明文館高校

 オレの通っている高校は北播磨にあるんだ。北播磨ははっきり言わなくても田舎でクルマ社会の土地柄。そのために電車とかバスの公共交通機関の利用は不便。三宮に出るだけでクルマなら1時間弱ぐらいだけど、電車なら一時間半ぐらい余裕でかかる。

 そのうえ単線だからラッシュ時で十五分毎、そうじゃなけりゃ三十分毎しかない。JRで加古川に行けるが、こちらはラッシュ時が三十分毎、そうじゃなきゃ一時間毎。バスになると言いたくなくなるぐらいで、バスと電車を乗り継いでの通学となると、一本遅れると一時限はまるまる遅刻になるところも珍しくない。

 とにかく電車通学で阪神間や姫路の私学に通うのは大変なので、地元の出来る奴は明文館に通う比率が非常に高い。そのためもあってかレベルは高いし、進学実績も悪くない。学校自体は江戸時代の藩校に遡る歴史があり、いわゆる旧制中学以来の県立の伝統校。明文館はかつての藩校の名前だ。

 校舎は何年か前に木造から鉄筋に建て替えられて愛想もクソもなくなっているが、敷地自体は割と広い。まあ、田舎の学校は土地が安いからどこも広いと言えるんだが、木造二階から、これも理由はようわからんけど鉄筋六階に建て替えたんで、木造校舎時代より校舎の敷地部分が減ってるのもあるみたいだ。

 オレは野球でSSU附属を狙っていたのだが、あそこは野球部専用寮があったんだ。野球じゃなくとも学力で入学は可能だったんだが、寮に入れないと毎日三時間以上の通学時間が必要になるんであきらめた。明文館なら三十分もあれば余裕で通学できるからな。SSU附属も進学に力を入れているが、レベル的には明文館の方が上だし。

 オレが明文館を選んだのは地理的条件による交通の制約もあったのだが、旧制中学以来の伝統校である点にも魅かれた部分はあったんだ。だいたいその手の学校は『質実剛健』みたいな校風のはずで、硬派のオレにピッタリと思ったんだよ。制服だってチャラチャラしたブレザーじゃなくて、学ランとセーラー服だしな。


 そんなオレの硬派な校風への期待は入学式の校長の祝辞から怪しくなったんだ。


「わが校の校風は自主性と自由闊達です」


 この時はまだ質実剛健がベースにあった上での自主性と自由闊達と勝手に思い込んでいたのだが、そうでないのはすぐに思い知らされることになった。校長が言った自主性も自由闊達も硬派のオレからしたら、気が狂いそうなレベルで存在する学校だったんだ。

 わかりやすいので言えばロック研。まずやで、ヘビメタ・バンドの活動が認められるだけでも結構なものやのに、軽音楽部ともめたら、ヘビメタ・バンド専用の部があっという間に承認され、さらに水橋はプレハブやけど空地の一角に二階建てのロック研を作っちまったんだ。

 さすがにロック研がプレハブまで作って軽音楽部から分離したのは、うちの学校基準でも桁外れなことやけど、こういうレベルの自由闊達さが日常として繰り広げられるのが、うちの学校の校風としての自由闊達さやねん。その手のノリでの訳の分からんことが年がら年中繰り返されるんや。ホンマに県立校かと今でも疑問を抱く時がある。


 でもって校風はこれでもかの軟派。まだ高校生だから男女交際については普通はウルサイはずなんだ。うちの学校でもさすがに不純異性交遊はウルサイ。例の妊娠退学はうちの学校でもありうる。まあ、田舎の進学校だから表ざたになって退学した奴は聞いたことはない。

 ここまでは他の学校と大差ないんやが、この学校の狂っているところは『不純』でさえなければ、大らかというか、開けっ広げと言うか、なんでもOKなんだ。これじゃ、わかりにくいんだが、さらに校風の自由闊達が乗っかってエスカレートしまくってるんだよ。これは他の高校の奴に話しても、まずは信じてもらえないレベルなんや。

 うちの新聞部は妙に活発で毎月新聞を発行してる。高校の新聞部の内容なんて普通は面白くも、おかしくもない無難な当り障りのないものだが、うちの高校のは全然違う。紙面のほとんどが、美男美女番付とか、美男美女紹介レポートとか、その密着取材とか、交際情報、突撃インタビューとか。ウソやないで、校内注目の美男美女が誰と付き合ってるとか、その交際がどうなってるかとか、どんな人物かの紹介の構成なんだ。オレも初めて読んだ時には、芸能週刊誌とか、スポーツ新聞の芸能欄かと思ったぐらいだ。

 いつからそうなったかなんて誰も知らないようだが、校内の美男美女をアイドルに見立てて大騒ぎしている感じといえば良いのかな。新聞部がそんな調子だから、校内の目ぼしい美男美女にはすぐにファンクラブが作られる。そのファンクラブが何をするかといえば、追っかけをやるんだ。

 追っかけって具体的にどうやるかだが、休み時間ともなると他のクラス、他の学年からも教室に乗り込んでくるんだ。それも当たり前のように平然とだ。オレも初めて見た時には唖然としてしまったものだ。オレにはファンクラブは出来なかったが、冬月には出来ていて、さすがの冬月も目をシロクロさせてたわ。そりゃ、そうだろ。

 この校内アイドルはファンクラブが出来て追っかけがあるだけやないんや。写真部の伝統的な収入源の一つが校内アイドルのブロマイド販売。それだけやなく、写真集もあるし、最近ではイメージDVDまで作って売ってる。

 美術部もそうで、校内アイドルの絵を描いたりもあるけど、最近の人気はフィギュアややねん。これは手作りで量産が利かへんから、希少性があって予約待ちになってるぐらいや。なんか美術部の部室見たら、そればっかり作ってるように見えるもんな。

 そんな写真部や美術部のグッズやが、これも驚いたらアカンけど購買部で売ってるんや。それだけやないで、購買部特製のキャラクター・グッズも堂々と売ってるんや。文房具はもちろんやけど、Tシャツやタオルまである意味不明さや。ビッシリそろええる奴は珍しくもないし。教師だって堂々と買いに来て持ち歩いとる。

 ただやけど、そもそも校内の美女言うても、しょせんは田舎の高校のちょっと可愛い程度やから、そないに目を剥くような美人がおったわけやない。ファンクラブで追っかけやってる奴の数にしても多寡がしれてた。オレは硬派やから興味なかったし、今から思えば一年の時なんてまだまだ『ちょっと軟派の変わった学校』だったと思う。


 これが劇的に変わったのがオレの一つ下に加納と小島が入学しときだった。新聞部が、


『開校以来の美女』


 こう書きたてて火が着いたんやけど、そりゃ学校中が気が狂ったんやないかぐらいの大騒ぎになったんや。新聞部なんて号外、号外で週刊誌状態になって煽りまくっただけではなく、有料の特集雑誌まで出したんや。これが出るたびに飛ぶように売れて、まさに奪い合いになってる。今でも特集雑誌は続いてるけど、硬派のオレでさえバックナンバーを苦労して全部そろえてる。

 購買部のグッズなんて奪い合い状態だったのだが、笑たらアカンけどアイドル・グッズ専用ショップまで新たに建設されたんや。これが教室二つ分ぐらいあるデカさ。今まではそういうグッズは購買部の一角で細々やったんが、専用ショップが出来て品ぞろえがアホみたいに充実した。

 まあ、なんでもあるは。今までの文房具やTシャツ、タオルは種類も豊富になってるし、弁当箱、水筒、コップに皿ぐらいはまだエエとしても、シャンプー、石鹸、入浴剤、芳香剤まである。これはさすがに注文生産だが、笑点みたいな座布団や、抱き枕、毛布、こたつ布団まであるんやで、これらが入荷した先から飛ぶように売れるんや。校内の男連中は、身の回りの物をこういうグッズで固めることに狂奔したぐらいでわかるかな。硬派のオレの自慢はレア・グッズのネクタイを持ってることや。成人式にはなにがあっても締めてくつもりや。ネクタイは期間限定品やったからな。

 美術部が加納と小島のフィギュアを出した時も凄かった。オレは密かに発売情報を入手していたから、朝一番の電車で並びにいったのやが、既に百人近く待ってた。聞くと徹夜組もかなりおったらしい。軟派の連中の根性を舐めたらアカンと思たもんや。それでも三か月待ちでなんとか手に入れた。すぐに一年以上の予約待ちになってもたから、三年の連中は悔しがってた。卒業まで間にあわへんからな。

 チイと複雑やったんは写真部かもしれん。加納が写真部に入ったおかげで入部希望者が殺到して、入部制限までやる状態になっとるけど、小島のグッズはあっても、加納のグッズは売ってないんや。加納が売らないのを条件に入部したらしいと聞いているというか、新聞に書いてあった。

 加納も硬派やと思たけど、その代り小島の商品は『これでもか』で充実してる。オレも硬派としてブロマイドを十枚ぐらいと、写真集を三冊、イメージビデオを二本持っとる。さすがに写真部の商品は綺麗に撮れてると思うわ。

 加納や小島の写真やイメージビデオ、新聞や雑誌が奪い合いになるのは理由があるんや。とにかく二人の人気が異常に高くて、追っかけの数が半端やないんよ。そのために女子の他の校内アイドルのファンクラブはほとんど無くなってしもたぐらいや。オレは硬派やから入ってないけど、ファンクラブ以外の追っかけも幾らでもおるんや。

 二人が校内のどこを歩いても、大量の追っかけが付いて回るもんやから、同じ学校におるのに『チラッ』とぐらいしか見えへんのや。落ち着いて見れるのは、同じ組になった連中のみって感じかな。それも授業中だけで、休み時間ともなるとドット追っかけが流れ込んできて見れなくなるんや。二人を見ようとすれば、追っかけ連中をかき分けて前に出ないとアカンてところかな。だから加納や小島の姿を見るために雑誌も写真も幾らでも売れる関係と言うてもエエ。


 こんな加納と小島やねんけど事件は四月に起ったんや。二年のクラス分けであの二人が同じ組になってもたんよ。一人いるだけでも教室は大変なことになるっちゅうのに、二人そろえばどうなるかってやつ。そりゃ、大変なことになってもたよ。でも、まあ、それを聞いて一年早く生まれてるのを死ぬほど親を恨んだもんや。一年遅かったら、加納か小島と同じクラスになれたかもしれんし、こんな夢の組み合わせのクラスにおれたかもしれんと硬派としてムチャクチャ羨ましかった。

 それでやねんけど、加納と小島は仲が悪いわけやないから、同じ組にいれば話もするんやけど、そうなりゃ夢のツーショットになるやんか。同じ教室にいるだけでもツーショットはありうるわけで、それが見たいとばかりに、それこそ学校中の男連中が殺到したと言っても良いわ。オレも他人のことは言えん。カメラ抱えて撮りにいったもんな。ただ、とにかく人が多いもんでツーショットになっても上手くはなかなか撮れへんのよ。そやから、良く撮れた写真は今ではプレミア付きで取引されとる。

 プレミア付きになったのは、その教室での写真撮影が規制されたからなんよ。オレも撮りに行ったから知ってるけど、いくら自由闊達いうてもありゃ、やり過ぎだったと思う。教師が授業のために入って来ても、そういう連中の排除をまずせにゃならん状態やったし、排除するのにも結構時間がかかってたからな。

 ただやけど写真規制が始まったのは、冗談みたいやけど六月になってからやねん。つまりは二か月ぐらいは撮影狂想曲をやらかしとってんや。なんで、こんなに規制まで時間がかかったかやけど、教師もツーショット撮影に熱中しとったからやねん。そやから加納と小島が同じクラスになったのは、二人のツーショットを見たい教師側の陰謀と今はなっとる。ホンマ教師も軟派の校風に染まり切っとるわと思たわ。

 今はそのクラスもだいぶ落ち着いてる。写真撮影が規制されたんもあるけど、委員長が追っかけ連中を追い払ってるからや。そりゃ、あの委員長は学校で一番怖いからな。あの冷たい目で睨まれて退散しない人間はこの世におらへんやろ。校長なんてあの委員長に較べりゃ、仏様みたいなもんや。

 そうだったよな、あの怖ろしい委員長も同じクラスやったんや。氷姫まで同じクラスだったとは、なんちゅうクラス分けやねん。氷姫は冷たくて固い真の硬派やからな。でも、まさかこういう騒動が起こる事を見越して氷姫を同じクラスにしとってんやろか。それぐらいはあのふざけた教師連中ならやりかねんわ。

 あの教師連中はアイドル・グッズを普通に買って持ち歩くし、ファンクラブにさえ入ってるからな。昼礼の時に校長が加納のファンクラブ、教頭が小島のファンクラブに入ってるって言うてたぐらいや。こんな話は普通の学校の昼礼で出たら狂気の沙汰やけど、うちの学校じゃごくごく普通のことで、聞いてるオレたちも『あ、そう』ぐらいしか感じへんからな。


 こんだけ軟派な校風やけど勉強はみんな必死になってやってる。そうやって必死に勉強するから進学実績もエエんやけど、とにかく勉強しておかないとエライ目に遭うんや。あんなふざけた教師連中やのに、授業とか試験は信じられんぐらい厳しい。とくに進級判定はシビアでドライでクリア。

 成績不振者への温情措置はほぼ皆無。たまに追試が行われる事があるけど、これがサディストみたいに厳しくて、追試のクリア率は一割もないんや。そのために毎年のように留年者が発生するし、二桁を越える年も珍しくもない。

 加納と小島が入学した年なんて悲惨なもので、浮かれた校風に流されてしまった一年坊主が三十人近く留年になっていた。オレたち二年でさえ十人越えてたし、オレも冷汗をかかされた。さすがに二年はオレを含めて自己責任だが、入学早々にあの大騒動に巻き込まれた一年坊主の連中には少しどころか、かなり同情する。あの状態で勉強するには硬派の根性がいるもんな。

 とにかくこの学校は勉強以外は自由闊達を『これでもか』ぐらい尊重してくれるし、教師連中だってノリノリで参加してる。それぐらい好き勝手させてくれるんやが、勉強に関してはガチガチに『自主性』を適用されてまうんや。自主的にキチンと勉強せえへん奴は情け容赦なく留年させるおっそろしい学校やねん。教師がファンクラブ入ってるアイドルでも問答無用だからな。まるでジキルとハイドみたいな校風というてもエエ。本音をいえば勉強部分はもう少し軟派であって欲しかった。

 まあそれでも今となったら入ったことをそんなに後悔してへん。言い換えれば、勉強さえキチンとしてたら、他の学校生活はワンダーランドみたいな楽しさがあるからな。一つだけ困ってるというか大変なのは、こんな軟派な校風の中で真の硬派として生きていくことの難しさかな。

 オレは今だってガチンコの硬派だよ。少なくとも、この学校基準なら間違いなく硬派や、軟派の連中とは全然違う自信がある。ほいでもやな、前に久しぶりに中学の野球部の仲間と話した時に、


「リュウ、お前はあれだけ硬派だったのに、たった二年でこんだけ・・・」


 こう絶句されてもた。おかしいな、たしかにほんの少しだけ軟らかくなったのは否定しないが、オレの芯はガチガチの硬派で変わってないはずやねんけどな。だってさ、だってさ、話したのは加納と小島がどれだけ飛び抜けた美女で人気がある話と、硬派の根性出してかき集めた数々のグッズの自慢話だけやんか。

 たった、その程度で軟派呼ばわりされるなんて信じられへんわ。

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