第27話 晴れほろろ
「……ねえ、生きてる?」
最初に口を開いたのは真莉だった。のっそり体を仰向けにしてそう言うその声は掠れている。懐かしくも感じる静寂に、自身の掠れた声がいつもよりずっと大きく部屋に響いた気がした。
「……なん……とか」
灯護の声また掠れていた。未だに荒く息をついてはいるが、なんとか無事なようであった。
真莉がようやく安堵の息を吐く。
「勝った……んだよね?」
「まあ、たぶんね」
真莉は、灯護が苦しそうながらも少し笑ったような気配を感じた。
「もうすぐノアリーの救援が来るわ。それまでこうしてましょ……」
また二人の間に静寂が流れる。二人の息が整い始めたころに、真莉は再度口を開いた。その表情は少し浮かない。やはり彼女は彼を戦いに巻き込んだことに罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「ごめんなさい。巻き込んで」
「いいよ。全然」
本当に何でもないことのように彼は言った。
実際、本当に気にしていないのだろう。だが、本人がどう思っていようと、この宙ぶらりんの罪悪感は持っておかないといけない。彼の心を少し、こちら側へ染めてしまった罰として。
「……そんなに自分を責めないでよ」
体を起こし、背を扉に預けた灯護がそう言った。倒れる真莉にまるで手でも差し伸べているような優し気な物言いだった。
「確かに僕は流されやすいけど、こうしてあの場を切り抜けた今でも……あのとき言った言葉に、僕は少しも後悔してないよ」
それは結果論だ。とも、そんな慰めの言葉はいらないとも真莉は言わなかった。ただ彼女は静かに「ええ……」と答えた。いつの間にか彼女の浮かべる表情は和らいでおり、笑みさえ浮かべている。互いに知る由もないが、二人はこのとき確かに同じ表情をしていた。
「私、あなたのこと勘違いしてた」
「勘違い?」
「ええ。私が思ってるよりも……それにあなたが思ってるよりも、あなたって自分の意志がないわけじゃないわよ」
「え?そう……かな?」
真莉は軽く息を漏らす。
「だってそうじゃない。どれだけ人と同じ心になってもさ、あんなふうに頑固に手伝うって言わないって、普通。命もかかってるのにさ」
真莉に人の感情と共鳴してしまう感覚はわからない。ある意味これは無責任な言葉かもしれない。だがそれでもいい。互いに何を感じ、何を思うかなど、完全にわかることなどできない。それができるのは灯護だけだ。結局は自身で推し量ることでしか相手をわかってあげられない。所詮はわかったふり。真莉は特に他人からそんな態度を取られることを嫌った。けれど、人の心を受け取るのもまた心なのだ。結局放たれた言葉を受け取るのもまた心次第。
彼なら届く。
拙くとも、言い方が悪くとも。彼に伝わらない心はない。
窓の外を見たまま、真莉は続ける。
「あんたの本質は……お人よし、ってことよ」
「ハハ……」
返ってきたのは照れた笑いだけ。しかし、真莉はその反応だけで満足げな笑みを浮かべた。
曇り空が明け、ステンドグラスから差した鮮やかな光が二人を柔らかく照らし出していた。
と、和やかな空気が二人を包んだのも束の間。
「あのー、真莉さん。なんか、休んでも全然体力が回復しないというか……むしろ疲れてくんだけど……」
そう言う灯護は何か悪い予想がついているのか、ひきつった笑みを浮かべている。
対して真莉はわざとらしく窓の外を見つめる。
「あー、まあ……そうね。ほら、簡単だけど効果の高い魔術って、そのー……代償とか、ついてたりするのよねー」
「……それって、例えば?」
「えーと、例えば……受けたダメージとか疲労とかが後で来たり、強化したあとしばらく疲れ安くなるとか、かな!」
開き直った。
「そんな、酷い……」と灯護が口を開きかけたそのとき、後回しにしていた疲労や痛みが返ってきたのか、「ぐぎゃぎゃぎゃ……!」と奇妙な悲鳴をあげて彼は気絶してしまった。
そんなパートナーの無残な姿を見て思わず吹き出す悪女がここに一人。
「あはは……もー、締まらないわね」
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