第18話 電撃的、というこの少女のためにある形容

 「ふふーん、ふーん、ふっふー」

 

 一歩前を文字通り鼻歌交じりに歩くライコウの後頭部を見ながら、俺たちは街の外を見回っていた。

 

 名目上は魔人の出現を受けての異変調査、街から遠くない範囲を見て回って、明らかな異変が起こっていないかを確認する、ということになっている。

 

 だが実際はこのライコウの調査で、記憶喪失だというこの少女に問題がないか、もっといえばハンターギルドの結束を崩すくさびになり得るような、どこかのスパイである可能性はないか、ということを調べるのが目的だった。

 

 「明らかな異変、というのも無いですけど魔獣も見当たりませんね」

 

 名目とはいえ調査することは大事、と真面目に周囲を警戒していたシレーネちゃんが言うと、ふらふら歩いていたライコウは左前方、街から少し遠ざかる方向にある大岩を指さした。

 

 「そうでもないよー、あそこにいるね。どうする? あくまで仕事内容は調査だけど」

 

 なんでもないように言うライコウに、俺もシレーネちゃんも思わず目を合わせてしまう。

 

 「ミカさま、わかりますか?」

 「いや、さすがに遠いって。気配どころか視認するのも難しいな、マジで」

 

 俺からは大きな岩がいくつかある、という事ぐらいしか分からない。けどライコウは顔だけ振り向くと片頬を吊り上げて自慢げで自信に溢れた表情を見せる。

 

 「にひ、ボクの天技は雷なんだ。攻撃はもちろんだけど離れていても、こう……、ぴりっと感じるんだよね」

 

 なんかよく分からんけど、レーダーみたいなものを使えるという事なんだろうか?

 

 「まるで天術のような応用力です。ライコウさんはとても器用に力を扱えるのですね」

 「へへっ。まあ破壊力はあんまりだせないけどねっ!」

 

 天技や天術の知識に疎い俺は普通に受け入れていたけど、シレーネちゃんの反応を見ると結構すごいことみたいだ。

 

 「それで、どうするの?」

 「ああ、そうだな……」

 

 ライコウから改めて確認されて、考え込む。しかしライコウはそんな俺の反応を待たずに、弾かれたように視線を大岩の方へと戻した。

 

 「あ……、向こうも気づいちゃったみたい。来るよ」

 

 ライコウがそう言うのを待っていたかのように、岩の後ろから赤茶色の塊が一つ現れて、こちらへと突進を始める。

 

 「レイジボア!」

 

 姿を確認してライコウが声をあげる。イノシシ型の魔獣で、恐ろしい突進力だけど、小回りが利かず突進以外は鈍重だから単体ならさほどの脅威でもない、と聞いている。

 

 「ライコウさん、他は?」

 「いないっ! あいつだけ!」

 

 同じことを思い浮かべていたらしいシレーネちゃんが確認すると、ライコウから明快な返答が返ってくる。あのレイジボアにも気付いていたし、これは信じられそうだ。

 

 どどどっ

 

 そしてかなりの距離があったのに、もう大きなイノシシの姿がはっきりと確認できる程の所まで迫ってきていた。

 

 「――っ! 私が怯ませます」

 「大丈夫、ボクが止めるよ」

 ばぢっ

 

 シレーネちゃんが天術の準備に入ったと同時に、ライコウが言葉と共に振り上げた両手の先が、乾いた音をたてる。

 

 「え?」

 「いっけぇぇぇ!」

 ずがんっ!

 

 シレーネちゃんの驚きをよそにライコウは気合いの声を発し、それを合図にその両手と駆け寄るレイジボアの足元の間に空中放電が音をたてて発生する。

 

 ブヒィッ

 

 驚きの悲鳴を上げたレイジボアは地面を踏みしめて急停止し、それでも少しは当たっていたらしく、倒れはしないものの明らかにたたらを踏む。

 

 「今だよっ!」

 「お、おう!」

 

 驚いていたところに声をかけられて、俺も慌てて両手両足を黒鋼化させる。

 

 「せいっ!」

 ごっ

 

 勢いを止められたレイジボアに当たり負けなどするはずないと、俺は正面から踏み込んでその額の中央へと右拳を叩き込んだ。

 

 ばんっばんっ!

 ブファアゥ

 

 額から黒い靄、魔力の残滓を垂れ流すレイジボアの両脇の空間が弾けてさらにダメージを与える。シレーネちゃんの天術による追撃だ。

 

 いいタイミングの援護をもらったおかげで防御に転じる必要がなかった俺は、さっき打ち込んだ右腕を引いて、両脚で地面をしっかりと踏みしめる。

 

 「と、どめぇっ!」

 

 そしてよろけて下がったことで腰くらいの高さにあったレイジボアの頭頂部目掛けて、思い切り右拳を振り下ろす。

 

 ごぅっ! ずっぅぅん

 

 風切り音というには重く低い音がして、レイジボアが地面へと沈む振動音が続く。

 

 俺が振り抜いた右腕を戻し、勢い余って浮いていた右足を下ろすと、それに合わせるかのようにレイジボアも霞んで消える。

 

 「ふぅ、倒せたな」

 「はい、ミカさま。お見事でした」

 

 シレーネちゃんと言葉を交わしてから、レイジボアの突進を止めた殊勲賞のライコウを褒めようと顔を向けると、さらに追撃を用意していたのか、もう消えたレイジボアの側面に当たる位置で両手を振り上げたまま目を見開いていた。

 

 「な、へ、えぇっ!」

 

 そして手を下ろすと、こちらへと駆け寄りながら奇声を上げる。

 

 「み、み、み、ミカさん! 何今の!?」

 「何って……、殴り倒したんだけど」

 

 両手をわきわきと動かしながら聞いてくるライコウに、ありのままを説明する。

 

 「いや、だって、レイジボアだよ? やたらとタフで面倒くさい、レイジボアだよ!?」

 

 なんかキャッチコピー付きの宣伝みたいになってるな。

 

 「これこそ、ミカさまのお力なのです!」

 

 そしてここぞとばかりにシレーネちゃんが胸を張る。嬉しそうですね……。

 

 「そうは言うけど、ライコウもすごかったじゃないか。大体最初に気付いたのも助かったし、あの突進も止めてくれたし」

 「え、そう? いやあ、それほどでも……、あるのかなぁ」

 

 なんか顔を赤らめて照れている。

 

 実際大した能力だったし、天技抜きでの身のこなしもかなり素早く、隙が無い。確かに決定力にはやや欠けるのかもしれないけど、かなり強い方なのではないだろうか。

 

 とはいえ、少し褒めただけでまだ照れているこの単純な少女は、裏表なく信頼できるという感覚が、俺の中では強まっていた。

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