第10話 強敵、という主人公にとっての試金石
森に入ってから、四人は進む方向に迷うことなくまっすぐと進んでいた。
「段々と気配も音も大きくなってきました」
マエリが言ったように、森に入ってすぐに何か大きな存在感というか気配を全員が感じていた。さらに少し進むと激突音の様なものも断続的に聞こえ始めたから、スフィリがそこで例の怪物と戦っていると判断していた。
「間に合ってくれよ……」
アーセルの焦りを多く含んだ呟きが聞こえてくる。
さっきの二人から聞いた話から、既に四人が犠牲になっていることが確認された。これ以上の被害をなんとか食い止めたいという思いが強いようだ。
「見えた!」
不意に木々がまばらになってきたところで視界がいくらか開けて、誰かが何かと戦っているのが見えた。
「なんでしょう……? あれは」
シレーネちゃんの漏らした言葉が聞こえる。
大きなハンマー、大槌といえばいいのだろうか、を振り回す長身で幅も厚みもある体格のおじさんがスフィリだろうか。おじさんとは言ったけど両側頭部を短く刈り込んだ金髪で、濃いめだけど映画俳優の様な整った顔立ちをした美形中年だ。
「――っ!」
スフィリが一瞬だけこちらを見て確認した様だ。かなり驚いた様子を見せている。
「普通に武装しているけど……、なんだあれ?」
俺も思わず疑問を口にしていた。
スフィリが血塗れになりながら対峙している相手は、鈍い銀色の鎧を着こみ、重厚な手甲に覆われた右手にはやや短めだが幅のある長剣、グラディウスを持っている。左手は無手で、兜も無いが十分に重装備だ。
「イノシシの魔獣……、なのかね、あれは?」
アーセルが言った言葉に、誰も否定も肯定もできない。
そいつはまさに武装した直立するイノシシだった。
「とにかくっ、加勢しよう!」
考えても意味のないことだ。とにかく今は戦うしかない状況であることだけは確かだしな。
走りながら両手両足を黒鋼化する。一応自分の意思で全身黒鋼化もできるけど、あれは体力の消耗が激しいから、ここぞという瞬間に取っておくつもりだ。
「加勢かっ」
スフィリの声の横をすり抜け、一気にイノシシ剣士へと接近する。
「せいっ!」
がっきぃぃ!
イノシシ剣士の目前で足を踏みしめて急停止し、グラディウスの上から右拳を叩きつけた。
ブゥフォォオォォ!
自らの持つ剣の刃で鎧の肩口を抉られたイノシシ剣士が、大きな牙のある口腔を開いて咆哮する。
ひゅいっ!
空気を割く音と同時にアーセルの放った矢が飛来し、頭を振って避けたイノシシ剣士の体勢が崩れる。
「しっ」
そこに音もなく踏み込んでいたマエリが右手に持った黒い刀身の短剣で、イノシシ剣士の脚へと向けて斬りかかる。
きっぃぃん
関節にある装甲の隙間を捉えたようにみえたけど、わずかにずれていたようで金属同士の衝突音が響く。
眉間にしわを寄せたマエリが下がり、イノシシ剣士が体勢を整え直した。
「助かった。しかし、厄介だぞコイツは」
スフィリが見た目に似合う低く重厚な、威厳を感じさせる声で言う。
「このメンバーなら何とかなるさ」
後ろからアーセルの力強い声が答えた。
「畳みかけましょう、何か大きな力を温存しているように見えますから、それを出される前に!」
いつの間にか俺のすぐ左後ろにいたシレーネちゃんが、言ってから右手を差し出すようにイノシシ剣士へと向ける。
ばんっ! ばんっ! ばんっ! っざがぁぁぁぁん!
次の瞬間、イノシシ剣士の周りの空間が立て続けに歪んで弾け、止めとばかりに直上で発生した雷がまっすぐにイノシシ剣士の巨体へと落ちた。
シレーネちゃんの天術だ。空の女神に仕えていたというシレーネちゃんは天候や空間、時間といったものを操る空の天術を得意とするそうだ。
とはいえ、今は俺を異世界転移させた消耗で人間と大差ないレベルでしか使えないと聞いていたけど……、アーセルやスフィリの表情を見る限りでは驚愕するくらいのレベルではあったらしい。
「いけるっ! 決めるぞ!」
しかし今は驚いている余裕も無い、すぐに追撃をかけるために、イノシシ剣士へと向かって踏み込む。
「っあぁらぁ!」
がっごっ!
今度は制動をかけずに、勢いを載せたまま右拳を振るい、鼻頭に受けて下がったイノシシ剣士を見て、体を回転させてその勢いで重厚な鎧を着た胴体へと左脚による後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
グブフォ
呻くような声をあげて、イノシシ剣士がさらに後退る。
「しっ」
そこへ先ほど同じく音もなく踏み込んだマエリは、今度はイノシシ剣士の首の後ろへと斬りつけた。
しかし想像以上に毛皮が厚く、そして筋肉が固いらしく、その攻撃は浅く裂いたのみで、マエリはまたも眉間にしわを寄せながら、すぐに下がって距離をとる。
グブブブ
血の代わりに黒い靄のようなものがにじむ傷口を左手で抑えて、イノシシ剣士は右手のグラディウスをこちらへ向けてけん制しようとする。しかしこれは明らかに悪手、つまりこっちにとってのチャンスだ。
「だぁっ!」
かぃぃぃんっ!
すぐにスフィリが大槌を両手で振るい、イノシシ剣士のグラディウスを右腕ごと弾き、体の外側へと開かせる。豪快だが非常に洗練された、無駄のない動きだった。
「ぃぃぃぃよいしょぉ!」
ひぃぃん
そして掛け声とともにアーセルが明らかにこれまでよりも大ぶりな矢を放つ。
ほぼ槍に近い様な巨大な矢はアーセルがその天技で出したものだろうけど、額に浮いた汗と急に乱れた呼吸を見る限り、奥の手という事のようだ。
ぼぅっ!
ブギィィィィィィ!
そしてそれはさきほどの一連の攻撃で無防備となっていたイノシシ剣士の首元へと突き刺さり、その状態でどうやってと思う程の悲鳴を上げさせた。
そして、イノシシ剣士は首を中心にして全身から黒い靄を滲ませて、その姿を徐々に薄くさせていく。消えるという事はやはりこれは魔獣なのか。
「ふぅ……、なんとかなったようだね」
アーセルのほっとした声が聞こえるが、俺は別のことが気になっていた。
「シレーネちゃん……?」
そう、険しい表情を崩さず、消えゆくイノシシ剣士を瞬きひとつせずににらみ続けているシレーネちゃんだ。
「ミカさま、気を付けてください。嫌な気配がむしろ大きくなっています!」
後半になるにつれて大きくなったシレーネちゃんの緊迫した声に、その場の全員が改めてイノシシ剣士へと警戒する。
ブ、ブモ…………、ブ、ブ、ブミィィィィィィィ!
「「「「「――!」」」」」
全員の驚愕の視線に晒される中、イノシシ剣士から滲んでいた黒い靄が渦を巻き、その中心で霞んでいたイノシシ剣士が悲鳴のような咆哮を上げた。
やがて黒い靄の渦は竜巻の様に大きくなって、突風と悪寒を伴う嫌な存在感をまき散らす。
たまらずに、俺たちが下がって距離をとる中で、黒い竜巻の中ではシレーネちゃんが言った嫌な気配というものが俺にも感じられるほどはっきりと大きくなっていた。
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