第20話 再チャレンジ

 男の霊が落下した地点に目を凝らして見るが、マンションの周りは等間隔に設置された街灯があるだけなので暗くてあまりよく見えない。


 それでも、何かの影が動いているのが目に入った。

 一瞬、あの男の霊がマンションの下にいるのかとも思ったが、何やらフラッシュのようなものが焚かれたことで理解した。あれは晴高だ。どうやら、現場の写真を撮っているらしい。


 元気とともにエレベーターで一階に降りてみると、霊の落下したまさにその場所で晴高が上を見上げていた。


「何か、撮れました?」


 晴高が手に持っていたスマホを見せてくれた。先ほど彼が撮っていた写真には、やはり霊のようなものは何も映っていない。

 ただ、小さな丸い球体のようなものはいくつも映りこんでいた。


「なんですか、これ」


「オーブってやつだろうな。霊が現れる場所には、映りこむことが多い」


「じゃあ、やっぱり。彼はここにいる、ってことなんですかね?」


「その霊かどうかは、わからん。霊が霊を呼ぶことも多いからな。とりあえず、今日

はもうこれ以上ここにいても新しい発見もないだろうな」


 というわけで、もう一度三人で十四階まであがって写真など撮った後、一旦それぞれの自宅に戻って休むことになった。


「もう終電もないから、送ってく」


 そう晴高に言われて連れて行かれたのは、マンション近くの時間貸駐車場。そこにはいつもの社用車ではなく、一台の青いハッチバック車が止まっていた。しかも国産車ではなく、かといって高級車として知られた外国車ブランドのものでもないやつだ。

 晴高がドアノブに手を近づけると、勝手にロックが外れた。スマートキーというやつらしい。


 晴高の運転する社用車に乗ることはよくあるが、彼の個人的な車に乗るのは初めてだった。

 ただ送ってもらうだけなのに、妙にドキドキしてしまう。ぼんやりしていたら、


「早く乗れ」


 と怒られてしまった。


「は、はい。はいっ」


 助手席を開けて席に座る。他人の車に乗ると匂いが気になったりするものだが、晴高の車の中は徹底的に無臭だった。若干、新しい電化製品のような機械っぽい匂いがするくらい。


「いいなぁ。俺も、ここの車ほしいなって思ってたんだよなぁ」


 そんなことをいうのは、いつもどおり後部座席に座る元気だ。

 晴高は車を出しながら、すげなく応じる。


「なんで幽霊に車がいるんだ」


「だから、生きてたときの話だって」


 深夜の道路は人通りもほとんどない。住宅街を抜けて大通りに出たところで、晴高は千夏に聞いてくる。


「それで。上の階では何があったんだ?」


 千夏は、十四階で見た男の霊のことを晴高に話して聞かせた。一通り話を聞いた後に、晴高は「ふむ」と唸る。


「やっぱり、会話ができないタイプの霊だったんだな」


「たぶん。死んだことに気づいてなくて、ずっと同じことを繰り返してるんだと思うよ」


 と、これは元気。


 でも、それって残酷な話だなと千夏は思う。

 死を選ぶほどの気持ち。死の恐怖と痛み。それを死んだあとも、ずっと繰り返しているだなんて。

 どうやったら彼は、自分が死んでいることを自覚するのだろうか。


 そのときふと頭に浮かんだのは、田辺幸子の霊と接したときのことだった。あのとき、幸子の霊を掴んだ元気に触れようとしたら、幸子の記憶のようなものが頭の中に流れ込んできた。あれをまた試してみたらいいんじゃないだろうか。


「私。来週もまたあそこに行ってみます。もし、田辺幸子さんのときみたいに、霊の記憶を覗くことができたら、きっと何か手掛かりがつかめると思うんです」


 車を運転しながら、晴高はしばらく沈黙していた。何か考えているようだったが、少しして小さく嘆息する。


「……わかった。除霊しちまえば早いんだが、それ以外となると現状、それくらいしかできることもないのかもな。念のため、俺も同行する。……あと、お前から貰ったアメリカンドッグ。パサパサしてて不味かった」


「……あれ、食べたんですね」


 そんなこんなで、翌週に再び調査にいくこととなった。





 翌週の深夜。

 千夏たちは再び、あのマンションへと来ていた。


 そして前回とほぼ同じ時間に、あの霊は現れる。

 廊下をふらふらと彷徨さまよう、輪郭のあいまいな霊。


 しかし、前回近くで見て霊の姿を知っているからだろうか。前よりも、はっきりとその姿が感じられた。

 男の霊は少しくたびれた感じのするスーツ姿で、胸にビジネスバッグを抱き、相変わらずうろうろと廊下を行ったり来たりしている。


 千夏と元気は、男の霊に近づいていく。霊はスススッと滑るように廊下の奥へと進むと、前と同じように落下防止柵へよじ登ろうとしていた。その肩に元気は手を置く。


「もう、やめとけよ」


 けれど、男の霊は元気の存在すら目に入ってはいないようだった。


「ごめんなさい。アナタの思い出、覗かせて」


 そう断りながら、千夏は元気の腕に触れた。目には触れたように見えても、手には何の感触もない。

 それでもバチンと、頭の中で何かがスパークした。大きな静電気が起こったような衝撃。


 …………。


 一瞬、視界がホワイトアウトする。

 視界を覆った白い光はすぐに消えるが、目の前の景色にもう一枚、別の景色が重なって見えた。

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