第2話 誤解を解こう、という必死の努力
思わず閉じていた瞼越しの光が収まり、俺はゆっくりと目を開く。
「なん、だ、マジで。特殊部隊に踏み込まれたか?」
面白くもない冗談を言いながら、前を見る。パソコン前に座っていたはずの俺はいつの間にか立っており、そしてすぐ前には人の気配があったからだ。
「お呼び立てして、申し訳ございません。しかし、緊急事態なのです」
「なっ!」
目の前には綺麗な姿勢で頭を下げる金髪美少女、しかもリクルートスーツ。一応付け足すとパンツスーツだ。
……、頭を下げていて顔は見えないけど、この声って。
「星神さま?」
少女が顔を上げる、予想通りの動画美少女、シレーネちゃんだった。
「どこ? なに? え、ほしがみ?」
混乱しながら辺りを見回す。が、何もなかった。
ただただ白いだけの空間には俺とシレーネちゃんのみで、立っていると認識している足元も床があるわけでなくただ白い。
「私の正体を天使であると一目で見破り、そして自らをそちらの言葉でマイスター、私の星であると名乗られたあなたは、星を司る神の一柱、星神さま、ですよね?」
あきらかに不安そうな様子で、そう聞いてくるシレーネちゃん。困り顔が麗しいな。
「あー、悪いけど、俺は天星三花っていうただの就職浪人、つまり人間で。えー、つまりだな、少なくとも神ではないな」
「しかし確かにあなたさまは! はっ! そうか、世界を渡った衝撃で記憶を無くされたのですね。なんとお可哀そうに!」
いかに美少女とはいえ、さすがにきつくなってきたな。まず会話が成立していない気がする。
「いや、世界を渡った? ここにってことか? 別に記憶はあるけど」
「いえ、そうではなく、あなたさまは星神さま。私たちの世界アロスにかつて存在した星々の神なのです」
うん、わからん。こういう時はあれだな、順序だてて聞いて行こう。何事も一歩ずつだ。
「アロス? 聞いたことも無いが、つまり異世界ってことか?」
「先ほどまで星神さまがおられた世界から見ればそうなります」
「星神さまってのやめない?」
「あなたさまは星神さまです」
「かつて存在? 今は神がいない世界ってことか? その、アロスって」
「そうです、かつては主神たる三女神さまと数多の星神さまによって栄えていたのですが、唯一の悪神と呼ばれた一柱の星神さまの離反によって全ての星神さまはどこかの世界へと散ってしまい、お残りになった三女神さまも大きくその力を減じました。そして最近ついに三女神さままでお隠れになってしまったのです」
「それで世界がピンチってことか。けど俺は絶対神とかじゃないって、就職もできないのに昇進、いや昇神とか無理」
「あなたさまは星神さまです」
この子意外と頑固だな。俺の渾身の自虐ジョークもスルーだしな。
こういう頭の固そうな子はあれだ、誤解の元からちゃんと説明し直そう。
「君、シレーネちゃんを天使って言ったのは単に“可愛い”って意味だし、第一俺は単なるネット動画だと思っていた訳でな。マイスターもこじつけ甚だしいから、そういう意味じゃないから」
「か、かわっ! へぇっ!?」
顔を真っ赤にして照れている。可愛いが、可愛いがしかし、少しイラっとしてきた。
「とにかくっ! さっきも言ったけど、俺は天星三花っていうただの人間だって」
「天星……、そちらの言葉で天の星! それにお名前も三つの花という意味ですよね? まさに美しき天なる花と称えられる三女神さまのことではないですか! しかしミカさまは男神さま……、はっ! 三女神さまに近い、非常に位の高い星神さまだったというのですか?」
悪化したな、状況が、言葉を挟む余地もなく。
しかし、さりげなく名前呼びされたのは悪くなかった、いや素直に言うと良かった。……じゃなくて!
「違うって、本当に! だいたい、何させたいのか知らないけど、神頼みするようなことなんて、俺みたいなダメ人間を連れてっても絶対なんともならないって! マジで!」
俺の言葉を聞いて、シレーネちゃんが片手をあごに添えて考えるような仕草をする。
ようやく、聞いてくれたか。よし、あとは帰してもらうように話を持っていくだけで……。
「そう、ですね。詳しいお話がまだでした。先ほども少し話した通り、アロスでは三女神さまのお姿も見えなくなってしまい、天界には私たち天使しか残っていないのです」
「ふむ、大変そうだな。ところで実際的にはどんな影響が? 天使だけじゃ対処できないってことか?」
星神じゃない主張はことごとく受け付けてもらえないから、方針を転換した。
一旦相手の話にのって、具体的に「これをこうして欲しい!」となったところで「いや無理だから」、これだ。
「本当に何も覚えて……、っぐす。三女神さまはそれぞれ世界の火、水、空を、そして星神さま方が夜の星々を司ることで世界の気は滞りなく循環し、満ちていきます。しかし今や世界を司る神々はなく、あちこちで滞った気は魔力と堕してしまっているのです」
「うん、わからん」
思わず本音が口をついてでてしまった。シレーネちゃんもその豊かな胸の前で両手を組み合わせ、悲哀に満ちた目でこちらを見ている。
「あぁ、いや。その魔力はその、悪いものなのか?」
「はい、魔力は地を荒らして植物を弱らせ、水を汚して生き物を弱らせます。そして魔力がさらに集まると魔のケモノ、魔獣となって破壊を振り撒くのです」
前半で環境問題の話かと思ったら、後半でファンタジーの話だった。
「倒せばいいだろ? その、天使たちとか、アロスの人間とかで」
「もちろん、現状はそうして対処しています。しかし根本的には神々、とりわけ三女神さまに復活いただかないと世界の気は滞る一方なのです」
話がようやく見えてきたか? さっきの作戦を実行する時がきたようだ。
「ミカさまにお願いしたいのもそのことなのです。アロスに来て、三女神さま復活の手立てを探し、そして成し遂げていただきた」
「いや無理だから」
悲しそうな素振りをとったままのシレーネちゃんが停止する。
「無理だよ?」
重ねて言ってみた。
「ですが」
「無理だって」
さらに重ねる。正直心が痛むが、無理なのは事実だ。
「しかしもうここへ来るのに私の天使としての力は使ってしまい、三女神さまでもなければ戻す天術など……」
「いやだから無理……、なんだって?」
「アロスへ引き込む天術は神ならぬ私にも何とか使えるのですが、そのための気は使い果たしてしまいました。まして他の世界へと送り出す天術など並みの星神さまにも難しいのではないかと……、思って……」
ここに来てようやくと言えばいいのか、シレーネちゃんが申し訳なさそうな様子を見せる。
「私程度の天術では抵抗されると、世界渡りなど到底成功するはずもないのですが。その、もしかして、ミカさまはあの世界に未練や執着がおありに……?」
「いや、それはないけどな」
そうか、それでシレーネちゃんは嫌がっているはずはないという態度だったのか。確かにあの世界に未練も執着も無いのは事実だしな。
親兄弟を事故で亡くして天涯孤独になってからは、引きこもって生命保険金と慰謝料を消費する日々。ぎりぎり出席日数が足りていたらしい高校だけは卒業証書が送られてきたが、めったに外にすら出てなかったから就職浪人という名の自由人だった。
だからといって……。
「いや、実際元の世界へは戻せなくてもいいんだけどな? とはいえ本当に俺は神とかじゃないから、そんな魔獣とかどうしようもないし、まして女神の復活? とか検討もつかんて」
「……、でしたら、試してみるのはどうでしょう?」
長々話してお互いの状況が理解できつつあるところで、シレーネちゃんは俺の後ろを手で指し示しながらそう言った。
――そこには、黒い体毛に覆われて、額に一本角をもつ赤目のオオカミが、どう猛な唸り声をあげていた。
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