偵察

「おいダイスケ、あのピッチャーどう思う」

「どう思うも、こう思うもあらへんやん。なんでまあ、これだけごっついピッチャーが次から次へ湧いてくるんやろ」


 第一試合で正徳高校に勝ってから、スタンドで次の対戦相手になりそうな第二試合のSSU附属の試合を弁当食いながら偵察中。リンドウの家の鮨屋から差し入れで、これがなかなか美味いんだ。

 オレと夏海はうちの主力バッターの『はず』やから、次の対戦相手を見ながら弱点とか、攻略方法を考えてる『はず』なんや。ただ二人で出てくる感想は、弱点を見つけるとか攻略法どころでなく、


「バットに当たるやろか」

「自信ないわ」

「目瞑ってる方がエエかもしれん」

「そりゃ、言い過ぎやで。でも、ボールは見ん方がエエかもしれん」


 正直なところ、あんなもん、どうやったら打てるんやというところ。攻略法には相手の守備の穴を見つけるのもあるんやけど、


「ダイスケ、水橋除いてうちで一番守備がマシなん誰やと思う」

「やっぱりススムやろ」

「ほんじゃ、ススムより下手そうなんおるか」

「どうみてもおらん」


 正直な話、夏海とやってるのは偵察と言うより自虐ネタの野球漫才。でもさすがは夏海でチャンスの可能性を見つけたみたいや。とは言うものの、これを可能性と言えるかどうかはかなり疑問。


「ヒロシよ、今日のはエースやろ」

「エースナンバー付けてるさかいな」

「それやったら、明日投げへんやろ」

「そっか、あのピッチャーと対戦せんで済むんや」


 水橋一枚看板のうちとは違い、SSU附属は先発だけで三枚ぐらい力のあんまり変わらんのがおるんや。さすがに三枚目はちょっと落ちるみたいやけど、ここまでくれば二枚でローテしてるみたいやねん。つまり準々決勝はエース、準決勝は二番手、決勝がエースになるはずや。そうなれば、うちがあたるのは二番手となり、エースは決勝の極楽大附属用に温存されるだろうってところ。


「SSU附属の監督やけど、うちを舐めてくれて三番手出してくれへんかな」

「出来たら四番手か、二軍がエエけど」

「そうはいかんやろな」


 偵察は攻撃も見ることになるんやが、SSU附属の相手は練習試合をやった丸久工業。丸久工業もベスト8まで駒を進めてるから、よくあの練習試合で勝てたもんやと今さらながら思てます。あそこのエースも二番手も凄いと思たんやけど、SSU附属打線はガンガン打ちまくるんや。


「ひょっとしたら、あそこにおったかもしれへんねんなぁ」

「そうかもしれんけど、明日はここに勝たなあかへんねん」


 夏海はずっと四番なんやが、城翔学園戦でツーランこそ放ったものの不振。不振といえば他のバッターが打てばエエようなもんなんやが、オレも打てへんねん。ザル守備は予選の最初の頃よりマシになってるんやけど、貧打は予選が進むほど深刻化。


「また水橋の一発に期待せんとアカンやろか」

「ホンマ情けないと思てる」


 そこに監督が冬月とやって来て、


「どうや、打てそうか」

「ごっついピッチャーです」

「やっぱりアカンか」


 とにかくSSU附属は手強い。とりあえず見ただけでは打てそうにあらへんけど、バッターボックスに入ったら・・・振れば衝突することもあるかもしれんぐらいの実力差。


「監督、水橋はどうですか」

「抑えてくれるやろ。抑えてくれへんかったら、それで仕舞やし」


 実は水橋のスタミナ問題がまた気になってるんや。とにかくうちは水橋の一枚看板やから、水橋こけたらオシマイなのは監督の言うとおり。水橋がこの予選のためにトレーニングを積んで来てるのも知ってるけど、例の迷走台風と降り続いた雨のお蔭で予備日が食い尽くされてベスト十六からは地獄の四連戦。つまりは準決勝のSSU附属戦で水橋は三連戦三連投になるんや。おまけに天気予報は決勝までずっと快晴。


「監督、水橋は三連投になりますが」

「言うな、どうしようもないやんか。このクラスになったら古城じゃもう手に負えん」


 そこに冬月が、


「監督、打順の組換えをやるべきじゃ」

「冬月もSSU附属があれをやると思うか」

「やられたら、うちに点は入りません」


 どういう事かと聞いたら、冬月は水橋に敬遠策が取られる可能性を指摘してるんや。とにかくうちの貧打線は四回戦以降はほとんど打ててない体たらく。城翔戦は夏海のツーランは出たものの後はさっぱり。明舞戦もオレのポテンヒットの決勝打で一点取ってるけど二安打。正徳戦も二安打。これでよう勝ってるぐらいのドが付く貧打。

 シード校クラスのエースは打てないのは痛感してるんやけど、そんな中で打ってるのは水橋だけ。水橋は予選になって二回しかバット振ってないけど、それがどちらもスタンド入り。冬月も監督も同じ意見やけど、水橋がその気になればこのクラスでもガンガン打てるやろうってところ。

 これは夏海もオレも同意見。とにかくあのスイングやから、投手としても化物やけど、打者としても間違いなく化物に違いあらへんと思う。言い方変えたら、うちの打線でSSU附属に通用するバッターは水橋一人だけだろうってところや。

 そこでやけど水橋しか打てへんうちの打線で、水橋に敬遠策取られたら手も足も出なくなるってのはわかる。水橋の打順は本人の希望で九番みたいやけど、九番のままで敬遠策取られたら、たしかにどうしようもあらへんわ。あらへんけど、


「そやけどススム、水橋はたしかにホームラン二本打ってるけど、他はバットすら振ってないから、普通に勝負するんとちゃうやろか」

「そうしてくれれば助かるけど、相手はSSU附属なんだよ」

「情報分析か」

「やる可能性はあるとして対策しておくべきだとボクは思う」


 水橋が敬遠されるという前提での対策となると、水橋敬遠を利用するか、水橋敬遠を出来ないように封じてしまうかがあるんや。敬遠策は相手にとってもリスクはある訳やねん。たとえばやけど、水橋の前にランナーが一塁におったら敬遠で自動的に一・二塁になるやんか。

 つまり、水橋の前にランナーを貯めとくと敬遠策は取りにくくなるってことになるんや。そのために水橋の前の打者の役割は重要や。ただ最大の問題は貯めた走者を返さなあかんところ。監督は、


「夏海、秋葉、なんとか打ってくれ。野球は点を取らんと勝てんのや」


 そういう事になるんや。水橋敬遠を利用してチャンスを作っても、水橋の後ろの打者が打たへんかったら点は入らへんのよ。貧打線の中でも一応主力打者なのが夏海とオレやから、オレら二人が打たんかったらアカンってこと。SSU附属はあの丸久工業を五回コールドで下してもた。丸久工業ですら散発二安打やんか。うちだったらヒット出るやろか、アカン、アカン、そんな弱気でどうするんや、振れば当たることもきっとあるはずや、


「ダイスケ、そやけどなんで水橋は二回しかバット振ってないんやろ」

「理由はようわからんけど、オレが城翔戦の時に同点ツーラン打った時はエラい喜んでくれたんは覚えてる」

「オレの明舞戦での決勝打の時もそうやった」

「なんか打つ方はオレたちを立ててくれてる気がしてる」

「ド貧打のオレらをか」

「それぐらいしか考えられん。水橋がその気やったら、十本ぐらいは楽々とスタンドに叩きこんどっても不思議あらへん。そんなワンマンチームにしたくなかったんちゃうやろか」


 夏海の見方が正しいかどうかはわからんへんけど、敬遠策を取られたら打つ方は水橋に頼られへん。つうかや、これまでだって全部水橋に頼ってるようなもんやんか。こんな時ぐらいオレらがなんとかせえへんかったら男やないやろ。


「ダイスケ、男やったら石にかじりついても打たなアカン」

「そうや、なんとしても打ってみせる」


 そこにリンドウが来て


「監督。SSU附属の偵察部隊は明舞戦と正徳戦にバッチリ貼りついてたよ。高校野球にビデオ五台なのよ、なんなんアレ。狙いはもちろんユウジの投球の分析と思うけど」

「カオルちゃん。ビデオで撮って見ただけで打てたら苦労せえへんよ」

「でも監督、凄い分析するんやろ」

「分析したって、打てない球は打てないってこと。水橋を信用したりや」


 ウチはそれでも心配。あそこの強みの一つが情報戦。集めたデータを分析して相手の弱点をあぶりだすって感じかな。うちの弱点なんてユウジ以外はすべて弱点みたいなもんやけどな。ウチだってユウジの投球がそう簡単に打てないのはわかってるけど、なんかコンピューターって聞くだけで凄いことをされそうで不安やねん。


「ただな、水橋をそう簡単に打つのは無理やけど、打者の方は封じるのはある程度可能なんや」

「得意コースとか苦手なコースってやつ」

「これは昔からどのチームもやってる」

「うちはやってないの」

「人手と人材不足や」


 だから今まで偵察やらなかったんだ。たしかに偵察部隊を送り込む余裕も人材も資金もないもんね。


「冬月君、勝てるよね」


 いつも状況を冷静に分析する冬月君が難しそうな顔で


「ただでさえ貧弱なうちの打線が分析されると苦しい」


 それだけ言って黙り込んじゃった。ふとやねんけど、丸久工業との練習試合を思い出しちゃったの。あの時よりうちのチームは強くなってるけど、それ以上に相手が強くなってて、結局のところ相手に通用するのはピッチャーだけって構図。

 明日はホントに厳しい試合になりそうや。ユウジは頑張ってくれると思うし、ユウジのピッチングはウチは信じてる。そやけど、ユウジを打たしてくれへんかったら、誰かが打たへんかったら勝てへんのよ。お願い、誰か打って。

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