第11話 第二形態、という実際されると悪夢でしかないお約束

 「いやいやいや、変わり過ぎでしょ、マジで」

 

 黒い竜巻が晴れて中から現れたものは、ヒトの姿をしていた。

 

 「ブモォ、お前ら覚悟しろ。神の使いに手を出したことを後悔させてやるぞ」

 

 くぐもっていてやや聞き取りにくい発音は、下顎から上向きに生えた二本の牙のせいだろうか。

 

 けれどその牙を除けば、長めの茶髪の間から見える顔も、先ほどと変わらない鈍い銀色の鎧を着た胴体も、全体のバランスからするとごつくみえる手足も、それらすべてが人間に見えた。

 

 「神の使い……、ですって?」

 

 シレーネちゃんが相手の言葉に反応する。抑えてはいるけど、その声には珍しく明確な怒りがこもっていた。

 

 「ブッホ。そうだぁ、オデの名はアクイ。闇と魔を司る星神様の使いだぞ。人間如きが、歯向かうのは許されないぞ」

 

 にたり、と口角を上げてアクイと名乗ったそいつは言う。腹の立つ表情だ。

 

 「闇と魔……、まさか、唯一の悪神の……っ!」

 

 出会った時に聞いた覚えがある。三女神と星神が力を減じる原因になった一柱の星神、だったか。

 

 「マエリっ!?」

 

 アーセルの驚いた声と同時に、マエリがアクイの側面から短剣で斬りつける。

 

 「遅いぞ」

 かいんっ!

 

 しかしアクイは動揺すらせず、その右手にグラディウスを出現させて簡単にマエリの攻撃を打ち払ってしまう。

 

 どがっ!

 「ぅぐっ」

 

 そして続けて左の拳を打ち込まれたマエリは吹き飛び、数度転がって動かなくなる。呼吸はあるようだけど、完全に意識を無くしているように見えた。

 

 マエリの状態は気になるものの、明らかに先ほどまでのイノシシ剣士状態よりも速く、洗練されていて、さらには力強いアクイの動きを見てしまい、目を逸らす余裕も無い。

 

 「今、剣を“出した”ね。天技……、こいつ本当に加護持ちだね」

 

 アーセルの言う通り、アクイが当然のように天技を使ったということが、こいつの言ったことが事実だという事の証明になってしまった。

 

 悪神とかいうやつは厄介なことをしてくれるな、本当に。

 

 「さっきの矢、痛かったぞ。仕返しだ」

 

 そう言った瞬間、アクイが後衛にいたアーセルの目前に迫っていた。

 

 「ちぃっ! あぐっ」

 ごっ!

 

 アクイが片手で振るったグラディウスを、弓と束ねた矢でアーセルは受けたものの、鈍い音と共に吹き飛ばされて木の幹に叩きつけられる。

 

 「くそっ」

 

 俺も動いてこいつを止めないといけない、そう思って身構えるも、アクイはすでにスフィリへと斬りかかろうとしているところだった。

 

 「ぬぅんっ!」

 「ブモゥ!」

 かぁん!

 

 しかしこれに反応していたスフィリは、大槌を器用に手もとで回転させるように振るって、上段から振り下ろされるグラディウスをはじく。

 

 「せいっ、らぁっ!」

 

 そこに合わせて踏み込み、左、右と続けて拳を打ち込む。

 

 「ブフンッ」

 ごっ、がっ

 

 が、素早く体勢を立て直したアクイの手甲に、どちらも受け止められてしまう。

 

 「だぁっ!」

 

 そして下がる俺と入れ替わるように、スフィリが大槌を上から大きく振り下ろしていく。

 

 がん!

 

 感情の読めない無表情で、アクイは無言のまま無造作にグラディウスで大槌を振り払うようにして打ち流す。

 

 「ブムッ」

 どっ!

 

 そしてそのまま動きを途切れさせずに、手にしたグラディウスの柄でスフィリの腹を強打する。

 

 「うがっ、ふぐぅぅ……」

 

 スフィリは驚愕の表情で地面にひざをつき、その態勢のまま俯いて動きを止める。

 

 「くっ!」

 

 俺の左後ろでシレーネちゃんの声と、かすかに動く気配がする。

 

 ばんっばんっ!

 

 続けて二回、アクイの顔の前で空間が歪んで弾ける。

 

 「ブフ」

 

 アクイは少しだけ首を後ろへ傾けたものの、しかしダメージを受けた様子もなくまたにやついている。効かない、と言いたいのだろう。

 

 まだすぐ隣にスフィリもうずくまっているから、これ以上派手な天術も使えないようで、シレーネちゃんはただ悔しそうに呻く。

 

 そして反撃をしようとアクイが猛烈なスピードで突っ込んでくる。

 

 「――っ!」

 「させるかって!」

 

 慌ててシレーネちゃんの前へと割って入る。

 

 がぁんっ!

 

 下からすくい上げるように、突進の勢いを載せて振るわれたグラディウスを交差させた両腕で受けるも、途方もない衝撃を受けて俺は背後にシレーネちゃんを背負うようにして吹き飛ぶ。

 

 「うっぐ」

 「きゃあ!」

 

 黒鋼の腕がきしみ、体勢を整えることもできずに飛ばされたものの、運良く背後にぶつかる木がなかったらしく、俺たちは地面を滑るように落ちて、止まる。

 

 「シレーネちゃんっ、……くっそ」

 「……」

 

 隣に倒れるシレーネちゃんを見ると、全身にすり傷だらけではあるものの大きな負傷はなさそうで安心する。が、意識は失っていて無事とはいえない状態を見て、悔しさがこみ上げる。

 

 「ブフフ」

 

 追撃をせずに余裕をみせるアクイを見据えて立ち上がってから、改めて周囲を見回す。

 

 アクイを挟んで、俺と反対側の地面に倒れて動かないマエリと、木にもたれる様にして気絶しているアーセル。そしてそこからアクイに少し近い位置で跪いているスフィリも動きを止めたままで、完全に意識はなさそうだ。

 

 そして隣を見る。

 

 すり傷だらけのシレーネちゃんが、綺麗な金髪を今は乱して倒れ伏し、時折苦鳴を上げて悪夢にうなされるように気を失っている。

 

 皆倒されてしまった、しかしまだ殺されてはいない。

 

 怒りを腹の底に沈めて、覚悟を胸に、両手に力を込めて、アクイへと立ち向かうために全身を赤く縁どられた黒鋼の鎧で覆う。

 

 胸の位置で一層強く金色に輝く十字が、仲間を労わる様に優しく、敵を威嚇するように強く、俺の気持ちを代弁するように照らした。

 

 「ッブファ!?」

 「覚悟しろよっ! こっからは完全に出し惜しみなしの本気だっ!」

 

 驚くアクイへと向けて、俺は胸の内にうずまくものを声に込めて叩きつけた。

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