準々決勝

 準々決勝の相手は正徳高校。いわゆる古豪で前身の正徳実業時代に何度か甲子園に出場してるんだよ。でも今度はうちが勝つんじゃないかの空気が学校中にパンパンに膨れ上がってる。それぐらい明舞学院戦のユウジの投球が凄かったんだ。

 さてやねんけど、明舞戦に勝った後にバタバタと出来上がった後援会の会議に野球部の代表としてウチも呼ばれたんよ。この辺は顧問の先生は野球音痴だし、駿介監督やキャプテンは明日の準々決勝の準備に専念したいだろうから、GMのウチが代表として選ばれたと思ってたんや。

 会議の主題は明日の試合の応援をどうするか。基本は今までやってきた黄色のスポーツタオルをグルグル振り回すやねんけど校長が、


「チア・リーダーも欲しい」


 こう言い出したんや。ウチも異論はないというか大賛成やってんけど、


「とりあえず竜胆君にお願いする」


 ここでなんでウチがこの会議に呼ばれたかわかった訳やねん。『やられた!』と思ったけど、ここで尻込みしたらウチの女が廃るやんか。二つ返事でOKして、


「何人動員します?」


 そしたらウチ一人って言うのよ。いくらなんでも一人は寂しすぎるって粘ったんだけど、スッタモンダの末に、


「まだ予選やから最大三人」


 あんなもん何十人も並んでやるもんだと頑張ったけど、応援席の最前列あたりでヨロシクみたいな案に押し切られてもた。というのもノンビリ交渉やってる時間がなかってん。校長は、


「いくらなんでも明日の準々決勝に無理だろうから、明後日の準決勝になんとか間に合わせてくれないか」


 こんな悠長な話しとったけど、こんなもん明日の準々決勝からやらんと意味ないやんか。もう夕方近くになってたけど、


「明日には間に合わせてみせます」


 チア・リーダーについての予算は後援会持ちやったから、その点だけは安心して大急ぎで飛び回ったよ。とりあえず三人やったら、そりゃ選り抜きにしたれと思って、加納と小島にターゲットを絞ってん。加納の方は写真係を口実に準々決勝は逃げられてもたけど、準決勝は参加させたるで、逃げても無駄やからな。小島も相当どころやないぐらい嫌がったけど、口説き落として参加させたった。

 コスチュームは商店街の洋裁学校に事情を話して頼み込んだんだ。業者に発注したんじゃ明日に間に合わへん思ったからなんや。ここも何度か駿介監督の小道具調達で訪れたことがあるから最初は警戒していたみたいやけど、チア・リーダーのコスチュームの話だとわかるとガラッと態度が変わって、


「それやったら喜んで協力させてもらいます」


 嬉しかったなぁ。デザインはとにかく黄色ベースでお願いした。これものんびりデザイン考えてるヒマなかってん。ウチは時間もないから黄色のTシャツベースに少し手を加えて、ミニ・スカートぐらいで仕方がないと思とってんけど、なんか見本みたいなものを出してきて、


「こんな感じで作るけどイイ?」


 えらい派手な凝ったデザインで間に合うかと聞いたんやけど、


「明日の試合までに必ず完成させるから、まかせといて」


 生徒も職員も総動員して、今から徹夜になっても必ず間に合わせるっていうのよ。それ聞いただけでウチもテンション上がりまくる感じになってもた。シューズも相談してコスチュームに合わせたものを買いこんだ。

 コスチュームの目途はこれでついたんやけど、次は振付練習せなあかん。うちの学校にはダンス部とかバトン部あらへんのよね。まあ、あったらウチがチア・リーダーせんでもエエんやけど、校内で振付やってくれる人なんて思いつかへんねん。そこで思いついたのがダンス教室。そこしか思いつかへんかったら、とにかく突撃してみた。ちょうどレッスンの真っ最中で、


『今、レッスン中やから後にしてくれへん』


 こんな雰囲気がプンプンして迷惑そうにされたけど、事情を話して協力をお願いしてみたの。結構無理なお願いで、素人に明日までにチア・リーダーとして踊れるようにして欲しいのと、振付も考えてくれなんだ。そう簡単に『うん』と言ってくれない覚悟はしてたから、あれこれ食い下がる手段を思い浮かべてたんだけど。ダンスの先生は、いきなりレッスン生の方に向かって、


「今日のレッスンはこれで中止にします」


 ウチは内心『えっ』っと思ったけど、明日までに踊れるようにするんやったら、とにかく時間が惜しいから、レッスンなんてやってるヒマはないって言うてくれたんよ。ダンスの先生が言うには、振付のためにはまず曲を決めなアカンって話になってブラバンのところに向かったの。

 ブラバンもコンバット・マーチを響かせとったで。ブラバンの部長と曲目詰めて、再びダンス教室へ。ダンスの先生は曲目が決まった段階で、その場でブラバンに演奏させて録音しとった。さらに教室の方に連絡しとってんけど、レッスン生が立派な黄色のボンボン作ってくれてた。

 そこからレッスン生も協力してくれて夜中まで振付練習してくれたんよ。夕食も家に帰る時間が惜しいって出前取ってくれたし、練習が終わった時には零時回ってたからクルマで家まで送ってくれた。さらに翌朝も早くから練習に付き合ってくれたの。お蔭でなんとか、それなりに格好がつくようになったんだ。

 小島も『うん』と言ってからは、ずっと頑張って付き合ってくれた。小島も洋裁学校の様子やダンスの先生の熱気に釣られてくれたみたいやった。ホンマに感謝してるけど、


「リンドウ先輩って、本当に天下無敵なんですねぇ」


 こうしんみり言われた時はチイと複雑やった。とりあえず振付練習しすぎて筋肉痛がたまらんけど、こんな痛みは甲子園の夢に較べたら痛みのうちに入らへんよ。


 ウチもチア・リーダーやるのはかまへんけど、実は人選にかなり後悔してる。勢いで小島を引っ張り込んだけど、よう考えんでも二人で並んでやらなあかんやんか。少々差があるというか、どう見たって小島の引き立て役やもん。ここに、さらに加納も参加させて、左右に従えてやらされたら、この世の地獄やんか。もうちょっと釣り合い考えといたら良かった。

 だけどね、だけどね、チア・リーダーのコスチュームがなんとか試合前に出来上がった時に、うちの連中に嬉しそうに見せに行ったんだ。ちょっと恥しかったけど、どっちみち試合になれば、この格好でずっと踊ってるわけだし、褒めてもらおうというより、ちょっと笑いを取って楽しんでもらおうってところやったのよ。

 『馬子にも衣裳』とか『豚に真珠』とか『猫に小判』ぐらいのツッコミは絶対入ると思ってたんよ、ウチのキャラはそこやからね。GMの仕事の一つとして、みんなの緊張感を解きほぐすのも大事やから、ここは少々笑いものになってちょうど良いぐらいってところ。でもね、少々は予想範囲だけど、そこそこで堪忍してねと内心は思ってた。そしたらいきなり大丸キャプテンが、


「目が潰れる」


 それはいくらなんでもって思ったけど。みんな口々に『可愛い』とか、『素敵』とか、『うっとりする』とか。ウチにしたら、ちょっと待って、ちょっと待っての展開だったのよ。そんな騒ぎのところに秋葉君が来たの。チア・リーダーの格好をしているのがウチだとわかった瞬間に絶叫したんだよ、


「もう死んでもエエ」


 たかがウチのチア・リーダー姿見て死ぬんやったら、加納と小島が並んでやったら校内の男子が皆殺しになってまうやんか。つうか準決勝になりゃそうなるんよ。それでもお世辞とわかってても、やっぱり嬉しかった。ウチも女やもんね。『綺麗』とか『可愛い』って言ってくれたらチア・リーダー張り切ってやれるやん。


 地元の商店街も盛り上がってるで。ちゃんと染め抜きの横断幕を寄贈してくれたもんね。これは四回戦の後には出来上がっていたんだ。ただやけど、こういうものは『必勝』とか『好球必打』みたいなものが普通は書かれてるはずやねんけど、出来上がったものみてビックリした、ビックリした、だってやで


『竜胆薫を必ず甲子園に連れて行く』


 ちょっと待ちいなってところ。恥しすぎるやんか。それに手回し良すぎるやん。さすがにこれはと駿介監督に相談したんやけど、


「予選やからエエやろ」


 冬月君まで


「これがみんなの気持ちだから」


 照れくさくてしかたなかったけど、なんかジーンと来ちゃったのよ。それもやで、この横断幕やけど練習中もずっと掲げられてるのよ。でさぁ、でさぁ、その前から続いてるんやけど練習前と練習後に必ず


「オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く」


 これをやるんだよね。それも今やギャラリーと一緒に大合唱なのよ。それだけじゃないのよ、合宿の時ぐらいから練習中に、


「そんなんじゃ、リンドウを甲子園に連れて行けへんぞ」

「お前はリンドウを甲子園に行かせへん気か」

「リンドウの甲子園の足を引っ張るつもりか」


 ここら辺でもうたまらんぐらいなんよ。そやのに、そやのに、うちの連中が一番過激に反応するのが、


「リンドウの甲子園を潰すのはお前や」


 これを言われたうちの連中の目が明らかに殺気立つのがわかるんだよ。どういうたらエエのかなぁ、最大の侮蔑の言葉を投げかけられた感じになるんよ。そうしたら、もう時刻的にもクタクタのはずやのにこう言うのよね、


「監督、もうノック百本お願いします」


 そしたらね、本当にやるのよ。さすがにいつもって訳じゃないけど、大丸君なんて百本ノックのお代わりまでしてたんやから。ウチはいったいなんなのよ。加納や小島ならわかるけど、ウチやで。これが日に日にヒートアップするもんだから、なんか怖くなってきて一番クールな冬月君に聞いてみたんだ。そしたらね、


「リンドウさんはうちの野球部のために天から遣わされた守り神なんだよ」

「そんな大げさな、まるで女神や天使みたいやんか」

「うちの連中は女神より、天使より、リンドウさんを大切に想ってるよ」


 そんな照れくさいことを例のクールな表情でサラっと言って行っちゃった。ユウジですらそうやねん。聞いたらさ、


「なんか不思議か?」


 そんなもん不思議に決まってるやろって言ったら。


「女はわからん」


 男の方がよっぽどわからんわい。駿介監督にも聞いたんだけど。


「カオルちゃんが、モテモテってだけやんか」

「でもウチやで」

「十分綺麗と思うけど」


 とにかく知らんうちに野球部のアイドルになってもたみたい。駿介監督に言わすとそういう求心力は大事で、人間てのは自分のためより誰かのためっての方が燃えやすいんだって。それはなんとなくわからんでもない。

 そういう時に相手が異性だったら過激なぐらいに燃え上がるとも言うてた。これもわかる。それやったら、加納なり、小島を説き伏せて野球部のアイドルにしたら、もっと燃え上がるんじゃないかって聞いたら、駿介監督はさも不思議そうな顔をして、


「カオルちゃんやからみんな燃えられるんだ。他じゃ代用は絶対に無理」


 ウチにしたら『???』やねんけど、とにかく『リンドウ、リンドウ』って練習中に異様なぐらいに合言葉になってるのだけは間違いないのよね。そうそう、前に大丸キャプテンが明舞学院戦後の取材で


『ボクたち野球部は竜胆薫さんに全員で恋してるんです』


 こう言ってたんだけど、夏海君にその時のことを、ほんの軽くやで、冗談めかして


「キャプテンも口が上手いよね」


 こう言ったら、夏海君がこれ以上は重々しく出来ないぐらいの口調で、


「オレはキャプテンに負けてるつもりは毛頭ない」


 そしたらそれを聞きつけて何人も集まってきて、


「オレこそ一番だって」

「いやボクが一番や」

「なにいうてるんや、オレがダントツ」


 大変な騒ぎになっちゃったんだ。ちょっと待ってよ。あんたら崇めてるのは女神の加納でも、天使の小島でもなくて、単なる竜胆薫だよ。そりゃ、ブスとは思てないけど、そこまで争われるほどの女じゃないやないの。


 うちの部員連中のウチへの熱狂も訳わからへんけど、もっと訳がわからへんことも起ってるのよ。夏休みに入った頃に『竜胆薫を愛する会』てのが出来てウチの追っかけするの。これだけでも『?』やねんけど、さらに『竜胆薫を愛する会から竜胆薫様を守る会』てのが出来てにらみ合いやってるんよ。なんなんよこの状態。ウチもこの学校の生徒やから、加納や小島が追っかけされてるの見て内心『羨ましい』と思てたの。なんかスターみたいやん。でも実際に追っかけされたら、あんな鬱陶しいもんあらへんのがようわかった。

 だってやで、あの連中ずっとウチの後ろを付いて回るんよ。どこに行っても付いてくるんよ。お蔭で気の休まる間がなくなってもたんよ。トイレだって大変で、さすがにトイレの中まで追っかけ連中は入って来えへんけど、トイレの前にずっと待ってる訳よ。見られ続けてマジでシンドイから一息つきたいんやけど、あんまり時間をかけるわけにはいかんのよ。そりゃ、時間がかかったらウンコしてるって思われてまうやんか。そんな恥しいこと思われたくもないし。

 加納や小島がなんであんな上品ぶったしゃべり方や歩き方をして、いつもすまし顔の理由も嫌っちゅうぐらいようわかったわ。あないに一日中見られとったら、迂闊なこと口にできへんし、あんだけくっ付かれてもて走ったりしたら、エライことになるもんな。表情かってそうで、一日中微笑んでいたら顔ひきつってまうし。これでも授業があれば、その間は少しはマシのはずなんやけど夏休みだから学校行ってる間ずっとなんだよ。

 こんな状態はたまらんし、こんな追っかけされるのは、そもそもウチのキャラには合うてへんし、GMの仕事にも邪魔やから追っ払っうことにしたんよ。うちはGMやからせえへんけど、本来ならマネージャーがやりそうな雑用仕事でこき使ったってん。ウチが『こき使う』やから半端やないで。そうすりゃ、追っかけがいなくなって、スッキリする算段やってん。ほいでも、それぐらいじゃビクともしないのよ。

 野球部の部室の掃除をやらせたら、目を疑うぐらいピカピカに磨きあげられてた。練習前後のグランド整備やらせても、それこそ小石一つ無くなってた。ユニフォーム洗わせてもそうやねん。ボール磨かせてもそう。それもやで、頼んだら奪い合うようにやりたがるんよ。

 ウチの追っかけしてる連中は集団発狂したんやろか。それとも変な病気でも流行してるんやろか。ひょっとしたら毒キノコでも食べて頭がおかしゅうなっとるんやろか。なんかね、学校行くのが怖くなる時があるぐらいやねんよ。ウチも毎日鏡見てるけど、どう見たって、今まで通りのウチしか映ってないんよね。

 しっかし、こんなんいつまで続くんやろ。入学してからずっと追っかけやられてる加納や小島を尊敬したし同情したわ。アイツらにはまともな学校生活なんてないんちゃうか思たもん。この調子じゃ、購買部のグッズ・ショップにウチのキャラクター・グッズが陳列されたり、写真部がブロマイドや写真集を売り出したりする悪寒さえしてきた。フィギュアなんてもう堪忍してくれやけど、まさかそこまではいかんやろ。


 駿介監督は正徳高校にも油断してるわけやないんやけど、その次を見てはるわ。ここまでも決してラクというか、うちじゃ全部格上みたいなもんやけど、まだ対戦相手に恵まれた部分はたしかにあるのよね。だって抽選が終わって組み合わせ表見た時に、駿介監督は、


「準決勝まではあたらんか」


 こう言ってたのよね。どこかは誰でもわかるけど県内二大強豪の極楽大附属とSSU附属のこと。明舞学院戦の時は、とにかく勝つのに必死だったけど、準々決勝まで来ると嫌でも意識するやんか。このままやったら、順当というか、もし勝ち上がれば、まず間違いなく準決勝がSSU附属、決勝が極楽大附属になるのよね。


「駿介監督、なにか秘策がある」

「そんなんあるかいな、うちができるのは水橋の快投に期待するしかないやん」


 そりゃそうなんやが、


「魔術師でしょ」

「水橋一人で十分魔術や」


 正徳高校戦もユウジの独り舞台でした。ノーヒット・ノーランこそ逃しましたが、ヒットは一本、エラーが二つの三人のランナーしか許さず完封勝ち。ただ我が貧打線は散発二安打、ユウジが今大会二本目をスタンドに叩きこんだ一点のみです。勝った後にはグランドには例の大合唱


「オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く」


 もう応援席はテンコモリ状態。例の黄色いタオルを熱狂的に振り回しながら物凄い迫力になってた。しかもこれが三唱までするんよ。でも勝ったんだ。ついに後二つまで来たんだ。ユウジは必ず契約を守る男なんだ。もちろんユウジとの契約は守るよ。喜んで守るから、お願い勝って。ウチを甲子園に連れて行って。

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