学校一の美少女がドスケベ淫乱ビッチなんだが?

猫柳蝉丸

本編

 俺には気になっているクラスメイトが居る。

 同じクラスで俺の隣の席の女生徒。中学時代からの同級生だ。

 絹の様な髪に長い睫毛。整った顔立ちと抜群のスタイルがクラスメイト全員の注目を集める。それだと女子達に疎まれそうなものだが、ここまで美少女だと逆に対抗意識すら湧いて来ないらしい。彼女の人当たりの良い性格もあって誰からも好かれていて、思春期の男子が恋するには理想的と言っていい女生徒だろう。

 彼女の名は根元可憐。名前まで可愛らしい。

 まさしく美少女として産まれるべくして産まれた女の子と言っても過言では無い。

 しかし、彼女にはある噂……、いいや、厳然たる事実である問題点があった。

「今日は誰が私とこれからセックスしてくれるの?」

 放課後の教室、何でもない事みたいに根元可憐が挑発的な表情をクラスメイトに向ける。

 実際に呼吸と同じくらいに何でもない事なのだ、彼女にとってのセックスなんて。

 そう、クラス一、いや、クラスどころか学校一の美少女である根元可憐はドスケベで淫乱でビッチなのだ。それは誰もが知っている。クラスの全員が知っている。学校の生徒どころか教員達だって知っている。

 それでも、学校一の美少女である根元可憐の誘惑に乗ろうとする男は現れなかった。

 分かっているのだ、根元可憐との蜜月の時間はそれほどの危機を秘めているのだと。恐らくは学校の教員を含めた半分くらいの男は根元可憐と肉体関係を持っているだろう。関係を持っているからこそ、身に沁みて命の危機を感じているのだ。

 俺はまだ根元可憐とそんな関係になってはいない。

 俺は童貞だ。他に誰か相手が出来る予定も無いし、根元可憐の肉体に魅力を感じないと言ったら嘘になる。命の危機を感じるほどのセックスを行うと噂の、根元可憐と関係を持ってみたい怖いもの見たさもある。

 それ以上に、確かめたい事もある。確かめたい事がずっとある。

「誰も相手してくれないの?」

 根元可憐が少し残念そうに呟く。心底残念そうではないのは、街に出れば幾らでも相手の男を見つけ出せるからだろう。彼女がそうしないのは手近な男で手を打った方がいち早く空き教室でセックス出来るからというだけに過ぎない。

 俺は過去数度、彼女と会話した事を思い出してしまっていた。

 だからかもしれない、今日に限ってわざわざ挙手までして名乗り出てしまったのは。

「それじゃあ根元さん、今日の相手は俺なんて……どうかな」と。



     ☆



 空き教室に入った瞬間、根元可憐は驚くくらいの手際で制服を脱ぎ始めた。

 教室の内鍵すら閉めようとしない。見られようが見られまいが構わないって事だ。

 初めて目にする靴下だけ残した根元さんの裸体は見事なものだった。形のいい乳房と乳首、乳房の大きさは恐らくクラスの女子の誰よりも大きい。陳腐な言い方になってしまうが引き締まった下半身もカモシカみたいで目を奪われてしまう。

「鈴木君とするのは初めてだったよね?」

 全く躊躇いも無く根元可憐が俺の頬に唇を寄せて来る。

「あ、ああ……、そうだよ。今日が初めてだよ」

「そっかー、じゃあ訊くけど鈴木君って童貞だよね?」

 どう返していいか分からない。俺は咄嗟に視線を逸らしてしまう。

 根元可憐はその逸らした俺の視線の先に自分の顔を移動させ、楽しそうに微笑んだ。

「童貞でも大丈夫だよ、鈴木君。誰にだって初めてはあるんだから。童貞ならしっかり思い出に残るような経験にしてあげなくっちゃね」

 裸体の根元可憐が微笑む。

 俺の下半身が反応しないと言ったら嘘になる。今すぐにでも押し倒してしまいたい。けれど根元可憐の微笑みが、楽しそうな彼女の微笑みが俺の記憶を刺激するから、最後の理性でどうにか彼女を押し倒さずに済んだ。

 俺のファーストキスを奪おうとする根元可憐の両肩を掴んでから、小さく息を吐く。

「なあ、根元さん……」

「どうしたの鈴木君? ひょっとして、セックスは出来るけどキスは本命以外とはしたくない人? それならそれで色々やり方があるけど……」

「いや、そうじゃなくて……」

「そうじゃなくて?」

 無邪気に首を傾げる根元可憐の表情が俺の胸を引き裂く様な感覚に陥らせた。

 分かってんのかよ、俺達セックスしようとしてるんだぞ……!

 そう叫びそうになって、血を吐く思いで抑えて、伝えたかった事をどうにか言葉にする。

「中学の二年生の時にさ……、文化祭の実行委員を一緒にやったの覚えてるか?」

「それがどうかしたの?」

「覚えてるか、聞かせてほしいんだ」

「うん、覚えてるよ? 大変だったけど楽しかったよね。鈴木君の手先があんなに器用だとは思わなかったな。こんな事言ったら失礼だけどね、鈴木君って結構目立たないタイプだったから意外だったよ。懐かしいなあ……。でも、それがどうかしたの?」

 どうもしない。どうもしない事だ。どうにもならない話だ。

 俺はあの中学二年の頃から根元可憐の事が、根元さんの事が気になっていた。

 淡い恋心を抱いていたと言ってもいい。ただ告白する気は起きなかった。当たり前だ。俺は根元さんの言う通り目立たないタイプの男子で、根元さんは中学時代から学校一の美少女だった。今と違うのはドスケベでも淫乱でもビッチでもなかったって事だ。そんな相手に告白出来るわけないじゃないか。そんな俺が、言えば彼女とセックス出来る状況になってしまうなんて考えないじゃないか。

 俺は恋がしたかった。悲恋でもいい。恋がしたかった。

 それくらい中学二年の頃の思い出は美しかった。失恋でも構わないって思えるくらいに。ただ単に文化祭の実行委員で一緒になっただけだけど、俺の中では輝かしい青春の思い出だったのだ。俺は、確かに、根元さんに恋をしていたのだ。

 けれども、その恋は失恋以上に酷い形で終わりを告げてしまっていた。

 分かり切った事だ。

 俺は根元可憐とセックスは出来る。それでも根元さんと恋は出来ない。

 どうやっても。どうあろうとも。何をどうしようとも。

 それならいっそ破れかぶれで思いの丈を彼女とのセックスにぶつけてみせる?

 いいや、出来ない。そんな事なんて出来ない。

 俺はよくも考えず根元可憐に誘惑されて搾り取られたクラスメイト達の姿を見てきた。足腰が立たない程に搾り取られてやつれた姿よりも、恐らくは根元可憐に恋をしてセックスしたクラスメイトの姿の方が俺の胸に突き刺さった。あいつらは根元可憐に想いを届けたかったのだろう。セックスをすれば少しでも気に掛けてもらえると思ったのだろう。それで搾り取られる事を覚悟して全身でぶつかったのだろう。勿論、そんな想いを遂げられるはずもなくて……。

「ねえねえ、そんな事より早くセックスしようよ? あたし、我慢出来ないよ」

 根元さん……、根元可憐は躊躇いもなく俺の下半身に手を伸ばした。

 そうだよな……。彼女にとって俺の思い出なんてどうでもいい事なんだよな……。見ているのは俺じゃなくて、俺が与えられるちょっとした快感だけで、目の前のセックスだけが最優先事項なんだよな……。そう、まるで呼吸と同じくらいに。

 どうしてこんな事になってしまったんだろう……。

 気が付けば俺は根元可憐を突き飛ばして、教室から飛び出してしまっていた。

 自分の瞳から涙が溢れ出している事は分かっていた。

 視界がぼやける。

 それでも足を止める事は出来なかった。



     ☆



 空き教室から飛び出てすぐ、俺は腕を強く掴まれてしまっていた。

 勿論、掴んだのは根元可憐じゃない。それでも、その顔を見た覚えはあった。

 根元可憐が学園一の美少女であるなら彼は学園一の美男子と言えるだろう。

 そう、根元可憐のお兄さんだった。

 確か名前は根元秀和……。

 そう思い至った直後には彼に腕を引かれてしまっていた。

「ちょっと来てくれるかな?」

 断る理由は……あったかもしれない。それでも俺は頷いてしまっていた。

 彼の眼鏡の奥の眼光に射竦められてしまったからかもしれない。

 とにかく俺は彼に腕を引かれて学校の屋上まで連れられていた。

 放課後の屋上には夕陽だけが照っていて、他の生徒の姿は見えなかった。

 お兄さんと俺の二人、ただ紅く染まる。

「ひどい事をするな、君は」

「見ていたんですか?」

「君もそれは暗黙の内に了承していたはずだ」

 俺は頷いた。噂くらいには聞いていた。根元可憐の誘惑に乗る時、必ずそれを監視している視線があると。それが根元可憐のお兄さんだろうと俺は推測してはいたけれど、どうやらその推測は当たっていたらしい。

「可憐とセックスしないのか?」

 日常会話の延長みたいにお兄さんは呟いた。

「出来ませんよ……、出来るわけないじゃないですか……」

「そう言えば君は可憐と同じ中学出身だったか。何か思うところがあるのかな」

「知っているんですか、俺の事なんかを?」

「可憐のクラスメイトの事くらいはね。あいつのクラスメイトもある意味被害者なんだ。何か不測の事態が起こらないようその程度の情報くらいは集めているんだよ」

「そうですか……」

「ああ」

「あの……、一つ訊いていいですか?」

「構わない」

「妹さん……、何なんですか、あれは?」

「君は何だと思う?」

「噂では聞いています。セックス依存症……だって。でも、あれはそんな……」

「そうだ、そんな生易しいものじゃない。とは言え、僕達家族にも詳しく分かっているわけじゃない。医者が言うには女性ホルモンの異常分泌の様なものらしい。発症したのは君も知っての通り十五歳の頃だ。その頃を境に可憐は一日でもセックスを欠かせない身体になった。人間の三大欲求ってあるだろう? その中で性欲だけはある程度満たさなくてもどうにかなるものだが、可憐の場合は性欲が食欲と睡眠欲と同等のレベルまで引き上げられてしまった」

「そんな事が、起こるんですか?」

「起こってしまったのだから認めるしかないだろう。ホルモン異常の影響で妊娠する確率がほぼ皆無になったのが救いなのかそうではないのか、それは僕にも可憐にも分からない事だがね」

 お兄さんは軽く苦笑した。その表情には軽い諦念がある様に見えた。

「君はもう可憐とセックスするつもりは無いのかい?」

「妹さんにそんな欲望を持った事が無いと言ったら嘘になります。けれど、それはあくまで想いが通じ合ってからそうしたいのであって、妹さんが俺の事を全く見てもいない興味も無い状態でなんて……、耐えられそうもありません、俺……」

「ありがとう」

「えっ……?」

「あんな妹だが、本気で好きになってくれる男が居たんだな。可憐がそれに気付く事はもう決して無いだろう。だから、僕からお礼を言わせてほしい」

「治らない……んですか?」

「恐らくはね。例えるなら人間から食欲と睡眠欲を完全に取り除くようなものだ。脳そのものを手術してしまうくらいしか方法が無いだろう。それは僕達家族が望むものじゃない。だから満たし続けてやるしかないんだ、可憐の性欲を」

「それじゃ……」

「君が出来ないのなら今日は後で自宅に戻って、僕が可憐の性欲を満たしてやるしかない。久し振りだが君の可憐への恋心に免じて頑張らせてもらうよ」

「お兄さんは……、それでいいんですか?」

「そうするしかないからそうするだけだよ。あれでも僕の妹だし、可憐自身が悪いわけでもない。誰が悪いわけでもないんだ。だから、君も気を病むな。難しいかもしれないが、新しい恋を見つけて可憐の事は忘れてほしい」

 敵わないと思った。

 お兄さんはどんな方法を取っても、兄妹で交わってでも妹を支えようとしている。

 ドスケベで、淫乱で、ビッチと呼ばれる家族を全力で守ろうとしている。

 俺の覚悟の無い恋心なんかでは足下にも及ばない強い意志で。

 何とはなしに俺は夕陽に視線を向けた。

 夕陽は眩しくて目に痛くて涙が溢れ出して来て……、それでも俺は夕陽から目を逸らさなかった。このまま涙を流し続けよう。何もかも流れ出すまで。想いも、覚悟の無さも、情けなさも、恋心も、中学の頃の根元さんとの思い出も。

 俺の隣の席には学校一の美少女で、ドスケベで、淫乱で、ビッチの女の子が居る。

 けれど、俺は彼女とセックスする事も、想いを伝える事も出来ない。

 出来ないのだ。

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