第8話 道中の自己紹介、という迂闊な情報開示

 「よろしく! アーセルさんの人を見る目は確かだからね、期待してるよ」

 「頑張ろうねぇ」

 「お、おう」

 「よろしくお願いします」

 

 大外壁内で先に待っていた九人に合流すると、次々に挨拶をされる。

 

 思っていたよりも好意的だ、正直に言うと報酬の件もあるからもう少し嫌そうにされるかと思っていたのに。

 

 要するにそれだけアーセルに人望があるということなんだろうな。それか嫌な予感というのは既に共有されていた、ということかもしれないけど。

 

 「実際、どれくらいの実力なんですか? 戦闘になった時の立ち位置とかどうしましょうか?」

 

 一通り挨拶がすんで、街の外へと出たところで、目尻に小さな傷跡のある短髪の男、さっき聞いた名前はマエリ、がアーセルへと確認するように問いかける。

 

 「んー? そうだねぇ、実のところアタシも戦っているところを見たことはないんだよ。まあミカは神職だそうだし、二人で外を旅していたくらいだから相当実力はあるはずだよ、だろ?」

 

 確かにそうだ、信頼してくれるのはうれしいが、実際の所は何も知らないはずだ。

 

 まあ、いきなりあのイッカクオオカミ大発生に遭遇するような世界だ、街から出て旅を出来るというだけで実力の証明になるというのはよく分かる。

 

 「ミカさまは強力な金属の天技をお使いになりますし、私は天術が扱えますのできっとお役に立てます」

 「はぁっ!? 天術!? 女神様の加護持ちなのかい!?」

 

 神職のところで既にマエリが驚いていたけど、天術と聞いてアーセルが尋常ではなく驚いたようで、マエリも口を大きく開いて固まっている。

 

 「へぇっ!? は、はい」

 「えっと、珍しい……のか?」

 

 あまりの反応にシレーネちゃんも驚いて、自分を抱くようにしてアーセルから思い切り身を引いている。

 

 俺が反応の理由を聞き返すと、二度瞬きをしてからアーセルは少し小声で、確認するように告げてきた。

 

 「エディーの方でも違わないと思うんだけどねぇ……、ここ二十年程女神様の加護持ちは生まれてないって、少なくともこっちの方では常識だ。元々天術が使えた人らもかなりの割合で使えなくなったとかで、今はもう女神教会にごく少数残るのみだって……、本当に使えるのかい?」

 

 ハンターたちが普通に天技の話をしていたから深く考えてはなかったけど、やはり神々が世界から消えた影響は大きいようだな。

 

 「私たちは……、その、少し事情があってエディーでも人と関わることがほとんどなかったものですから。ただ私は確かに使えますとしか……、そもそも単純な威力ではミカさまの足元にも及びませんし」

 「いやいやいや、強力な天技が使えるったって、世界には探せば強いのはいるからね! 天術使いは何て言ってももはや絶滅危惧種だ、そりゃあ驚くよ……。しかし、そうか女神様の加護はまだ世界にあったんだねぇ」

 

 失礼ながらあまり信仰心とかとは無縁そうなアーセルだけど、噛みしめるようにいうその表情から、この世界の人々が三女神の加護である天術が消えていくことに感じている不安が俺にも少し理解できたように感じた。

 

 そうして話し込んでいるうちに、森の近くへと差し掛かる。

 

 「これは……、違うんだよな?」

 「え、ええ、そうです。これは一の森。目的地はこれを越えて次に見えてくる二の森ですから」

 

 こちらも色々と動揺していたマエリが、シレーネちゃんに細々と質問しているアーセルに代わって答えてくれた。

 

 「きゃっ! このぉっ!」

 

 不意に聞こえた声に慌てて振り向くと、散開して警戒しながら歩いていた内の、森側にいた二人が大きな熊に襲い掛かられていた。

 

 かがみ込むようにする熊の下で、右手に剣を持った茶髪のポニテ少女が左手の分厚い盾で必死に耐えている。その態勢ですら熊の高さは人間の身長の三倍くらいあるから、相当な大きさだ、おそらくこいつも魔獣なのだろう。

 

 それに両手にそれぞれ斧を持った男が必死で横から攻撃しているにも拘らず、熊は怯みもしない。相当に強靭な毛皮をしているようだ。

 

 「ダークベアか!? なんて大きさ!」

 

 横からアーセルの焦りを多分に含んだ悲鳴のような声が聞こえた。弓を構えて、おそらくは天技によって茶色い矢を出現させて構える、が、目標は距離が遠い上に味方を覆うようにしているために撃ちあぐねる。

 

 「ちぃっ! 位置が悪い!」

 

 言ってすぐにアーセルは回り込むようにして走り出す。

 

 マエリも既にダークベアの方へと動き出しているし、他のメンバーも同様だ。

 

 「ミカさまっ!」

 「とにかく、俺は突っ込む! フォローは任せた!」

 「はいっ!」

 

 シレーネちゃんの緊迫感と嬉しさを半分ずつ混ぜたような返事を聞きながら、両手両足のひじとひざから先を黒鋼へと変化させる。

 

 「まずは引き剥がすっ! でぁっ!」

 

 気合いの声を発して、二人のハンターとダークベアの元へと跳躍する。

 

 この天技というものにも慣れてきた俺の体は、狙い違わず一直線に、一瞬で、ポニテ少女を上から押し潰そうとしているダークベアの頭の位置へと到達する。

 

 ダークベアの頭頂を掠めながら通過するその瞬間、黒鋼に覆われた右手の五指でその頭をがしりと鷲掴む。

 

 「そぉ、らぁっ!」

 

 空中で体を思い切り捻って反動をつけ、一足飛びの跳躍の勢いを全て使って、ダークベアの体を後方へ向かって投げ飛ばす。

 

 ごっがどぉおん!

 

 のけ反る様に回転して地面へとうつ伏せに叩きつけられたダークベアは、まばらに草の生えた地面にひびを刻み込んで、そのまま動かなくなる。

 

 「はぇ……?」

 「ぅそだろ?」

 

 ダークベアの姿が消失していくのを確認して、黒鋼化を解いたところで、放心したようにポニテ少女と斧男が呟く声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る