第15話 内密な話、という少し後ろめたい話

 数日後、俺とシレーネちゃんはケルマの屋敷へと訪れていた。

 

 ケルマは元ハンターで、若くして引退した後はハンター向けの装備品を扱う商店を始めて成功し、ハンター時代の貢献と商店主としての地位を評価されて代表会議入りしたらしい。

 

 「立派な屋敷ですね、ミカさま」

 「そうだなぁ、なんていうか隙が無い感じというか」

 

 屋敷に入って執事の人に案内されながら、そんな風に感想を言い合う。

 

 大きさとしてはちょっとしたアパートくらいあるから個人の邸宅と考えると十分に大きい。とはいえ驚くほどの大きさではなかったけど、驚きを感じたのはその内容だった。

 

 まあ邸宅の内容というのも変な言い回しではあるけど、見かける使用人の様な人や置かれた調度品、床や壁、ガラスのはまった窓に至るまで、違和感や不快感を受ける部分が全くない。

 

 徹底的にちゃんとしている、そんな印象を抱かせるこの邸宅は、今から二度目に会うケルマの人となりを感じさせるものだった。

 

 「こちらです」

 

 執事の中年男性、この人もとりたてて特徴はないけど隙もない、がそう言って示したのは扉の開いた部屋だった。

 

 「呼びつけて悪かったね。けどギルドの方じゃ話しにくい内容もあるんだよ」

 

 そう言いながら、ケルマが扉の外へと目配せをすると、ここまで案内してくれた執事が音もたてずに一礼してから扉を閉める。

 

 部屋の奥には執務机と、その手前に応接スペースがあって、その応接スペースへとケルマ自ら紅茶の様な飲み物を用意しながら身振りで着席を促してくれる。

 

 「どうも、……あ、うま」

 「ありがとうございます」

 

 俺とシレーネちゃんは扉側のソファへと座って、それぞれ用意された紅茶へと口を付ける。味は完全に俺の知っている紅茶で、しかもすごく香りが良くておいしい。思わず感想がそのまま漏れてしまったほどだ。

 

 「ふふ、どうも。さて、まずは先日の魔人の件について改めて……ありがとう、街を代表する一人としてお礼を言うよ」

 「ああ、うん、どういたしまして。ハンターギルドを通して追加の報酬ももらったし、役に立てたのなら良かったよ」

 

 ケルマが微笑を浮かべて頭を下げる動作には心がこもっていて、逆にそれだけ街にとって危険の大きな事態だったことを改めて実感する。

 

 「話しづらい内容というのは、その魔人のことでしょうか?」

 

 話題に出た先日の件を、シレーネちゃんが尋ねると、ケルマは眉間に少しのしわを寄せて面白くなさそうな感情をみせる。

 

 「それについては今日の用事じゃあないよ。というのも結局のところ何も分からないからね。魔人という呼び名にしたってアタシらが勝手に決めて呼んでるだけだし、何しろ何もかもが前代未聞だ」

 「まあ、そうですね。実際に遭遇した私たちもあれが何だったのか分からないので……」

 

 あのアクイがどういう存在かという事に関しては、結局のところあいつが言っていたことを信用するかどうかという事に尽きると思う。

 

 けれど、ああいった存在が今後も出現するのか、するとしてもどこにどのくらいの頻度で、などなど分からないことが多すぎて対処に困っている、というのがハンターギルドで見聞きした現場の状況で、それは街の権力者側でも同じだったようだ。

 

 「えっと……、だとすると話っていうのは?」

 

 この件についてはこれ以上何も聞けないだろうし、話を変えようと改めて聞くと、ケルマの方も少し声を小さくして真剣な表情で切り出した。

 

 「ああ、頼みたいのは内偵調査ってやつでね。不穏な噂のあるハンターを探ってもらいたい。これ自体は以前から懸念していた問題なんだけどね、魔人のことでこれから一枚岩になって頑張っていきたいところだし、躓きそうな石は排除しておきたいんだよ」

 「不穏な噂のあるハンター……、ですか。率直にいってこのお話自体も十分に不穏ですが?」

 

 シレーネちゃんが険悪という程ではないものの、やや棘のある言い方で問い返す。

 

 「言い方が悪かったのは謝るけどね、別に秘密裏に葬ってくれとかそんな物騒な話じゃないよ。こっちの指定するハンターと一緒に仕事を受けて、もし問題があるようならキニゴスさんかアタシに報告してくれればそれでいい。告げ口前提で関わってくれっていうんだから楽しい仕事じゃないのは確かだけど」

 

 そういうことなら確かにケルマの言う通り、それ程物騒な話でもない。さっきは美人だけど迫力がある相貌のケルマが“排除”なんていうから俺もシレーネちゃんも面食らったけれど、要は風紀委員みたいなことを頼みたかったようだ。

 

 まあ、発覚した内容によってはその後物騒な展開にはなるのだろうけども。

 

 「だからといって、そのくらいのことならミカさまに頼まなくてもいいではないですか?」

 

 シレーネちゃんがトーンダウンして若干態度を柔らかくしつつも食い下がる。これは神職の従者としての演技、というわけではなく素で言っているのだろうな。

 

 なにしろ今でもシレーネちゃんの中では俺は星神の生まれ変わり、もしくは姿を変えただけの存在となっているようで、他人から俺が軽んじられるような扱いを受けると真っ先に不快そうにする。

 

 俺としては色々と強大な力を扱えるのは事実だし、今更全くこの世界の星神と無関係だというつもりこそないものの、だからといって俺が神だと言われてもそれはさすがに受け入れがたい。何しろ何の実感もないし。

 

 「あなたたち二人は新人で、しかも実力は飛び抜けて高いからね。今のこのやり取りだけでも余計に頼みたくなってるよ」

 

 つまり既存のハンターの誰とも深い関係性が無くて、かつ戦闘能力も交渉能力もある、という俺たちは懸念事項だったこの内偵調査に適任だったようだ。

 

 言っていることが納得できて、しかも実力を評価されているからか、シレーネちゃんも複雑な表情をして黙っている。

 

 「んー、とはいえ俺たちも旅の途中だからあまり複雑な仕事は受けづらいんだけど……」

 

 シレーネちゃんは黙ってしまったけれど、俺としてはそういう訳で受けづらいと考えていた。なんか時間がかかりそうな話だしなぁ。

 

 「いいや、頼みたいのは二人だし、期間を区切ってそれで何もなければ白と判断するつもりだから、精々二週間程度の話だよ」

 

 この世界アロスでは風、火、水、土、星、の五日で一週間、これが六週で一か月、そして十二か月で一年となっているらしい。つまり十日を目安とした仕事か……。

 

 「さっきも言ったけどこれはベテランには逆に頼みにくい、かといって実力の十分じゃあない新人に頼むと最悪の事態もあり得てしまうんだよ。なんとか頼めないかい?」

 

 ……。シレーネちゃんが「あ、これ受ける流れですよね?」みたいな顔でこっちを向いた。

 

 「わかったよ、そういう調査の専門家とかじゃないから本当に確認してみるだけにはなるけど」

 「そうかい、ありがとう。受けてくれて助かるよ」

 

 ケルマがいかにも肩の荷が降りた、という風に明るい声で反応する。

 

 こういう交渉がある話し合いは、今後はシレーネちゃんだけで行ってもらった方がいいのかもしれないな……。

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