ロック研の交渉
ユウジが放課後に屯しているのはロック研。あいつのアジトみたいなところや。
「ユウジ」
「断る」
「まだ何も言ってないやん」
「カネ無し依頼は断る」
「だから」
「聞きたくない」
ユウジに頼みたいのはタダでの助っ人。日参してるんだけど、毎日こんな感じ。でも今日はこれじゃ退き下がれないんだ。
「何を断るっていうのよ」
「カオルのカネ無し依頼や」
「どうしても」
「お前に関わってロクなことは一度もあらへんかった」
「そんな言い方せんでも、感謝してるんやで」
「感謝はいらん、カネ払え」
野球部に一番ないものがカネ。ロマンなんて言うても無駄やけど、
「ウチの夢のために協力してえな」
「夢はカネで買え」
「ウチの頼みでもアカンの」
「カネ払えるなら聞くだけ聞いたる。カネ見せろ」
もう二週間ぐらい、こんな感じの押し問答。ユウジの姿勢はまったく変わらないのよ。今週末にも丸久工業との野球部に取っては運命の練習試合があるって言うのに、突破口さえ見つけられそうにないの。
ユウジがボランティアでやってくれそうなスイッチはあれこれ探ってみたけど、全部アウト。ユウジが要求するのはひたすらカネのみ。一歩たりとも譲ってくれそうにないんだよ。ウチには見せ金さえあらへんねんよ。
ここまで来たらアレを使うしかないか。さすがのウチでも、これが野球部のためであってもさすがに躊躇われるのよね。それこそ口に出すのも恥しいけど、もう他にユウジを説得できる材料が思い浮かばへん。それに、もう時間もあらへん。ウチが出せるすべてやぞユウジ、心して受け取れ、
「ユウジ、カネはない」
「じゃあ、帰れ」
「カネ以外で支払うんやったらどうや」
「なんで、払うつもりや」
「ウチやったらどうや」
「どういう意味や」
「そのままや」
「カオルの体か」
「そうや、ウチの体や」
「お前、バージンか?」
「もちろんそうや、キスだってファースト・キッスやぞ」
ユウジは、それこそ腹を抱えて大笑いというか、ありゃ嘲笑いやな、
「お前の体じゃ支払いにはならんわ」
「ウチの体に価値ない言うんか」
「あらへん、あらへん、誰が売れ残りにカネ払うか」
ユウジの野郎、そこまで言うか。そこから笑いまくった後に
「カオルもいちおう女やから、体を差し出すってのは覚悟がいったやろ。そこだけは褒めたろ。それに免じて試合だけは見に行ったるわ。場所と日時が決まったら連絡寄越せ」
「わかった。来てくれるだけでも嬉しい」
「お前と関わるとロクなことにならんから、ホンマは行きたないんやけどな」
アカンかった、ユウジのスイッチは見つからんかった。ウチが払える最高のもん出したつもりやったが、やっぱり蹴られた。せめて加納か、小島ぐらいだったら価値は変わったかもしれんが、ウチじゃ、やっぱりアカンか。
そりゃ、加納や、小島より落ちると思うけど、そこまでブスやないと思てるんやけどなぁ。まあ、ラブレターもろたり、交際申し込まれたこともあらへんから、評価はそんなもんかもしれんけど寂しいもんやな。
やっぱウチも女やからな。あのユウジであっても、あそこまで言われると傷つくわ。ウチはユウジの唯一の女友達やないか。ちょっとぐらい物の言いようもあるやんか。選りによって『価値ない』とか『売れ残り』ってなんやねん。
ユウジが『お前、バージンか?』って聞いた時には脈あると思たんやけど、よう考えたらウチがバージン以外にあり得へんことを一番よく知ってるんはユウジやないか。ウチだって悔しいけど、彼氏らしきものさえいたことさえ一回もないからな。ユウジの野郎、ウチにあんな恥しいこと、わざと口に出させやがったんだ、コンチクショウ。
もうユウジはあきらめんとしょうがないか。ウチの交渉術でもこれ以上はどうしようもあらへん。もう出せるもんがあらへん。もっと美人に生まれたてたら、結果は変わったかもしれへんけど、持って生まれたものは変えようがあらへんし。
駿介監督にユウジとの交渉が成立しなかったことを話していると、そこに冬月君が顔を出してきて、
「リンドウさん、水橋君の選手登録はしておいて下さい」
「あかんて、どう頑張ってもカネ無しじゃアカンの一点張りやった」
「それでも見に来るんでしょう」
「見に来るだけよ」
「来てたら、出る可能性はゼロじゃないですから宜しくお願いします」
それだけいって冬月君は行っちゃった。駿介監督も選手登録だけならカネを請求されないだろうって言ったのでやっといた。カネがなけりゃ意味ないと思うんだけど、冬月君も駿介監督もなにを考えてるんやろか。
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