第13話 帰り道、という激戦の後の安堵
「ふぅぅぅ……」
息を整えながら力を抜いていくと、全身を覆う黒鋼は霧散して元の身体へと戻っていく。
それにあわせた訳でもないだろうけど、同時に地面に半分めり込んでいたアクイの残骸も徐々に消え始める。
「――ちぃ、面目ねぇ。しかしおっそろしく強ぇなぁ、お前さん」
「くぅ……、ったぁ」
声の方を見ると、スフィリが頭を抑えながらこっちを見ていた。アーセルも背中を痛めたようだけど、なんとか動けるようだ。
「……くぅっ」
悔しそうな、痛そうな、小さな呻き声はマエリだ。こっちは既に立ち上がっている。
「ミカさま、――っつぅ! お役にたてず……」
明らかに落ち込んだ声はシレーネちゃんで、こっちも見た目はすり傷だらけで痛々しいけど動きをみる限り大きなケガはなさそうだ。
「何言ってんだ、単純な強さが必要な時は俺に任せろって。シレーネちゃんは知識とか天術でバカな俺が何ともできない難しいコトを何とかしてくれてるだろ?」
慰めるために言ったけど、これは本心だ。それにシレーネちゃんがどれだけの覚悟を持っているかは、初めのあのイプシリ台地の出来事で俺にも伝わっている。
「……ありがとうございます」
まだ少しひきずるものはあるようだけど、ひとまずは気分が持ち直してくれたようで、シレーネちゃんの口元は小さく笑ってくれている。
「ふぅ、――っそうだ。ニッカとカノーニの二人は見てないか? 一番若いあいつらだけはなんとかして逃がしたんだが、ニッカの方は傷を負わされていたからな、面目ねぇ話だが……」
「その二人は森を出たところで保護したよ、もう街へ向かっているはずだね。状況確認のために二人残してあとはあいつらを連れて帰る様に指示したからね。……あいつら“だけは”ってことは他は?」
不穏な言い回しに気付いたアーセルから問い返されたスフィリは、その整った彫りの深い造形の顔を苦渋という他ない苦々しい表情に変える。
「本当に面目ねぇ、俺が率いていながら……」
面目ないというのは俺たちも同じだった。結局先遣チームの内で助けられたのは三人だけだったのだから。
アクイが暴れた影響か、魔獣も動物も不思議なほどに見かけない二の森の中から出ると、茶髪ボニーテールの剣盾使いアスピダと、二斧使いの茶短髪の男クスの二人が警戒しながら待っていた。
「――!? アーセルさん!」
「……、とにかく、治療しようか」
二人とも俺たちが戻ったことに安堵した後で、しかし先遣チームのメンバーはスフィリしかいないことに気付いて複雑な表情を見せる。
「いや、何とか動ける程度のケガだからね、このまますぐに街まで戻る。これ以上の想定外はごめんだよ」
「……はぁ、そうだな。街まで戻れば治療の天技持ちもいる、まずは帰還しよう」
スフィリはやはり今回のことでかなり落ち込んでいるようだ。ベテランの実力派ということで、責任感も自信も大きかったのがどちらも崩れてしまった、というところなのだろうな。
「一応確認だけど、シレーネの天術は……」
「すみません、治療はできないです。私は空の女神様の係累ですので……」
以前シレーネちゃんから聞いた話によると、空は攻撃特化、火は味方の強化や敵のかく乱、水は治療、がそれぞれの特徴だそうだ。
もちろん力の元となっている三女神は万能に近い力を持っていたそうだけど、その加護を受けた人間や、係累たる天使たちはそれぞれの特徴が色濃く出た形でしか天術を行使できないということだった。
というかシレーネちゃんが今さらっと係累とか言ったから、アーセルとマエリは不思議そうな顔をしたな。とはいえまさか目の前にいるのがマジもんの天使だとか思うはずもないから、素性がバレるってこともないだろうけど……、一応気を付けてはおこう。なんせシレーネちゃんはマジ天使、だからな。
「……、じゃあ帰ろうか」
改めて確認するように皆に声をかける。
アクイと戦った場所から少し離れた位置で殺されたという、先遣チームのメンバーたちを弔いたいとは思ったものの、どうやらハンターの不文律としてよほど余裕のある状況以外では放置していくものらしい。
少しでも生きている人間の安全を確保するための苦渋のルール、ということのようだった。
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