声をかけられた。
振り向くと頬に彼女の長くて細い指が突き刺さった。よくナユが僕にやったやつだ。
「懐かしいことしますね」
彼女の得意げな顔を見ながら言うと、彼女は「あれ?」っとパーツパーツに迫力がある顔を変化させた。背は僕と同じくらいなのに、目も鼻も口も大きくて迫力があるから大きく見える。それに動きが面白いからずっと飽きずに見ていられそうだ。
「もしかして、君女の子なの?骨格が女っぽいんだけど…」
彼女は半信半疑の様子で聞いた。失礼だな。
「そうですが。何か問題でも?」と僕が答えると、彼女は呆れたような表情で、
「本当のこと言ったらだめよ。ウキウキした女子の空気が一瞬で崩壊しちゃう。面白いから見てみたい気もするけど。
私、
薬学部の白衣が良く似合いそうな女性だ。握手をすると、彼女の長い髪がふわりと揺れていい香りがした。
ご飯が炊けたので、僕はトングで肉を焼き始めた。
参加させてもらっているお礼のつもりだったが、女子が入れ替わりに手伝ってくれようとする。
「大丈夫です。熱いし、火の粉が飛ぶと火傷するから僕がする」と言うと、皆嬉しそうにする。
なんでだろう?と思っていると、アユが来て、
「もう、マナさんが女子を女性扱いするから…モテちゃうじゃないですか。ダメですよ」と小さな声で言った。
(モテ…?)
「いや、僕モテたことないから」というと、アユは頬をふくらませて、でも嬉しそうに僕が肉と野菜を入れた皿を持って女子の群れに戻っていった。
中学生の時からずっとナユの
(そういえばこんなふうに同年代とワイワイするのは初めてじゃないか?あれ、僕ってヤバい?)
「おい、大丈夫か?顔色悪いぞ」
ルイがいつの間にか隣にいた。僕の持つトングをさっと取り上げ、空いた皿に肉をてんこ盛りにした。
「ほら、俺がやるから座って食べてこい」
「あ、ありがとう…」
「ばーか、アユに何言われたか知らないけど動揺し過ぎ。ゆっくりしとけ」といって、少し下手なウインクをした。
(うーん、ウインクのせいで60点。でも気を使ってくれたから合計90点かな)
「へへ、追い出されました」
そう言ってルイの座ってた場所に入ると、隣の男子が箸とビールを出してくれた。
「お、ありがとうございます」
僕は肉に箸をつけると、がっついた。
こんなに食べられないと思ったけど、お腹が意外と空いていて、あっという間に空になった。
そういえば最近あまり食べてない。リアムがいた時は結構食べていたんだけど。
「なんか持ってきてやるよ。ビールでも飲んでな」と今度は反対側の男子が僕の皿を持って立ち上がった。
(なんかすごい、嬉しいな…)
よく考えてみると、ずっと昔からナユの為に何でも率先してやってたし、こんな姿になってからは学校でもバイト先でも男子で通ってる。
なんだかさっきアユが言ってた、女性扱いされて嬉しい、ってこういう事だとわかった気がする。いや、女だと思われてないけど。
「ん。食べな」と皿にはちんまりとした少量の野菜とたっぷりの肉が乗っていた。
「うわー、むっちゃ嬉しい。ありがとう」と彼に向かってちゃんとお礼を言うと、
「いや…だっておまえ気を使い過ぎだって。もっと気楽にしろよ」と少し赤い顔になって言った。
「ねえ、ゼミの女子にも、もっとこういうのしてあげればいいのに。男女の交流少なくない?」と聞くと、
「だってさー、恥ずかしいじゃん。初対面のおまえにでもハズイのに…」と言った。それに周りの男子も『ウンウン』と頷く。
いや、それじゃあだめじゃん、小学生かよ。それに、僕の事男と思ってるだろ?と突っ込みそうだったが、マジみたいだ。
要するにこのゼミの男子は人馴れしてないのだろう。
なるほど、コンパとかも行かなさそうだ。まあ、ちゃらちゃらしてるよりずっとカッコイイと個人的には思うが。でも。
「そうだ、ミッションゲームしないかい?ちょっと待ってて」
僕は管理棟に向かった。
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