SSU附属戦

「SSU附属戦のラインナップを発表する」


 監督は初めて打順を組み替えた。それだけでなくライトの里見を古城に代えた。古城は合宿の時からライトの練習をやらせていたが、里見よりは守備も打撃も格段に良い。その上で四番に水橋を据えた。

 新打線は一番ボク、二番春川、三番古城、四番水橋、五番夏海、六番秋葉、七番大丸、八番乾、九番手塚。三番に古城は意外だったが、どうも竜胆監督は古城に賭けたみたいだ。SSU附属の偵察にかかっていないのも期待したのかもしれない。

 監督の水橋敬遠に対する対抗策はボクと古城、もちろん春川も含めて誰か水橋の前に誰かが走者としていれば、水橋敬遠で必ず二塁に走者が進むことになる。そこまでSSU附属がやるかはわからないが、水橋の前に二人走者が出ていれば満塁になる可能性さえある。後は夏海と秋葉の二枚でタイムリーを期待するぐらいだ。

 ここで秋葉は水橋のスタミナを心配していたが、他にも心配しないといけないスタミナがある。それはボクたちのスタミナだ。ボクもかなり疲れがたまってきてる。夏海や秋葉が不振なのは練習不足もあるけど、確実に疲れが出てる。だからこそ、ここまで温存した古城に監督は期待しているように思うんだ。

 でもね、勝つためには夏海が打たないとダメだ。アメリカ遠征に行った時の夏海は凄かった。アメリカ人相手に長打連発で向こうの新聞にも大きく取り上げられたんだ。社交辞令だとは思うが、このままアメリカに残ってメジャーを目指さすべきの記事もあったぐらいだ。あの活躍の再現が欲しい。

 あのときの夏海の活躍は『サマー・タイフーン』とまで書かれていたんだ。あの活躍の十分の一、いや一瞬の再現があればボクたちは勝てるんだ。そうやって一点でも、もぎとったら水橋は必ず守ってくれる。そんなエースがボクらにはいるんだよ。


 試合はSSU附属の先攻で始まった。水橋の今日のスタートはキャッチボール投法。これは意表を衝いたのとスタミナ温存のためだろう。水橋は今日勝ったら明日も投げないとならないから。ただキャッチボール投法は城翔戦で攻略法がわかってるから、どこかで切り替えるだろうが、秋葉よリードは任せたぞ。

 裏の攻撃だがボクは三振。これはちょっと打てない感じ。春川も三振だったが古城がヒットを放ってくれた。これでSSU附属が水橋敬遠をやるかどうかが確認できる。やらなければ、水橋は必ず打つ。やっぱり敬遠だ。そうなると夏海だが、ボテボテのセカンド・ゴロか。今日の試合はやはり厳しい。

 二回からSSU附属はバント策で来た。やはりリサーチ済のようだ。秋葉はどうするか。たぶん一回りまでこれで押すんだろう。でも城翔戦の頃に較べたら守備はマシになったものだ。春川もあのキャプテンだってかなり動けるようになってる。

 二回のうちは秋葉、大丸、乾と凡退。三回は手塚凡退の後でボク。SSU附属は今日はエースじゃなく二番手投手。昨日見たエースに匹敵するぐらい良いピッチャーだけど、ストレートは速いがカーブに難点があるようなんだ。

 難点といってもストレートに較べての話だが、ちょっとコントロールが甘い時があるんだよ。そのうえで結構カーブが好きみたいだ。だからその気で待ってるとチャンスボールが来る時があるんだ。

 待っていたら来た。上手く打てて三遊間を抜けてくれた。春川は凡退したが古城がもう一本打ってくれた。今日の古城は当たってるようだ。これでもし水橋敬遠なら満塁だ。頼むぞ夏海、任したぞ。


 オレの目の前で敬遠かよ。それも一・二塁からわざわざ満塁にしてまで水橋敬遠て正気か。この夏海大輔をそこまでコケにするか。舐めるのもエエ加減にしくされよ。ネクスト・バッターズ・サークルの秋葉が、


「ダイスケ、ガツンとかましてこい」


 言われなくともそうするわ。ここまで舐められてタダで済ますものか。たださすがにオレの弱点は調べ上げてるな。嫌いなコースで着実にカウントを稼いでくる。コンチクショウ、ここでオレが打たないと、どうにもならないのに、前に飛んでくれん。またファールだ。


「ボコッ」


 クソッタレ、ドン詰まりのキャッチャーフライや、情けない。水橋、本当に申し訳ない。オレさえ打てれば、オレさえなんとかできれば。この試合のカギはオレなんだ、オレが打つか打たないかが勝敗を決するんや。監督もそう言ってたし、現にそうなってるのに、目の前で敬遠される屈辱だけを味わい続けるなんて。


「夏海、次には打てるって」


 水橋。お前はなんでそこまで平気でいられるんだ。どれだけバックがエラーを積み上げようが、どれだけバックの援護がなかろうかが、お前はいつもニコニコ笑いながら励ましてくれるんだ。それがどれだけ大変な事か、オレには痛いほどわかってる。

 オレはお前と甲子園に行きたい、いやオレが行けなくてもお前は行くべきなんだ。こんなヘッポコチームじゃなければ、絶対に行けるのに、オレは猛烈に悔しい。次の打席はなんとしても打ってみせる。なんとしても、なんとしても・・・


「ストラック・バッターアウト」


 あかん、また三振か。オレが野球やりたいから夏海も、秋葉も、冬月も付き合ってくれてるようなものなのに、肝心のオレがさっぱりやないか。ピッチャーとして役に立たんし、一塁守備も怪しいし、バッテイングもさっぱりや。四回戦からはノーヒットやないか。

 それにしても水橋は化物や。もちろんあのスピードボールと、信じられないコントロールもそうやけど、ピッチャーとしてのメンタルが化物や。たとえオレが水橋ぐらい投げられても、ここまで絶対勝ちあがれん。こんなお荷物バックじゃ腐らん方が不思議や。

 なんとか打たんと、なんとか塁に出て水橋の前で塁を埋めないと勝てん。今日の冬月も古城も当たってるから、オレがなんと塁に出られればSSU附属の水橋敬遠策を打ち破れるはずなのに。どうしたって打てへんやんか。なんとかしないと、なんとかしないと・・・


 ユウジは四回からダイナミックフォームにチェンジしたよ。でも今日のユウジはちょっと不調みたい。ちょこちょこヒットを許すんだよ。さすがに炎天下の真夏の三連投だもんね、ユウジだって疲れてるんだきっと。

 でも点が取れないのよ。冬月君と古城君は打ってくれるんだけど、夏海君がどうしても打てないの。SSU附属のユウジ敬遠策を打ち破るには夏海君の打撃にかかってるって駿介監督は言ってたけど、ここまではSSU附属の思う壺やない。がんばれユウジ、夏海君はきっと打ってくれるはずよ。そこまでなんとか踏ん張って。ユウジはウチの夢を請け負ってくれたやん。ウチはユウジを信じてる。

 あ~ん、延長戦になってもた。SSU附属は八回からピッチャー代えてる。エースナンバーじゃないから三番手投手かな。しっかし三番手言うても先発の二番手とあんまり変わらへんやんか。なんであないに次から次に仰山ピッチャーおるねん。

 あのユウジが肩で息をしてる。苦しいんや。でも頑張って、ウチにできるのは声援しかもう出来へん。十回も、十一回もうちは凡退、あっユウジがまた打たれた。一死一・三塁になってもた。秋葉君がマウンドに行ってくれてるけど、さすがに苦しそうな顔してる。


「だいじょうぶか水橋」

「さすがにしんどいわ」

「そりゃそうやろ。ところで水橋に言っておきたいことがあるんや」

「なんや」

「お前には感謝してる。オレたちがここまで来れたのはみんな水橋のお蔭や」

「水臭いこというな。今日も勝つで」

「もちろんや」


 水橋の奴、苦しいんやろな。延長も十二回表やから、いくら球数の少ないアイツでも百五十球越えてもた、延長に入ってから結構打たれてるからな。でも打たれてもしょうがないやんか、真夏の三連投目が延長戦やぞ。ホンマに水橋はよく踏ん張ってくれてるけど、それに引きかえ打線の援護が悲惨すぎる。

 クソッ、クソッ、クソッ、なんで一点が取れへんのや。夏海の馬鹿野郎、あんだけチャンス潰してどうするんや。冬月も二安打、古城も二安打と四球で塁に出てくれてるんやぞ。そこで水橋敬遠やから、満塁もあったし得点圏にランナーが四回もおったやんか。それを全部潰しやがって。お前がどこかで一本打ってりゃ、試合はとうに終わっとるんや。わかっとるんか夏海、お前も男やったら一回ぐらい根性出して水橋援護したれや。

 夏海の事をボヤいてもしゃぁない。打ててないのはオレも同じやからな。それよりこの回や、ここで点取られたらあかんのや。怪物水橋の球威もさすがに落ちて来てる。オレがなんとかリードせんと、このザル守備陣がなんとしても水橋を支えてやらないとアカン。ここはスクイズもあるから早めに追い込んでしまいたいんやが、


「カキーン」


 あかん打たれた、三遊間や。冬月が上手く回り込んでる、大丸キャプテンに渡って、春川に送球。やった夢見てるんやないか、ダブルプレイの完成や。キャプテンすごいぞ、エラーせんかった。救われた。

 さて十二回の裏やけど、大丸キャプテンから。ここからじゃまず点は入らへんから十三回も水橋は投げなあかんやないか。まあ、この回が三者凡退なら、十三回の裏は冬月からやから最後のチャンスになると思うけど、アカンかったら良くて引き分け、水橋の疲れからすると十五回までもつかも危ない。引き分けで再試合になっても、勝機なんかあらへんやないか、SSU附属はまだエースが残ってるんや。


「カキーン」


 えっ、えっ、えっ、キャプテンのバットに初めてボールが当たったんや。レフトのポール際に打球が飛んでくやん。切れるなよ、切れたらあかん、絶対切れるな、それいけ、そのまま切れるな! 行ってまえ!


「コーン」


 ポールに当たったってことはホームラン、それもサヨナラやんか。間違いない審判が手をグルグル大きく回してる。大丸キャプテンが嬉しそうにダイヤモンドを回ってる。オレもホームベースに迎えにいかないと。勝ったぞ、ついに勝ったんだ、決勝だ。あのSSU附属にオレたちは勝ったんだ。

 ホームベースを挟んで挨拶して校歌斉唱。その後に御祭り騒ぎのスタンドの前で挨拶して、


「オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く」


 これも真っ黄っ黄になっていたスタンドも一緒になっての物凄い大合唱が繰り返しで三回。大丸キャプテン、男泣きしてる。わかる、わかる、そりゃ泣くよ。誰よりも努力して、誰よりも頑張ってたのはみんな知ってるんだ。今日の試合のヒーローは間違いなく大丸キャプテンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る