第9話 想定外、という深刻な不意打ち
「すごかったよね! アーセルさんがわざわざ連れてくるハズだよ! こう、片手で掴んでどっかーんって!」
先ほどダークベアとせめぎ合っていた剣盾の天技使いのポニテ少女、アスピダが興奮した感情のままに話しかけてくる。
「そうだな。神職ということだったが、さすがというのは失礼か? しかし本当に、スフィリさんに匹敵するんじゃないか?」
こちらは横からダークベアを攻撃していた二斧使いの三十代くらいの男、クスだ。
しかし、移動を再開して結構経つのにこの二人からの称賛は続いている。クスのいう所を素直に信じるなら、アポタミアの誇る屈指の実力者に匹敵するような活躍を見せた、ということらしい。
「そのスフィリさん、今から向かう場所に行った先遣チームのリーダーさん、でしたか?」
後ろから、いつもよりやや低い声でシレーネちゃんが話しかけてくる。
「お、おう、そうだな。五十歳になるベテランのハンターで、ハンターとしての総合力でなら今でもアポタミア最高だと言われているすごい人なんだ」
クスの説明は先ほど、ダークベアとの戦闘がある前にアーセルやマエリから聞いていた内容と違いなかった。
「その実力者のスフィリだからこそ、この状況に皆嫌な予感がするって訳か」
「だね。もしスフィリさんの手に余るような事態になっているんだとしたら、大変だよ!」
アスピダが少し腰をかがめて、こちらを見上げる様にして補足してくれる。
ちなみに、五十歳だというスフィリさんという人のことも堂々と呼び捨てにしているが、これはシレーネちゃんから事前にアドバイスされていたからだ。
この世界で神職は偉い人たちで、相応に偉そうに振舞う。歳とか地位は関係なく神職でない人のことは呼び捨てにしておいた方が自然に受け止められる、とのことだった。
ぼろがでないようにスフィリという人のことも以降は内心でも呼び捨てにしとかないとな。シレーネちゃんはあれだ、まあ別だ。
とはいえ、周囲から過剰に敬われるのは本当にやりづらいから、このチームにも俺に対しては普通に話してくれと初めにお願い済みだ。
「大丈夫です、ミカさまが向かうのですから」
シレーネちゃんが満面の笑みで断言する。信頼はうれしいけど、俺としては普通に不安なんだが。
「そうだよね、アーセルさんもいるし、ミカ君もいるから楽勝だよね」
「楽観する気はないが、まあそうだな。頼りにしている」
根拠の浅いシレーネちゃんの言葉に、アスピダとクスは顔を見合わせた後で、頬を緩めてそう言ってくれる。
さっきのダークベアはかなりイレギュラーな大型だったらしく、それを瞬殺した俺への信頼は相当厚くなったようだ。
「あれだよ、気ぃ引き締めな!」
少し離れて歩いていたアーセルが大きな声をあげて、それを聞いてチーム全員が鋭い目線を前方、ついに見えてきた二の森に向ける。いや、マエリを含む二、三人は別の方向を警戒しているか。
あれ? 人……かな?
「どうした!?」
その時、森からハンターらしき二人組が姿を見せた。一人が肩を貸して支えるようにして歩いているようだ。
「あがっ、ぐぅ」
「こいつを!? こいつを街まで、頼むっ……!」
各自が周囲を警戒し、アーセルを先頭にマエリ、俺、シレーネちゃんの四人で慌てて駆け寄ると、二十過ぎくらいの若いハンターの男女の内、肩を貸していた男の方がそう言ってきた。
女の方は脇腹や肩に大きく血がにじんでいて、破れた服の隙間から確認できる限りでは、かなり悪い状態に見える。
男の方もすり傷や打ち身だらけの満身創痍のようだけど、動きを見る限り致命傷はないように思えた。
「カノーニ!? ニッカは……、ちぃっ、ケガがひどいね。他にもケガ人がいるなら出来る限りまとめてから一旦退却するよ、カノーニ、状況は?」
重症の女がニッカ、そして話しかけてきた男がカノーニというらしい。アーセルがすぐに名前を言ったという事から、この二人はスフィリの率いていた先遣チームのメンバーなのだろう。
「――っ! レイジボアの群れだって聞いてたのにっ、違ったんだ! あの化け物をスフィリさんが足止めして、他の仲間は散って逃げようとしたけど……、少なくともイーナ、ディオ、ティリア、テセルの四人は、死んだ……、殺されたっ!」
「なんて、……なんてことですか」
マエリが絞り出すように呟く。アーセルは唇の端を噛んでいるが、頭ではどうすべきかを判断しているようで、目線があちこちをいったりきたりしている。
「ミカ、シレーネ、あんたらの実力を見込んで……、頼みがある」
アーセルは途中で一度言葉を飲み込もうとするかのような、ためらいをみせた。
「なんだ?」
俺が殊更に落ち着いた声で問い返すと、アーセルは俺たちの方を向いて目を合わせる。
「アタシとマエリと一緒に、森の中へ化け物とやらを確認しに向かう。放置するわけにはいかないし、倒す機会があるとするならスフィリさんもいる今しかない」
マエリは当然とばかりにすでに森の方へと意識を向けて警戒している。
「他の連中はさっきの二人の護送と、生き残りが他にも逃げおおせた時のために待機ってところか。――わかったよ、その願い。俺が聴いた。シレーネちゃんも、いいよな」
「はい、もちろんです」
確認するとシレーネちゃんはやはり少し場違いなくらいにうれしそうな笑顔で頷く。
アーセルは俺があっさり危険な役割を承諾したことに驚いたようだけど、それ以上は何も言わずに他のメンバーへと指示を出し始める。
アポタミアに定住しているわけでもなく、チームにも急きょで加わった俺たちに遠慮したようだったけど、俺の方の答えは決まっている。
アーセルから切実に願われて、それを聴いたからだ。
何が待つかも分からない二の森の奥、木々に遮られる視界の先を睨みつけて、俺は静かに呼吸を整えていた。
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