第3話 異世界、という地球ではないどこか

 「ぉおい! 何事!? いや、ていうか……綺麗な高原だなぁ、上高地?」

 

 驚いた原因はどう猛な角オオカミだけではなかった。白い空間はいつの間にか消え失せ、俺たちは草地が続き空が近い、どこかの高原に立っているようだった。

 

 「神高地? ミカさまが先ほどおられた世界の天界ですか? ここはすでにアロス、この場所はイプシリ台地ですね。そしてあれが魔獣、イッカクオオカミです」

 「冷静に情報をありがとう、ついでにあれも倒して欲しいのだが」

 

 にっこり微笑みながら説明をしてくれるシレーネちゃんをちらと見つつも、イッカクオオカミを視界から外さないようにして身構える。

 

 涎を垂らしながら唸るイッカクオオカミは、どうもこちらを警戒しているようで飛び掛かっては来ない。

 

 とはいえ、普通の地球産オオカミならまだしも、ファンタジー感ある謎生物と戦うとか怖いんだけど……。

 

 「私はミカさまが星神さまであると確信しています。しかしミカさまは記憶を無くされて戸惑っておられる様子……。なら確かめるのが早いのではないでしょうか? あのイッカクオオカミは天使や神々にとっては取るに足らない相手ですが、人間にとっては脅威となる程度の強さです。もし苦戦なさるようならすぐに私が介入しますので、どうぞご存分に」

 

 ご存分にと来たか。そう言われても、どう動こうか?

 

 今は向こうも飛び掛かってこないけど、こちらが仕掛けようと動けば当然反応されるだろうしな。

 

 「せめてなんか武器とかは? 銃とは言わないけど剣とか、槍とか」

 「そんなことも忘れてしまわれているのですね……。アロスでは武器とは力を持たない民草の使うものです。神々の加護を受けた戦士たちは、その加護こそが武器となります。それこそが天技、魂に根差しているので、使おうと思えば使えるはずです」

 

 神の加護を受けた人間がその天技? を使えるから、星神であるはずの俺も余裕でそれを使えるって言いたいようだ。

 

 状況の強引さに腹立たしいのはある。あるのだけど……、しかし聞いてしまった。

 

 そう、この世界は困っているらしい。困っているから助けて欲しい、そう願われてしまった。

 

 だからなんだ、家族や友人からは何度もそう言われてきたが、しかし俺は面と向かって助けを求められると断ることができない、したくない。

 

 物心ついたころからすでにそうだったから、これはもう俺の魂のありようだ。だからこそ、誰にも関わらないよう引きこもっていたというのに。

 

 「骨は拾えよ」

 

 カッコつけたことを言って自分の心を奮い立たせつつ、イッカクオオカミを睨みつける。さっきから俺というよりはシレーネちゃんをちらちらと気にしているようだから、本物の天使であるというシレーネちゃんに脅威を感じて飛び掛かってこないのだろう。

 

 腰を軽く落とし、左手を前に、右手を後ろへと引く。格闘技経験なんかはないから素人の構えだけれど、イッカクオオカミはこちらにも何かを感じてくれたようで、その視線を俺へと固定する。

 

 幼いころから喧嘩は強かった。中学生の頃には五、六人の大人を相手にしても余裕で勝てたし、そもそも喧嘩で負けた記憶がない。

 

 そんな何回も喧嘩したことがあるというのが既に自慢でも何でもないが……。

 

 不思議とこの目の前のとんでもオオカミも何とかなるという気がする。両脚に力をこめる。

 

 「せいやあぁっ!」

 

 気合いを声に乗せて発し、蹴りだして踏み込み二歩でイッカクオオカミへと迫る。

 

 驚いたのか動かないイッカクオオカミの額に狙いを定めて、妙に熱い右腕を振るう。

 

 どっ!

 

 鈍い音、頭の消失したイッカクオオカミ、驚愕する俺、そしてうれしそうなシレーネちゃん。

 

 イッカクオオカミの残骸が空気へ溶けるように消失していく。

 

 「それがミカさまのお力!」

 

 シレーネちゃんは弾んだ声で言いながら振り抜いた俺の右腕を見ている。黒い光沢のある金属の様なものに覆われた俺の右腕を。

 

 「つまりこれが、さっき言ってた加護、か?」

 「と、いうよりもミカさまご自身のお力です。もちろん加護として人間へ貸し与えることも可能なはずですが」

 

 肩から先が様変わりしている右腕を見回して、わきわきと手のひらを動かしてみる。

 

 何の違和感もなく普通に動く。赤い線で縁取られた黒い金属鎧のような見た目に反して重さはないし、動きも妨げない。

 

 「金属か? これ」

 「おそらく黒鋼ではないでしょうか? 気が満ちることでより強靭に変質した鋼です。ミカさまは金属を司っておられたのですね」

 

 否定したい、が、こうなってはシレーネちゃんの言っていたことの方が真実味が出てきてしまった。

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