影に刺される

第18話 意外な一面という名の二面性

土曜はすぐにやってきた。


 天気はあいにくの曇り空。しかし、予報では雨は降らないそうなので、最悪ではない。


(なんか……妙なことになったわね)


 バスを降りて博物館へ行く道すがら、車道を過行く車を見ながら、ぼんやりと真莉はそんなことを思っていた。まさか灯護と一緒にでかけることになろうとは。


 人と遊びに行くなんていつ以来だろうか。学校では鋼鉄の副会長なんて恐れられてはいるが、彼女にもそれなりに友人はいる。しかし、そんな友人たちと遊びに行ったことは一度もない。


 真莉が魔術師として湖月の魔術を継承した四年前以来、休みと言えば魔術の勉強に費やしてきた。未熟な自分が許せなくて、とても遊んでいられる気分になれなかったのだ。


 そんな彼女がこうして人と一緒に博物館へ出かけている。好きな芸術家の作品を見るために、どちらかというとあまり好きでない少年と一緒に。


(ま、行くからには楽しむけどね)


 と、なんだかんだ彼女はウキウキである。なんなら、さっきからずっと無意識に鼻歌を歌うくらいには。


 真莉の格好もまたその気分の良さを表している。普段はボーイッシュな格好を好む彼女だが、今日はいつも高めに結んでいる髪を今日は首元で結んでおり、淡いピンクの上着と白いロングスカートと、どこぞの令嬢のようなただずまいとなっている。博物館にいくのなら、と学芸員のような恰好を目指したらしい。ノリノリである。


 普段の服装と、また彼女のイメージとも全く違うその恰好は、朝会ったとき灯護を唖然とさせたが、彼女はいたく上機嫌だ。


「そういえばあんた、能力の訓練はうまくいってる?」


「ああ、うん。それがやるほどにうまく使えるようになってきてね。湖月さんの言った通りだったよ」


 灯護のファッションは、やはり彼の性格に似つかわしくないややロック寄りのものだ。茶色のブーツに、ところどころに金属が光る青のジャケット。真莉からもらったお守り、アメジストのペンダントがいいアクセントになっている。真莉から見ればいかにも悠斗の影響を受けたとわかる服装である。ただ、大人しめの色でまとめて、綺麗な印象を受けさせるファッションになっているのは、そこに僅かな本人の意向を感じる。


「あら意外。もっと苦戦すると思ったけど」


 彼の物事の習得の早さは、周囲の経験に無意識のうちに共鳴しているがゆえだ。それゆえ、参考になる人間が周囲にいないこの訓練では苦戦すると見ていたのだが。今まで散々いろんなことを素早く習得してきたおかげで、全く参考にできる相手がいなくとも、能力に頼らず習得できるようになっているのかもしれない。


「ていうか、あんた共鳴キャン色彩バスのほうはコントロールしたいと思わないの?あんたそれでいろいろ悩んでるんでしょ」


 ふと湧いてきた疑問に対し、灯護はきょとんとした顔を返した。


「あ……そうか」


 思いつかなかったらしい。


 呆れた、という視線を向ける真莉に、灯護は自分の前で手を振りながら言葉を並べる。


「いや、ほら、自分の意志で操ってるものじゃないから、コントロールするっていう考えがなくてさ……」


「あー。まあわからないでもないわね」


 と、そこまで話したところで、灯護が神妙な顔つきで足元を見つめた。そして少しの沈黙を挟んで、彼が口を開く。


「……実を言うと、全くコントロールできないわけじゃないんだ」


「ん?」


「その……今より強くすることは、できるみたいなんだ」


 真莉が目を見張って灯護を見る。


「それは……」


「うん、やりたくない」


 いやが応にも他人の感情と共鳴してしまう灯護。無意識に共鳴してしまっている今でさえ、十分すぎるほど他人の影響を受けてしまう。そんな彼が自らの意志をもって、普通の人で言う「他人に共感しようとする」行為を行えば、彼は今以上に人と同じ感情になれるだろう。そして、今まで以上に自分を失うだろう。


 自我のない存在。それはもはや人間ではない。


 なんと危うい。


 真莉は隣を歩く少年に、ガラス細工のような脆さを感じた。彼はその気になれば、いやそうでなくともなにかの拍子に自分を失いうるのだ。そんな自分の心が常に綱渡りしてるような状況、怖くないはずがない。


「お互い大変だね」


 真莉の感情を感じたのだろう。彼は気遣うような笑みで、その話を終わらせた。

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