とある物語の冒頭

真田 貴弘

短編

「サッパリ訳が分からん……」


 独房の中、パンツ姿の少年が一人。

 自分が置かれている状況を飲み込めず思い悩んでいた。


 少年の名は甲也コウヤ

 名前は東方出身の父が名付けた。


 甲也は魔獣を狩猟する狩人ハンターと呼ばれる職に付く。

 その中でも彼は竜を狩猟出来る数少ないハンター【ドラゴンスレイヤー】だ。


 彼は生ける伝説にして英雄であるハンター――エンデュミオンとその彼の契約妖精であるブラウニーのアンバーと共に神話や御伽噺に登場する今までは架空の存在とされていた神竜グランナージャを追っていた。


 甲也の師であるエンデュミオンは若かりし頃、ハンターの仕事を熟していた最中、突如現れた神竜グランナージャに襲われ、最愛の恋人ジルを彼の目の前で食い殺されてしまった。

 ジルは食い殺される寸前、グランナージャの鼻面に竜の驚異的な再生能力でも完全には癒せない深い傷を追わせた。

 そして重傷を負いながらも助かった彼は運び込まれた治療院のベッドの上で号泣しながら恋人が付けた傷を持つ神竜グランナージャを殺す事を死んだ恋人に誓ったのだ。


「俺は奴を神とは思わん。奴が神の使いなら、何故、善良な女だったジルが奴に食い殺されねばならん?奴はただの魔獣だ」


 それがエンデュミオンが酒に酔った時の口癖だった。

 彼は神竜グランナージャを追って行く過程で魔獣を狩るハンターの中で頂点に君臨する生ける伝説にして英雄となった。

 もはや伝説の竜グランナージャさえも彼には敵わないと人々は噂した。

 しかし、そんな彼にも敵わないものがあった。


 時間だ。


 時間は無情にも過ぎて行き、神竜の手掛かりを得られぬまま彼は年老いた。

 エンデュミオンは自分が生きた証を残す為、また仇を討てなかった時の為に自分の意思と先祖から受け継いだ知識と技術を継承する弟子を求めた。

 そして出会ったのが当時八歳だった孤児の甲也コウヤであった。

 甲也は両親を事故で亡くし、帝都ドラグニルにあるナドラ教の孤児院に引き取られ育てられていた。

 エンデュミオンは直ぐに甲也を孤児院から引き取り、その日から過酷な修行を課した。

 甲也は鍛え抜かれた大の男ですら耐えられない厳しい修行に耐え抜いた。

 七年後、甲也が成人を迎える十五の時、一大国家であるドラゴニア帝国に滅亡の危機が迫った。

 軽量でありながら強靭な甲殻を持ち、魔獣の中でも”王”の位を持つ強大な竜――甲竜皇ブラムストークが帝国の中心、帝都ドラグニルに向かって襲来した。

 ブラムストークがもしこの帝都ドラゴニルに到達すれば、一刻と立たず壊滅してしまうだろう。

 

「コウヤ、修行の仕上げだ。一人で行って狩ってこい」


 エンデュミオンは最後の試練として甲也に甲竜皇ブラムストークをたった一人で伐つ事を命じた。

 周りにいた人々は無茶だと止めに入ったが当の甲也は――


「じゃあ倒せたら、そいつの素材は全部貰う」


 そう言って軽い調子で声を弾ませながら大剣片手にブラムストークに向かって行き、単独で見事討伐してみせた。

 この大陸に住む人々はその情報を知り得ると驚愕し、流石はエンデュミオンの弟子と人々を唸らせた。


 そうして、甲也は甲竜皇ブラムストークの素材とハンターの誰もが欲しがる称号の一つ――ドラゴンスレイヤーを手に入れた。

 そしてドラゴニア帝国皇帝からは直接褒美としてレムネリア第一皇女が与えられ降嫁する事が決められた。


 幸運は続く。

 甲也がブラムストークを討伐して直ぐに今まで影すら掴ませなかったグランナージャの手掛かりをエンデュミオンはとうとう掴んだ。

 エンデュミオンと甲也は追跡し続けて一年間――遂に神竜グランナージャを発見した。

 二人は臆する事なく神竜グランナージャに戦いを挑み、三日三晩休む事なく戦い続け四日目の朝、遂に神竜グランナージャを討伐せしめた。

 だがその直後、エンデュミオンは斃した神竜グランナージャを睨みつつ、愛用の武器である海蛇竜のハンマーを杖代わりに直立不動のまま息を引き取った。

 享年百十四歳――死因は老衰であった。


 討伐が終了した跡、ギルドの職員と共にエンデュミオンにとって大切な親友であり、傭兵マーセナリー狩人ハンター探索者シーカーの三種の職を纏め統一し支援する互助組織――トロイカギルドの頂点に君臨するギルド長ゼルが駆けつけた。

 その場に居た全員、偉大なハンターであり伝説であり英雄であったエンデュミオンの最後の姿を目にした途端、涙を流して追悼の祈りを捧げた。

 その後、ゼルのはからいで集められた神竜グランナージャを討伐した地区にあったトロイカギルドに所属するハンター達の手を借りて甲也はグランナージャの解体を行った。


 甲也はグランナージャ討伐の傷と疲れを癒やした後、ゼルにエンデュミオンの故郷であり甲也の故郷でもあるドラゴニア帝国帝都ドラグニルにゼルの姉でエンデュミオンの最愛の恋人が眠る墓にエンデュミオンの亡骸を埋葬する事、伝説にして英雄であった彼の最後の偉業を人々に知らしめる為に帝都ドラグニルにあるトロイカギルド支部に神竜グランナージャの頭を届けて展示する事を依頼され、甲也はそれを引き受けた。


 グランナージャの切り離された頭部を入れた巨大な箱とエンデュミオンの遺体を収めた棺に腐敗しいないよう魔法を掛け、ギルド長ゼルの用意した空飛ぶ乗り物――気球船に積み込みドラゴニル帝国の帝都ドラグニルを目指し出発した。


 だが甲也が帝都に到着した途端、まるで待ち構えていたように気球船の周りをドラゴニア帝国の兵士に囲まれてしまい、ジャガと言う将軍にエンデュミオンの棺と神竜の頭が入れられた箱を奪われてしまう。

 そして甲也は身ぐるみ剥がされ、パンツ一枚でドラゴニア城の独房に放り込まれたのだった。

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