第20話 真実

特別展を一通り見終え、二人はそのまま同階の常設展を見に行くことにする。


 常設展の二階はこの町の歴史に関する展示物が並べられていた。


 ここ流方市の歴史は深く、遡れば奈良時代まで追うことが出来る。


 真莉たちが足を踏み入れたのは、この町の生活文化推移をテーマにした展示室だった。安土・桃山時代に名を馳せた名工の刀剣や、鎌倉時代のころに書かれた鮮やかな屏風絵が、ほのかな照明に雄渾な輝きを返している。


 一風変わった展示としてはこの町の土着信仰に関するコーナーだ。古くよりこの町で信じられていたこの信仰は、川や湖を崇拝するものであったそうで、明治時代のはじまりごろまで活発に信仰されていたらしい。


 それらの信仰にまつわる資料や怪奇譚をまとめた書物が多く残っており、ここに展示されている。その土着信仰と関わる伝説はいくつもあり、この町の地名などの由来となっているものも多い。灯護も有名な話はいくつか知っている。


 土着信仰に関する展示物は、祭儀に使われていたとされる杖や、各伝説を描いた掛け軸、その伝説にでてきたものとされる儀式用の甕など多岐にわたる。


 が、それらを見る灯護の様子はどこかおかしい。その表情は浮かなく、展示物を見るたびに不思議そうに首をかしげていた。


「どうかした?」


「いや……うーん……。なんでだろう、すごく歴史を刻んだものなはずなのに……なんか、ほとんどのものから、あんまり人の思いを感じない……」


 さらに言うなら、とても直接は言えないが、真莉から伝わってくる感情のせいでもある。彼女は非常に退屈していた。


 灯護の言葉を聞いた真莉は、やっぱりかというように目を閉じて眉をあげる。


「まあそりゃそうでしょうね。だってここにあるものほとんど偽物だし」


「えぇっ⁉」


 思わず出た声が展示室に木霊する。


 慌てて口を閉じ、周囲を見るが幸いにも展示室には二人以外だれもいなかった。


 声を落として続ける。


「ど、どういうこと?」


「詳しい説明は省くけど、こういう単純に古いものや長い間人の思いが込められたものは、魔術的に強い意味を持つのよ。だからこういうもののほとんどは魔術師が買ってて、本物が一般人の目に触れることはほとんどないわ。あるとしたら、修正を受けて魔術的な価値がなくなったものくらいかしら。ここにあるのは、精巧なレプリカよ。こうなってるのはこの博物館に限らず、どこの博物館、資料館でもそうよ」


「ええ……」


 どうりで乗り気じゃなかったわけだ。偽物とわかっていて楽しめるはずもない。


「ま、ものは嘘でもそれに付随する話は嘘じゃないんだし、いいじゃない」


 上機嫌なせいか珍しく真莉がフォローしてくれるが、灯護の気は完全には晴れなかった。


 二人は大きな屏風絵の前に差し掛かる。


 この絵からはディザルマを感じる。真莉の言ったとおり、純粋な芸術作品は本物が展示されているらしい。赤いトカゲのような化け物と、それに対抗する大勢の武士と不思議な白い装束を纏った女性たちが描かれている。


 説明文を読むと、この町の古い伝説を描いたものらしい。


 かつてこの町の山に暴れ狂う赤い龍が現れた。山のような大きさの龍はやがて村に降りてきて、人々を蹂躙した。そこで当時近隣を治めていた武士は、この町の土着信仰の司祭に協力を仰ぎ、何千もの兵とで竜に戦いを挑んだ。最終的に一人の武士の奮闘と司祭の命を引き換えに龍は湖に封印したという。


 この町にある赤路川は、そのとき龍が通った通り道が川になったという伝説により名付けられている。


(あれ、湖……?封印……?)


 どこかと繋がりそうな話だ。


 真莉を見ると彼女は仕方なさそうに頷いた。


「ええ。それ、私の家の話。そこに出てくる司祭はうちの先祖よ」


「え、じゃあ龍っていうのは?」


「それも本当。言ったでしょ。ノアリーが来る前から私の一族はこの町に結界を張ってたって。それ、その赤い龍を封じる結界のことよ」


「はぁー……」


 灯護はため息とも感心ともつかない息を漏らした。


 知らない事実ばかりだ。それも降って湧いてきたものではなく、いままでそこにずっとあったのに、ただ知りえなかっただけの事実。


 自分は何も知らない。知りたいと思っていることさえも……。


「あのさ、一つ……訊いていいかな?」


 言葉を選ぶようなその物言いに、真莉は何かを察したのかその表情が真面目なものに変わる。


「……何?」


「兄さんが事故で死んだっていうのは……嘘なんじゃないかと思って……」


 兄が殺伐とした仕事をしていたと知ったときから、その疑問は持っていた。けれど訊けなかった。訊くのが怖かった。


 事故によって死んだと聞かされたとき、灯護は自身が八つ裂きになったような激しい心の痛みに駆られた。それを受け止めきるのさえ時間がかかったのだ。もし、新たな真実があったとして、それを知ればまたあの時と同じ苦しみを味わうかもしれない。


 だが、もう知らないままでいるのも嫌だった。


 灯護の目の奥には覚悟の火が灯っていた。


 真莉はその視線から逃げる。


 彼女が向けた視線の先には龍と戦う武士の絵がある。


 ついにこの時がきた。


 絵を見ていた時間は、彼女も覚悟を決める時間。ほとんど数秒の間のあと、灯護を見返した。


「……ええ。そうよ。彼は事故死なんかじゃない。彼は……」


 真莉は唾をのみ込み。自分の声が震えないように慎重に口を開いた。


 


「彼は、私が殺したの」

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