大丸キャプテン
練習試合は五月の最後の日曜日に決まった。ウチはてっきり丸久工業のグランドに出向くとものと思ってたけど、そうじゃなくてうちが迎え入れての試合になるんだ。これは近所のレフト工業のグランドを特別に貸してくれることになったからなんだ。
レフト工業の社長は野球好きで、野球部専用のグランドまであるんだよ。さすがに有名選手を雇い入れてまでの強化はしてないから、そんなに強い訳じゃないけど社会人野球の予選にも参加してる。
駿介監督はそこのコーチもしていた事があって、頼み込んでくれたみたい。貸してくれるのは金土日の三日間。駿介監督の計画では金土とグランド練習して、日曜日に試合ってところ。そうそう、試合となると試合用のボールとか、審判とかも必要になるんだけど、これもレフト工業が提供してくれることになったの。資金繰りにアップアップのウチはホンマに感謝してる。
「小さいけど内野スタンドもある立派なグランドよね」
「その最終日に丸久工業とやる」
「たった二日でなんとかなるの」
「なるわけないやん。オレは魔法使いやないで」
野球部の練習風景は相変わらずグランドの隅っこで、せこせこやってるんだけど、ちょっとだけ変わったのはギャラリーが出て来たこと。まあロックバンドのフォア・シーズンズのファンが見に来ただけだけど、やはりギャラリーがいると練習にも熱が入るってところかな。
そのうちに古城君の追っかけみたいのも出て来た。たしかにね、古城君は結構可愛い顔してるから、わかるのはわかるよ。ただやってるところが狭いところなので、ギャラリーが少しでも増えると練習がやりにくくなるんだよね。
「駿介監督、ギャラリーですが・・・」
「ああ、大事にしてやれ」
「リンドウさん、よろしくお願いします」
いつのまにか側に来ていた冬月君までそういうんだ。そこまで頼まれたらなんとかするのがGMたるウチの仕事。目を付けたのは使わなくなっていた木製の椅子や机。なにせ伝統校だから、なぜか捨てられずに倉庫に残っているのがあるのを知ってたんだ。
渋る学校側と交渉して借り受け、ちょっとしたギャラリー席を作って見た。野球部のみんなにも手伝ってもらったんだけど、机と椅子を並べてロープで縛って固定してみたの。これもロープの調達をどうしようかと思ったんだけど、倉庫の隅にあったのを無断借用させてもらった。どうせそんなものがあったのも知らんやろからエエやろ。
これが案外好評で、またギャラリーが増えたんだ。増えたといってもサッカー部とは桁がちがうけど、やっぱり嬉しいよ。
そこでアイデアがひらめいたんだ。ファンクラブ連合の応援団を作ろうって。さっそく声をかけてみると、とりあえずは二十人ぐらいは協力してくれることになったんだ。協力といっても練習試合を見に来てくれるだけだけど、それでも応援はある方が選手も力が入るはず。
ホントは横断幕とか、チア・リーダー、ブラバンまで用意したいんだけど、とにかくカネがないので今回はしょうがない。そうやっているうちに駿介監督や、冬月君の言ってる意味が少しわかってきたの。
弱小野球部を盛り上げるためには、生徒の支持が必要だって。いきなりは無理としても、サッカー部にみたいに支持があれば活動がしやすくなるんだ。そこでウチは写真部に行ったんだ。試合の様子を写真に撮ってもらって、宣伝にしようってところなんや。
もう一つ魂胆があって、加納志織を引っ張り出せば、それだけでギャラリー動員が増える計算もあるんだよ。加納はちょっと、いやかなり、マジで渋ったけど、これも二時間程度で交渉成立。後はクチコミで広げといた。
応援計画というか、ギャラリー動員計画は着々と進んでいるんだけど、問題は果たして勝てるかどうかなのよね。コールド負けでも喫しようものなら、せっかく集めたギャラリーの前で恥さらすだけだし。
駿介監督の指導も熱を帯びてきてるねん。あの狭いところをアイデアで利用して可能な範囲の連携プレイの練習も様々にやってはる。ほんでもって、GMのウチは他の運動部への折衝。少しでも使える面積を広げるためやねん。
サッカー部との交渉と練習試合の話は校内にも広がってるの。とくにグランドを使う運動部は、大勢力のサッカー部に多かれ少なかれ反感があって練習試合までの条件付きやけど、
「頑張ってや」
そう言って可能な限り譲ってくれた。そうやって広がった分だけ駿介監督があれこれ新たな練習法を工夫するって感じかな。
そうそう早朝練習も始まったの。朝はサッカー部もやってないから、グランドを広く使えるのよね。でもまあ、早起きしないといけないから嫌がられないかと思ったけど、
「よっしゃ」
そんな感じで張り切って言ってくれたから、ウチちょっと涙ぐんじゃった。なんか部員が一丸になって来てる気がするのよ。とにかく丸久工業に勝って野球部の未来を切り開くんだの意気込みがビンビン伝わってくる気がするの。
「監督、これだけ頑張ってくれたらなんとか、なるかも」
「アカンやろな」
「なんでぇ、みんなあれだけやってくれてるやん」
「やる気だけはな」
レフト工業のグランドでの練習段階に入ってるんやけど、駿介監督の手腕をもってしても穴の部分は穴のままなのよね。とくに大穴はやはりセカンド。三年のキャプテンの大丸君なのよ。大丸君がキャプテンになったのは新チームが四人しかおらず、その中で新三年生が大丸君だけだったからなんよね。
この大丸君なんやけど、助っ人まで動員した去年の夏の予選でさえ補欠なんよ。申し訳ないんやけど、ちょっと素質がなさすぎるってところなんよね。ただそんな状態でも野球部を続けただけあって、野球に対する情熱はウチにも負けないもんがあるのは認めてる。
練習だって、駿介監督の厳しい練習に先頭に立ってみんなを引っ張ってるのは良くわるねん。とにかく下手なもんやから、一番ってぐらい駿介監督にシゴかれてんねんけど、
「まだまだ、次来い」
見ていると殺されるんじゃないかってぐらいやねん。あんまりなので大丸君に聞いてみたんやけど、
「野球に携わるものが、竜胆監督の指導を受けられるのは、どれだけ幸せかってことなんですよ」
駿介監督ってそんな有名人だったっけ。あれだけ練習中に駿介監督にシゴかれた上に自主練習までやってるのよね。他人のことは言えないと思うけど、あれって絵に描いたような野球バカなんだよね。もちろんそういうのは好きやけど。
でもそんだけやっても、残念ながらなかなか上手くならないのよね。内野はファーストが春川君、サードが夏海君、ショートが冬月君なんやけどが、連携プレイはどうしたってセカンドの大丸君のところでつまづいちゃうの。春川君も急造ファーストなんだけど、はるかに上手いのよね。
とにかく内野はセカンドの大丸君が機能しないからダブルプレイなんて夢のスーパープレイってところかな。それにしてもダブルプレイが取れない内野ってのも厳しすぎるよ。大丸君も責任を感じていたみたいで駿介監督に
「セカンドは扇君に代わってもらって、キャプテンも夏海君に代わってもらえませんか」
扇君は今年入部した古城君以外の一年生二人のうちの一人。駿介監督の評価では並以下なんやけど、ウチから見ても大丸君よりはマシで、たまにはダブルプレイが取れる時があるぐらいは内野が強化される気がするの。
ウチは横で聞いていて『そうしたほうがちょっとはマシ』って思ってたのよ。キャプテンだって夏海君がやった方がどう見ても適任に思えるの。大丸君は絵に描いたような善人やけど、みんなをまとめるって点でどうにも不安なの。
その点、夏海君は中学の時もキャプテンやったし、バンドでもリーダー。責任感も強くて、見るからに頼れる人って感じなのよ。だから大丸君の申し入れを駿介監督は受けると思てたんよ。ところがやねん、
「セカンドを変えるつもりは毛頭ない。キャプテンもそのまま。お前が先輩から引き継いだチームだ、最後まで責任持ってやりなさい」
そうしたらチーム全員が集まってきて
「キャプテンは大丸以外に考えられへんからな」
こう口々に励ますんだよ。ウチはちょっと感心したんだ。大丸君ってあれだけみんなに慕われてるんだって。後で駿介監督に聞いたら、
「大丸はたしかに素質はないけど、みんなを引っ張ってくれてるんや。オレの練習は甘くないけど、大丸が率先してやってくれたから、みんながついて来てるんや。大丸は絶対に外せへんのや。ああ見えて、間違いなくチームの柱なんや」
大丸君を外せない理由はなんとかわかったけど、戦力的には守備の大穴のままなんよ。これで明日の決戦に臨まないとならない訳ってところ。だから駿介監督にキャプテンは大丸君のままなのは仕方ないとして、せめてセカンドのレギュラーは変更してもエエんじゃないかと言ったんだ。そしたら駿介監督は、
「その話はもうするな。大丸のセカンドは何があっても変えん。うちのチームのキャプテンも大丸以外にありえん。カオルちゃん、これが高校野球だよ、社会人やプロとは違うんや」
明日だけでもって言いかけたけど、それ以上はウチでも言えんかった。先々の話と目先の話は別やと思わんでもないけど、誰を出場させるかはGMやなくて監督の役割やからね。でもタダでも格上の丸久工業との大事な練習試合やから不安はテンコモリ。
駿介監督に秘策はあるんやろか。そう言えば監督は冬月君と何やら話をして、そこに春川君も呼んでさらに話し込んでいましたが、いくら頭捻っても十一人しかおらへんのやから、手の打ちようなんてあらへんと思うけど。大丸君のカバーシフトでも考えてたのかなぁ。
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