第52話*

 ほぼ定刻にヒースロー空港に到着した飛行機から降りたあなたは、背伸びをしながら入国審査に向かう。一般的にヒースローは入国審査が厳しいことで知られているが、さすがは日本国のパスポートの力は強かった。短期間であればビザも不要であることも楽である。


 働きアリと揶揄される社畜ぶりと強力なパスポートのお陰で、比較的容易に出入りできる国が多いこともあり、この特殊任務につく者にはあなたと同様に日本国籍者が多数となっている。先達が築いてきた信頼を傷つけないようにしようとあなたは心に誓った。


 まだ朝早い時間のヒースローからコーチで市内に向かう。所要時間を考えれば直通特急が一番速い。ただ、当面渡された資金で任務を遂行しなければならず、あまり贅沢はできなかった。正式なエージェント、それもベテランになれば、飛行機もビジネスクラスになるし、経費も潤沢になるが、あなたはまだ駆け出しだ。こういう世界も結構世知辛いのである。


 まだ、時間があったので駅近くのパブで朝食を取る。機内では食事を断ってひたすら寝ていたので腹は空いていた。片面焼きの卵2個とベーコン、豆とトースト、コーヒーを平らげる。ハンターは験を担いで片面焼きを好む者が多い。sunny-side-upなんて正に吸血鬼と対峙する者に相応しい。


 ゆっくりと時間をかけて朝食を取ったあなたはロンドン支店に向かう。ロンドン支店の受付で名前を告げると応接室に案内される。一度下がってミネラルウォーターの小瓶を運んできた受付嬢が世間話をする。

「フライトは快適でした?」


「通路側の席なのは良かったのですが、窓際の席の奴がせわしない奴で何度か眠りを邪魔されましたよ。それに機内食が望み通りじゃないと文句たらたらでした」

「あら。何が不満と?」

「牛肉と魚が選べたんですが、直前で牛肉が切れてしまいまして」


 受付嬢はにっこりと笑う。

「お前には鶏肉がお似合いだ。この意気地なし野郎。とでも言ってやれば良かったんですわ」

 そのセリフにあなたは居住まいを正す。


 目の前の受付嬢こそが、組織のロンドン支部長なのだ。

「そんなに畏まらなくてもいいわ。長旅で疲れているのは事実でしょうし。夕方まではこちらの部屋で休んでください。その後、装備を支給しますので現地に向かって頂きます」


 ⇒第18話に進むhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054890935249/episodes/1177354054890935696

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