魔法使いのいる日常

第12話 キンセンカ

 同日夜。真莉は灯護の家にてキーボードを叩いていた。タブレット端末と持ち運び用の折り畳みキーボードを展開し、難しい顔で指を走らせている。書いているのはノアリーへの報告書。これが終わった後には学校の宿題が待っている。どんなに忙しくても、どちらもちゃんとやらなきゃいけない。学生と魔術師の二重生活の辛いところだ。


 とはいえ、真莉はこの大変さに音を上げることはおろか、文句の一切はない。なぜなら、この生活は自分が歩むと決めた道であり、この大変さもまた、自分の意志で選んだことの延長だと彼女は思っているからだ。それに対して不満や文句を抱くことは、彼女にとって自分の人生の否定と同じであった。


 彼女が滞在している間の部屋としてあてがわれたのは、今は亡き灯護の兄、悠斗の部屋であった。彼が亡くなってもう五年が経つが、定期的に掃除されているのだろう、埃っぽさはどこにもない。


 その部屋は。ピアスやシルバーアクセサリーなど、ロック系のちょっとワルそうな恰好を好んだ彼らしいものになっている。壁にかけられたコルクボードには、髑髏や十字架をあしらったペンダントがいくつもピン止めされており、オシャレなインテリアとなっていた。同様にして彼がよくつけていた指輪も綺麗に箱に収められている状態で壁に立てかけられている。また、ヴィンテージものであろう皮ジャンまで自慢げに壁にかかっている。


 本棚に収められている本にはファッション雑誌などが多い一方で、これらの雰囲気とはまたく毛色の異なる推理小説が並んでおり、彼の意外な一面が伺える。


 日ノ崎悠斗は所謂チャラい恰好を好む割には、その実言動はわりと真面目な青年だった。その見た目と中身のギャップに唯花はいつも笑っていたし、真莉も少なからず好感を抱いていた。ノアリーのエージェントだった彼と交流した記憶を思い出し、真莉の口元に悲しげな笑みが浮かぶ。


 灯護がおとなしい性格のわりに、ファッションは意外と格好良くキメているのは、兄の影響が大きいのだろう。


 そんなことを考えながら、宿題を進める自分の手が止まっていることに気付く。これで何度目だろう。


 故人の部屋へ通されるとは、思いもよらなかったが、しかし他に寝泊まりできる部屋がないというのでは仕方のないことだろう。掃除は行き届いているので、そういった面での不満は一切ないが、しかし、使われていない部屋特有のもの悲しさや、残された雑誌の発行年月から臭ってくる彼の死の事実は、どうしても感じざるをえない。


 そして……、


(結構クるな……これ……)


 無意識に彼女は腕の中に顔をうずめた。


 こうして悠斗の死と、そして生の痕跡を見てしまうのは、彼女にとって思いのほか辛いものであった。


 


 なぜなら、日ノ崎 悠斗は自分が殺したのだから。


 


 と、部屋にノックの音が響く。真莉はハッとして顔をあげた。


 扉の向こうからくぐもった灯護の声がする。


「湖月さん。ちょっといいかな」


「……どうぞ」


 部屋を貸している側だというのに遠慮がちに灯護は部屋へと入ってきた。


 その頼りない仕草に、なんとなくムッとしてしまう。なぜか彼の言動には、ことさらに彼女の心が逆なでされるのだ。誰の頼みも断れず、誰の意見にも賛同してしまうような、人に流されてしまう生き方や姿勢。それが共鳴キャン能力バスのせいだとわかっても、そもそも自分の能力に振り回されているというところがやはり真莉には気に食わない。が、それでもここまで目くじらを立ててしまうというのは……、


(もう根本的に相性が悪いのかしらね、私たち……)


 自嘲気味に真莉は心の中で呟く。


 真莉は座ったまま体の向きを変え、灯護と向き合った。


「何か用?」


 苛立ち表に出さないよう平静を装った声だったが、しかし、灯護には共鳴キャン能力バスで彼女の感情は伝わってしまっているだろうと気付き、真莉は内心舌打ちする。こういったやりずらさも、彼女の苛立ちの一つだろう。


 灯護の目には、いつになく真剣な光が宿っていた。その表情を見て真莉は眉をあげる。


「ちょっとお願いがあるんだ」


「お願い?」


 灯護は真莉の前に来ると、ゆっくりと腰を下ろした。


「僕の能力を鍛えることって、できないかな?」

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