第4話 大ピンチ、というとても大変な状況

 「俺が何か、こう、すごい力を持っていたということは理解した」

 「遠回しなお言葉ですが、つまりご自身が星神さまであることを受け入れたということですよね」

 

 ……

 

 結構ぐいぐい来るよな、この子。一応下手にでてはいるけど、抉り込むようにしてくるというか。

 

 「まあ、この世界の神の力だか、加護だかはわからないけど、それが俺にあることは認めるよ」

 「……」

 

 さっき言ったのと同じようなことを言い直して、遠回しに神だとは認めないと言い張る俺の態度に、シレーネちゃんもついに無言だ。心なしか目線も遠くを見ている。

 

 「いや、その……、な? えっと、あー、君が思うならきっとそうなんだよ、君の中では……、って違うこれ煽りだ。じゃなくて、……うん?」

 

 そこで気付く、シレーネちゃんが見ているのは遠く、というか俺の後方だ。

 

 「何……、が……」

 「……」

 

 絶句、ただ絶句。それも二人して。

 

 さっき俺がこの手で倒したイッカクオオカミの向こう、先ほどまでは高原の草地が続いていたはずの場所、そこが黒い波にのまれようとしていた。

 

 「あれ、イッカクオオカミの群れ、なのか?」

 「おそらく、そうですが。あれほどの群れが発生するなんて、世界の魔力浸食はもうそこまで……」

 

 なるほど、さっき聞いた説明によるとイッカクオオカミの様な魔獣は、世界を巡る気が滞って濁ることで生じた魔力の塊らしい。とすると生態系とかそういうのとは一切関係なくこうした大発生も起こりえる、のだろう。

 

 とはいえ、これほどの事態はかなりまずいことのようだが……。

 

 「申し訳ありません、ミカさま。本来あなたさまを連れてきた私がこの先の旅を先導すべきなのですが……。あちらへ向かえば比較的大きな人間の街があります。そこでハンターギルドという組織に登録なさってください」

 

 シレーネちゃんの指す方向は、雲霞の様なイッカクオオカミの群れと逆方向だ。

 

 「……けどっ」

 「ミカさまのお力であれば、必ず成し遂げられるはずです。だからどうか、どうかこの世界を救っていただけませんか?」

 

 向こうにあるという街を差すシレーネちゃんの手は微かに、確かに震えている。

 

 この子からはさっきも同じことを願われた。そして今もう一度、切実に、この子は自分の身すらもその為に捧げようとしている。

 

 「わかった」

 「――っ」

 

 はっきりと頷いた俺を見て、シレーネちゃんは笑う。その笑顔はほっとしたように見える。

 

 そうか、天使も怖いし、死にたくないし、救われたいんだな。

 

 「わかったよ、その願い。俺が聴いた」

 「ミカさま?」

 

 差し示されたのとは逆へと一歩踏み出した俺に、シレーネちゃんは戸惑いをみせる。

 

 「救ってやるよ、この世界も、君も!」

 「へぇっ!?」

 

 近づきつつあるイッカクオオカミの群れに対峙する俺に、シレーネちゃんは慌てて後ろから腕を掴む。

 

 「だ、だめです! あの数ではいくら星神さまでもっ」

 

 顔だけ振り向いて、そっとシレーネちゃんの手を俺の腕から外す。

 

 「星神にできるかどうかは分からんけど、俺には、天星三花にはそれができるっ!」

 

 根拠もなく威勢よく言って足に力を込めると、両脚のひざから下も赤く縁どられた黒鋼の鎧に変化していく。

 

 だっ!

 

 黒鋼化した俺の両脚は、鋭角で細身のデザインからは想像もつかないような莫大な力を発揮して、文字通り一足飛びでイッカクオオカミの群れの先頭へと肉薄する。

 

 「おらぁっ!」

 ごばぁっ!

 

 まずは右腕を大きく振り回す。先ほどより黒鋼化した部分が増えた影響か、それだけで数十のイッカクオオカミが消し飛ぶ。

 

 「――っ! ってぇ!」

 っかぁぁぁぁん!

 

 腕を振り切って一瞬止まったところに、イッカクオオカミが飛び掛かってきて俺の頭を掠めていく。本来であれば鋭い爪で深く切り裂かれたであろうその攻撃は、しかし甲高い金属音を発したに過ぎなかった。

 

 「うん? いつの間に……?」

 

 気付けば俺の頭部はフルフェイスヘルメットの様な、しかしそれにしては鋭い部分の多いデザインの兜に覆われていた。あるいは、そういう頭部へと変化した……、ということか。

 

 そしてそれに伴って違和感が一つ。

 

 「あぶねっ!」

 っざ!

 

 後ろから飛び掛かってきたまた別のイッカクオオカミの攻撃をぎりぎりで横に動いてかわす。

 

 そう、スリットやバイザーの様な視界を確保する部分がなく、頭部の全面が赤いラインで装飾されているだけの黒鋼で覆われているにも拘らず、俺の視野は広くなり、何故か後方や自分の姿すら“視えて”いた。

 

 「ぅらっ! せぇい!」

 ぐばっ! っががあぁぁん!

 

 左、そして右と腕を振り回す。気付けば左腕も黒鋼化していた。

 

 見回すと、すぐ近くにはイッカクオオカミはおらず、抉れた地面のみとなっていた。

 

 けど少し離れた場所にはまだまだ残っている。

 

 腹の奥、へその下あたりに力を込める。

 

 「すぅぅぅぅ」

 

 空気と一緒に、周囲に満ちる世界の活力のようなものを取り込んでいく。これがシレーネちゃんの言っていた気だろうか。

 

 全身全てが黒鋼に覆われ、胴体前面の中央やや上、ちょうど心臓の高さに金色の輝きが十字に刻まれる。

 

 十分に力が全身へ満ちたことを確信して、右の手のひらを開いたままで腕を引き、目線はまっすぐに残るイッカクオオカミの群れへと向ける。

 

 「シュゥゥッティィングゥッ!」

 

 心に浮かぶままに叫び、ありったけの力を右腕に込め、開いたままの手のひらを突き付けるようにして、前方へ腕を振りだした。

 

 「スタァァァァァァァッ!」

 

 金色の閃光が前方、イッカクオオカミの群れの中心へと走る。

 

 ごっ! がぁぁぁぁん!

 

 着弾と同時にドーム状に光が広がり、イッカクオオカミを一匹漏らさず包み込む。そして同時に轟音が耳へと届く。

 

 「っはぁ、はぁ、はぁ」

 

 全力を解き放った俺は激しく疲労し、息も乱れるが、しかし手ごたえは十分に感じていた。

 

 閃光が消え、巻き上げられていた砂塵も徐々に晴れていく。

 

 「――ミカさまっ!」

 

 駆け寄ってきたシレーネちゃんの驚きと安堵、そして喜びを含んだ声が後ろから聞こえる。

 

 そして視界の戻った前方にはイッカクオオカミが消え失せ、草や低木も消えて、荒れ地のように土がむき出しとなった光景がかなりの範囲で広がっていた。

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