第9話 情けは人のためならず
仕事は本当に普通の生徒会の仕事と同じものだった。
今日の仕事は投書箱に投函された生徒の要望への対応数件と、先日体育倉庫が壊れた際に移動させた備品の整理だ。
活動の説明がてら真莉は灯護を同行させていたのだが、その灯護が思いのほか活躍を見せた。
いろんな部活に助っ人に行っているがゆえに顔が広い灯護は、直接生徒と話をつけなければいけないタイプの案件で、話をスムーズに進めることができた。また、彼の
もともと彼をあまりいい目で見ていなかった真莉だが、そんな彼女でも仕事を共にするうちに、こう思わざるを得なくなった。
《こいつ……めっちゃ便利……!)
確かに誰もかれもが彼を頼るのが頷ける。それでも「便利」という感想を抱くのはいかにも真莉らしいが……。彼に生徒会の手伝いをさせるのは、監視の隠れ蓑程度にしか思っていなかった彼女は、思わぬ収穫に喜んだ。今後大変なときにまた手伝わせたせようかとすら考える。
「……あの、僕を見る真莉さんの目が、助っ人を頼む人と同じになっているように見えるんだけど……」
全ての仕事を終え、再び戻ってきた生徒会室は、来た時よりもずっと夕の色が増している。灯護の指摘にハッとして真莉は咳ばらいをする。
「なわけないでしょ。あくまであんたを守るついでに手伝わせてるだけなんだから」
えぇーほんとかなぁ、という視線を向けてくる灯護を真莉は一睨みした。
「まあ、こんな感じで、明日からも毎日手伝ってもらうから。いい?」
「いい?」と訊いておいてその実イエス以外の答えを許さない言葉だ。もとより灯護にここでイエスと答える以外の選択肢はない……と真莉は思っていたのだが、
「え、毎日?あー、えっと……、うーん」
対する灯護の返答は非常に歯切れの悪いものだった。
真莉は思わず目を細め、怪訝な表情になった。これまでの事情を鑑みても彼に断る理由はないはずだし、彼もそれをわかっているはずだ。それなのにこれは一体どうしたことか。
「何?」
ハッキリしないのは嫌いだ。苛立ちを隠さない真莉の言葉に灯護はなおも躊躇ったあと、小さな声で、こう答えた。
「その、僕……バイトやってって……」
「……」
真莉の目が一層細められる。その目が示す感情は怪訝さから、剣呑さへと移行する。
この私立栄方高校、アルバイトは原則禁止である。バレればそれなりの処分は免れない、だれかと問われれば先生や生徒会役員に……。
成り行き上仕方がないとはいえ鋼鉄の副会長へ自らアルバイトをしていることを告白することになった灯護は冷や汗まみれである。真莉の苛立ちも感じ取っているのだろう。
「理由は?」
「そ、その、僕の家両親がいなくて……。両親と、あと兄さんが遺してくれたお金で普通に生活するには十分なんだけど、大学に行こうとなると、ちょっと厳しそうでさ……。それで、春奈もいるし、少しは足しにならないかって……」
「……」
彼が何の部活も所属しなかったのはこういうわけだったのか。きっと今までも断れない性格ながらにも苦心しつつバイトの日は頼み事を断っていたのだろう。
真莉は目を閉じて天井を仰ぐ。その様子をまさに審判を待つかのように灯護が見守る。
窓の外を一羽のカラスが通り過ぎた。
「まあ、いいわ。見なかったことにしてあげる。うちの手伝いもバイトが入っていないときでいいから」
「え?いいの?」
「仕方ないでしょ。そもそも、私が侵入者を許さなければ、こうしてあなたの秘密がばれることともなかったわけだし。今回の件が関係することで、あなた日常が侵害されるのなら、それも含めてあたしの責任よ。あなたは今までどおりでいていいわ。行きと帰りは私が一緒に行くから勝手にいかないようにね」
「あ、ありがとう。ごめん……」
「謝らないで。……なんにせよ、今日のところはこれで終わりよ。じゃ、行きましょうか」
「お姉さんのところだよね?でも、どうして?」
生徒会室を後にした真莉に灯護はついていく。廊下に響く二人の足音。どこか遠くから、ランニングの掛け声が木霊している。
「保険を掛けるためよ」
「保険?」
「私の家、湖月家はね、今はノアリーと協力関係でこの町の管理をしてるけど、ノアリーが来るずーっと昔から、この町にいた由緒ある家系なのよ。とある事情で、何百年も前からこの町に結界を張り続けてる」
直接的な質問の答えではないが、また説明が必要なことなのだろうと、灯護は黙った。
「ノアリーはその湖月家の強力な結界に目をつけて、私たちに協力を申し出たのよ。うちの結界を使って、この町に異能者の保護区を作らせてくれってね。もちろんこっちにもメリットがある条件付きでね。で、私の爺さんがそれを承諾。以来湖月家の結界は、本来の用途に加えて、この町の防衛機能も果たすようになったのよ」
「へぇ」
「で、私の姉がその結界の管理人なのよ。その姉に、あんたに万が一のことが起きないように、あんたをこの結界の中でも特別待遇で守ってもらうようにお願いしに行くのよ。私だって四六時中あんたと一緒にいれるわけでもないし、そうじゃなくても隙を突かれてもしものことがあったら困るから」
「ああ、それで保険……」
「そういうこと」
「なんか……ありがとう。そこまでして守ってくれて……」
と、灯護の素直な心中の吐露を、真莉は跳ねつける。
「あんたのためじゃないから。ここの住民を守るのは仕事だし、それにこうなったのは、侵入を許した私のミスよ。これはそのとるべき責任」
お礼を言われただけで、この対応とは我ながら厳しすぎると真莉は自分でそう思った。どうしても彼に対してはあたりが強くなってしまう。これから侵入者を追い出すまでちゃんとやっていけるだろうか。
隣を見ると、窓の外へ視線を向ける灯護の目に暗くなりつつある空の色が映っている。どうやら彼も同じことを考えているようだ。
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