第14話 権力者、という心の準備も無く会いたくはない人

 「――っくぅ、いてぇ。やられたもんだなぁ」

 

 スフィリが思わず、といった風に呻いてから、改めて悔恨を言葉に出す。

 

 「やられた」というのはおそらく自身の負った傷ではなく、失った仲間のことなんだと、その表情から読み取れた。

 

 今いるのはハンターギルド内にある一室で、街の治療院から連れてこられた治療師たちによって俺たちは手当てを受けていた。

 

 ちなみに治療師というのは回復の天技を使える人のことで、天技が使えない代わりに純粋に技術と知識で治療をする人は医師と呼ぶらしい。そして治療師や医師が在籍する治療院がこの街だけでもいくつかあるということだった。

 

 「ありがとう」

 「い、いえ」

 

 俺の手当てをしてくれていた医師の女の子にお礼を言うと、目を伏せて大げさに首を振って照れられてしまう。

 

 俺はほぼ無傷だったから手当てといっても異常がないかを確認していただけだ。だから謙遜して……、という訳ではない、らしい。

 

 というのもスフィリやアーセルが協力しても手も足も出なかった化け物を、俺が実質単独で倒してしまった、という話がすでにハンターギルド内では広まりきっている。その話を既に聞いているこの治療師や医師たちも、新たな英雄という憧憬の目でこちらを見ているのだった。

 

 「あのアクイとか名乗ったイノシシ男、ああいうのって……?」

 

 気まずさから逃れるため、という訳ではないけど重い後悔もくすぐったい憧憬もこの場では建設的じゃないだろう、という意思を込めて話を振る。

 

 「見たことも聞いたこともありません、まして人の姿へ変身するなど」

 「だねぇ。人の言葉を話すのも、天技で武器を出すのも……、どっちも前代未聞だよ」

 

 マエリとアーセルが俺の言葉を受けて、改めて経験した事態の異常性を確認してくれる。

 

 「変身前のイノシシ男状態でも、俺のチームはしばらくも持たなかった。お前らが来てくれたから何とかやり返せたが……。変身後は正直今でもどれ程の強さだったか把握できていないな」

 「俺も正直あの時は無我夢中で殴っただけだったからなぁ……、魔獣との戦闘経験もそんなにないからどれくらいの強さだ、っていうのは言えないかな」

 

 俺たちが到着した時には既にアクイと戦っていたのはスフィリ一人だったけど、この言い方だと結構長い時間スフィリは一人で踏ん張っていたのか。

 

 粘り強い戦闘技術もだけど、ケガをして離脱した二人を逃がそうという意思の強靭さがすごいな。

 

 そういえばその二人、ニッカとカノーニはここに人を送ってくれたのとはまた別の治療院で手当てを受けている。重傷だったニッカは動けるようになるまで時間がかかりそうではあるけど、二人とも命に別状はないそうだ。

 

 「あのアクイの言っていた悪神の加護を受けているというのは……、いえ、状況的に本当だろうというのは分かって、いるのですが。そもそも本質が淀んで固まった魔力である魔獣は獣のように見えても生物ではないはずなのに、意思を持った人のようになるなんて……、魔人……、とでも言えばいいのでしょうか」

 

 シレーネちゃんが絞り出すように発した呟きに、この場に居る全員が同意を示すように表情をしかめた。

 

 この世界、そして魔獣というものの常識に疎い俺は大変なことが起こっている、という程度の認識であくまでアクイの戦闘能力に対しての危機感を感じているに過ぎない。

 

 けれど他の皆からすると魔獣が人の姿、シレーネちゃんの言葉を借りると魔人になって天技まで使ったというのは脅威というより純粋な恐怖なんだろう。

 

 そのとき、部屋の扉が小さく音をたてて開き、整えられた口髭の老紳士と赤い長髪で長身の中年女性が入ってきた。

 

 「あ、ケルマさん!」

 「よお、アーセル。大変だったみたいだねぇ」

 

 アーセルがケルマと呼んだ赤髪の女性は、わずかにしわの見て取れる目元や口元から中年だと判断したものの、そのキビキビとした振る舞いや鋭い目線は二十代の若者のようでもあって、ともすれば見た目年齢十代後半のシレーネちゃんと同年代にすら思えてくるほどだ。

 

 「すまん、キニゴスさん。詳しい報告は明日でいいか? 俺としてもまだ……、整理がついてなくてな」

 「ああ、さっきも言うたがそれでかまわんよ。ケルマ殿がどうしても若き英雄君を直接に見たいとおっしゃるのでな、わしは案内してきただけじゃよ」

 

 すげぇ、じゃ語尾の老紳士だ……。

 

 いや、じゃなくて。スフィリはキニゴスと呼んでいたけど、その名前は聞いたことあるな。たしかアポタミアハンターギルドの所長さんだ。

 

 「そうなんだ、すごいんだよケルマさん。アタシとスフィリさん、それにマエリにそっちのシレーネも、皆一瞬でやられちまうような正真正銘の化け物だったんだよ。さっきから魔人てその化け物を呼んでるんだけどね、その魔人をこのミカはこう、ばあぁっって殴ってぶっ倒したんだ」

 「そうかい、そりゃすごそうだ。けどちょっと詳細がわからんよ、その説明」

 

 普段より早口での説明を軽くたしなめられたアーセルは、そこでようやく自分の振る舞いに気付いた様にばつが悪そうにして頬をかいている。

 

 この様子からしてアーセルはケルマにすごく懐いている、というより憧れているようだ。

 

 そしてそのケルマはこちらをじっと見ている。口は緩く弧を描いて微笑んでいるように見えるけど、よく見ると目は笑っていない。

 

 なんていうか、こう、頭のいい若手実業家みたいな人というか、とにかく単純にいい人とかではなさそうな奥の深さを感じる。

 

 「こちらはケルマ殿というてな、アポタミアへ来たばかりだという君たちは知らないだろうが、代表会議の一人で、まぁ権力者じゃな」

 

 五人で構成されるというこの街の意思決定組織の構成員か……。

 

 「あ……、えぇっと、どうも?」

 

 思わずどもった上に、挨拶ともいえないような言葉しかでなかったけど、これは俺のコミュニケーション能力だけの問題じゃないと思う。

 

 急に現れた魔人、激しい戦闘、帰還して安堵、ギルド所長と権力者登場、これだけ目まぐるしい上に「あれ? 代表会議と神職だとどっちが偉い?」とか考えてたらもうこうなってしまっていた。

 

 「……ふふっ。何とも気が抜けるね。いや、まあとにかくはありがとう、あなたの活躍がなければ大変な被害がでていたろうからね。今は疲れているようだし、また日を改めて話を詳しく聞かせて欲しい」

 「あ、はい」

 

 なんか反射で承諾してしまった。まあ、街の偉い人ならどの道断るのもまずかっただろうけど。

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