第13話 紫苑

「僕の能力を鍛えることって、できないかな?」


「はぁ?」


 全く予想していないかった言葉だった。灯護は続ける。


「僕が兄さんの能力を持ってるって話は今朝したよね。この能力、もともと弱い能力だったけど……兄さんが死んでから、もっと弱くなってきてるんだ。このままだといつか消えてしまうかもしれない」


「……それが嫌だから、鍛えたいって?」


「うん。この能力が消えてしまうのは……なんていうか、僕の中から兄さんがいなくなるみたいで、嫌なんだ。なんとかできないかな?」


 真剣な瞳で灯護が真莉を見据える。その瞳の純粋さを直視できなくて、真莉は思わず目を逸らしたくなった。目をそむけたくなるようなことばかりの歪理者ヴァニタス側の世界に、こんな目で向き合ってくる彼の無垢さは、真莉にとって毒のように感じる。だが、それは彼には関係のないことだ。いや、彼にはこの真莉が感じている毒も共鳴で感じられているのだろうか。


 真莉はいかにもなんでもなさそうに肩を竦める。


「一般的なアドバイスくらいでいいのなら……。私、超能力の研究者とかじゃないから詳しいことはわかんないし」


「あ、そういうものなの?てっきり魔術と似たようなものなのかと……」


「世界の理に反したことをする、って意味では魔術も超能力も同じだけど、詳しい仕組みとかは、そりゃあ違ってくるわよ。物理と化学が同じ、『理科』って分類にされてるようなもんよ」


「なるほど……」


「まあでも大丈夫よ。たぶんそんな深いアドバイスなんてしなくても大丈夫だとおもうし」


「え、ホント?」


 灯護の表情に笑みが差す。人の感情を共鳴キャン色彩バスに頼って感じ取っている弊害なのか、彼の表情は結構その感情に素直だ。


 真莉も小さく笑みを浮かべる。


「まずはだけど、あなた悠斗さんの能力、『情愛の糸アンビバレンキネシス』についてどこまで知ってる?」


「え、どこまでって……」


 改めて問われてみるとよくわかっていなかったようで、彼の眉が下がった。


「えっと、兄さんには、長く持っていたものや、愛着を持ってるものが操作できる……って説明されたけど……」


 実際、灯護は長い間持っているキーホルダーや、愛着があるCDなどは動かせるが、初めて見たものやずっと近くにあっても気にも留めていなかったものなどは全く動かせない。


「まあそうね。概ね合ってるわ。でももっと正確に言うなら、その能力は、『ものに込められた自身のディザルマを運動エネルギーへ変換する能力』っていう感じになるわね」


「ものに込める……?」


「そう。人の思いとかがディザルマっていう根源要素によってできてるって話覚えてる?その思いディザルマっていうのは、何も人間の体の中だけにいつも収まりきってるわけじゃないのよ。ずっと持っていたり、思い入れがあるものには、その本人の思いディザルマが映るのよ。サイコメトラーとかは、この物に込められた記憶や思いを読み取ってるのよね」


 灯護がコクコクと真剣に頷く。


「あなたの場合は、この自分の込めた思いを、運動エネルギーに変換、つまりは動かすことができるってわけね。ディザルマも有限だから、動かすほどにそのものに込められた思いが消費されて、込めたディザルマがゼロになれば動かせなくなる……」


「なるほど……」


 灯護の視線が虚空を彷徨う。きっと今得た情報を過去の自分の経験と照らし合わせて納得しているのだろう。仕組みを知るだけでも習得の助けになる。


 そしてもう一つ。


「で、たぶん能力が弱くなってるのは、単純にあなたのディザルマたましいが共鳴していたお兄さんと接触しなくなったことで、共鳴が弱くなってきているせいじゃないかしら。それによる能力の劣化を防げるかどうかは、共鳴キャン色彩バスのほうを詳しく調べないとわからないことだけど……すくなくとも、普通の能力でも使わないと弱くなっていくから、単純に能力を使う訓練を重ねれば進行を遅らせることくらいはできるかもしれないわ」


「訓練かぁ……、じゃあ、とりあえずいろんなものを動かしてみようかな」


「そうしたら?あ、使うなら、あれ使ってみなさい」


 そう言って真莉が指さしたのは、棚の上に飾られていた一本のナイフだ。変わった見た目をしており、刀身から柄まで赤い半透明な素材でできている。ガラス細工なのだろうか。刃渡り一五センチほどもあり、こんなロックな雰囲気の部屋でもなければ、やや物騒な飾りである。


「あれ、悠斗さんが仕事で使っていたものよ。ノアリーの技術を詰め込んだ特注品で、ディザルマが込めやすいようになってるから」


 悠斗はエージェントの中でも荒事に立ち会うことの多い役職だった。そのため、彼は戦闘に能力を使用するために、あのナイフを常に持ち歩き、必要とあらば能力で複数操作して戦った。


「そうだったんだ……」


 ずっと家にあったものがそんなものだったとは、と驚く。


「でも、あのナイフには、僕の思いはこもってないんじゃない?」


「だから、ものに思いを込めるっていう感覚の訓練もするのよ。それがわかれば、好きな物に思いを込めて動かすことができるようになるし。いちいち訓練のために長いこと物を持つのも面倒でしょ」


「そっか……。じゃあ、うん、そうするよ。忙しいのに、ごめ――あ、」


 しまったと口を閉じる灯護であったが、またも「ごめん」と言おうとしてしまったことは明白である。


 仕方なさそうに肩を竦めた。


「素直にありがとうでいいっての」


「うん。ありがとう。湖月さん」


 こうして、日に一度灯護は、兄のナイフを動かす能力訓練を行うことになった。


 そして、一つ屋根の下で超能力者が魔女に守られる生活が始まった。

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