第3章 第1話 女子高生はじめました その4
苦難とも言える質問攻めにあいながらも、どうにか無事、初日の放課後を迎える事ができた龍二たちは、揃って学校を後にした。
一緒に帰ろうと他の生徒に誘われなかったのは、奇跡的と言える。
どちらかと言えば話しかけやすい雰囲気を持つうてなだったが、放課後になると同時に、自ら一緒に帰ろうと龍二を誘った。
あまりにも普通すぎる誘い方に、クラスメイトたちも呆気に取られていた。当の龍二もそうだった。
唯一平然とそこに加わったのが、深月だった。
結果的に三人は、特に問題もなく帰路につくことができたのだ。
「なんか、不思議な感じがする。こうして三人で帰る日がくるなんて」
左右から挟み込まれるかたちで歩くのは若干落ち着かないが、龍二の抗議に耳を貸す二人ではない。護衛対象なのだから真ん中を歩くのが当然だと言われれば、頷くしかない。
「ホントに。なんで私まで……」
他愛のない会話をしながら、安藤家から最寄りの駅前に辿り着く。
ここに来るまでの会話は、もっぱら龍二とうてなの二人でかわされていた。
深月は常に周囲を警戒しているのか、鋭い視線をそこかしこに向けつつ、時折携帯端末でなにかを確認していた。
バックアップであるうてなが一緒に行動をしているため、以前よりも警戒度を高めているのかもしれない。
「にしても、明日からコンビニで買う量、増やさないとなぁ」
「え? 今日よりも?」
「そりゃあそうでしょ。お昼だけならあれくらいでいいけどさ、ほら、早弁用も必要じゃん?」
「いらないでしょ」
ありえない事を真顔で言ううてなに、龍二はノータイムでツッコミを入れた。伊達に夏休みの間、彼女と行動を共にしてはいない。驚いたりするよりも、なんでさとツッコミを入れられる境地に達していた。
「いやいるでしょ。早弁は学生の嗜みみたいなもんだし。授業中にお腹が鳴ったら恥ずかしいし、腹ペコキャラみたいになっちゃうじゃん」
「うーん。お腹が鳴るとか以前に、アホみたいにバカ食いする姿を見られるところを恥じらうべきじゃないかな?」
「ハハ、知らないんだ? よく食べる女子はモテるんだぞ?」
「うん、たぶんそれ、限度があるよね」
言い分に絶対的な自信を持つうてなは、龍二の言葉を鼻で笑う。
なぜそこまで自信を持てるのかと問いたい気持ちを抑え、龍二はひっそりとため息をつく。
魔力の補給に大量の食事が必要だと聞いてはいるが、日常的にたくさん食べている姿を見ていると、それだけではないように思えてくる。
食事をしている時のうてなが楽しそうに見えるのも、そう思わせる要因だろう。
「人目につくところでは控えなさい」
ここまで相槌を打つだけだった深月が、顔を上げてうてなに釘を刺した。周囲の安全が確保できているのか、携帯もポケットに収めている。
「別にいいじゃん」
「食べるのは構わない。でもそうするのなら人目につかないよう、隠れて食べなさいと言っているの。女子高生らしい偽装を忘れないで」
「……女子高生、早弁しない?」
助けを求めるような視線を向けてくるうてなに、龍二は困った笑みを浮かべる。
「なくはないけど、まぁ……どっちかって言うと、体重を気にするのが一般的じゃないかな。ダイエット的な」
龍二も詳しくはないが、運動部に所属している女子で、朝練などがあった場合に早弁をしていた事はあったように思う。
龍二の周囲にはいなかったというだけで、果たしてどちらが一般的かはわからないが。
一番近しい女性といえば安藤奏になるが、自宅ですら体重を気にしたりしている彼女が、早弁などをしていたとは考えにくい。
「じゃあ私、運動部に入ろっかなぁ。それなら偽装としてもアリでしょ」
「早弁を正当化するために運動部に入る? あなた、正気?」
「なんだと?」
本気を通り越して正気を疑われたうてなは、心外だとばかりに眉を吊り上げる。
深月は心底呆れているのか、軽く眉間を揉み解していた。
「そもそも、三年生はもうみんな引退してるよ」
「なんてこった……」
望みを絶たれたうてなは、がっくりと肩を落とした。そこまでして早弁に拘る様子を見ていると、食欲が旺盛なのは彼女が元来持つ性質ではないのかと思えてくる。
「他の生徒や教師に気づかれなければ、構わないと言っているでしょう」
「休み時間のたびに屋上行けってこと? めんどくさ」
「人目につかないのなら、屋上でなくとも構わないわ。たとえば、トイレの個室とか」
「トイレ、トイレかぁ……うーん」
さすがにそれはうてなとしても遠慮したいのか、真剣な顔で悩み始める。龍二としては休み時間のたびに食べるつもりなのかと、そちらの方が気になってしまっていた。
「ついでだからもう一つ。授業中の態度を少しは改めなさい。あなたが戦う相手は睡魔ではないでしょう?」
午前の授業から危うい様子はあったが、食後となる午後は目に余るものがあったのだろう。机に頭を打ち付けなかったのが奇跡と言えるほど、ヒヤヒヤする光景だった。
「私もね、できればそうしたいんだけど、ねぇ」
本人も自覚はあるらしく、歯切れが悪い。
「襲撃を警戒して集中できないのならまだしも、あれでは困るわ」
「だってさぁ、ぶっちゃけた話、私の将来に役立つ勉強、皆無なんだもん」
「そうとも限らないでしょう。魔力と拳で解決できる問題は、限られているのだから」
「……久良屋ってさ、私のこと、なんだと思ってるわけ?」
「察しなさい」
半眼でねめつけるうてなに、深月は眉一つ動かさずに答える。
二人の会話に割って入るべきか否かを考え、龍二は不介入を選択した。
どちらの味方をするにせよ、もう片方を納得させる事などできるわけがない。
うてなも深月をじっとりと見るだけで、それ以上の口答えをするつもりはない。
それどころか、授業の話題はそれきりだと言いたげに携帯を取り出し、なにかを探すように周囲を見回し始めた。
うてなの目当ては、すぐに見つかった。
「ねぇねぇ、あの店、寄っていこ」
そう言ってうてなが指差した先には、真新しい外観の店舗があった。
その外観と漂ってくる甘い匂いから、スイーツ系の店だという事がわかる。
「あんな店、あったっけ?」
「本日開店。前から目、つけてたんだよねぇ」
嬉々として答えるうてなに、龍二はなるほどと頷く。
学校からここまで来るのに、やたらと携帯を弄っていたのは、この店に関する情報を集めていたからに違いない。
おそらく、期待通りかそれ以上の評判だったのだろう。うてなの表情を見ればわかる。
「まさか、寄り道厳禁とは言いますまい?」
「…………」
うてなの問いかけに深月は答えず、代わりに龍二へと視線を投げた。決定権を委ねる、という事だろう。
当然、うてなの視線も龍二へと向けられる。
その期待と威圧の入り混じった視線に、龍二は苦笑しつつ頷く。
「テイクアウト、あるかな?」
「あるある。好きなだけお姉さまに貢いで差し上げたまえ」
我が意を得たりと上機嫌になったうてなに先導される形で、龍二と深月も店に入る。
うてなは子供のように目を輝かせてメニューを眺め、全てを網羅した場合の料金を計算し始める。
その豪快すぎる購買意欲にツッコミを入れつつ、龍二は店内の装飾を眺めて感嘆のため息を漏らしていた。
二人の背中を一歩後ろから深月は眺め、小さくため息をついた。
事情を知らない周囲から見れば、仲の良い友人同士が放課後に寄り道をしているように見えるのだろう。
当事者でなければ、深月もそう判断する。
生徒として潜入するのが深月だけだったなら、こんな風に寄り道を提案したりはしない。
龍二が望むのであれば、必要性と安全性を考慮して立ち寄る事もあったかもしれないが、護衛である深月から誘う、などという事はあり得ない。
「ほら、久良屋も選びなよ。せっかくなんだしさ」
うてなの自由すぎる振る舞いには困ったものだと、これ見よがしにため息をつきたくなる。
「私は別に」
「またそんなつまらないこと言って。それらしく振る舞えって言ったの、久良屋でしょ? もっとこう、女子高生していこ?」
本当に困ったものだが、それらしい振る舞いを求めたのは事実だった。
「……わかったわ」
断ろうと思えば断れるし、うてなが大量に買い込むであろう事はわかりきっている。深月まで付き合って注文する必要はないだろうが、彼女は頷く事を選択した。
渋々ながら受け入れた深月を見ていた龍二が、なぜか嬉しそうに頬を綻ばせている。
理由は、それだった。
空気を読んだ、とはまた違う。
彼が日常を少しでも感じられるのなら、と思ってしまったのだ。
うてなに腕を引っ張られ、メニューに視線を落とす。
これではまるで、普通の学生のようだ。
そんなわけがない事は誰よりも知っているのに、バカらしい。
どこか冷めた感情を奥底に隠しながら、深月は二人に調子を合わせた。
「よし、投稿完了」
龍二を安藤家まで送り届け、作戦基地に戻ってきたうてなは、満足げに頷いて携帯端末をテーブルに置いた。
一足先に戻っていた深月は、監視用のモニターから視線を外し、うてなをちらりと見やる。
「うん? なに?」
その視線に気づいたうてなは、制服のリボンを外しながら小首を傾げる。
「随分と気に入ったようね」
「あぁ、あの店? そりゃあ気に入るでしょ。ポイントカードもあるし、しばらくはあの店が生きがいになりそう。ネットでレビューとかしたの初めてだよ」
ある意味、うてなには自分以上に一般社会に順応している部分があると、深月は内心認めていた。
任務で指示でもされない限り、自分はそんな風に一般的な行動は取れない。
うてなの場合は、順応しすぎている部分がある事も否めないが。
「なら、それを生きがいに学校のほうもしっかりとしてくれる?」
「あー、うん。ま、期待に沿えるようにはしますよ、はい」
「意外ね。もう少し駄々をこねるものかと思っていたのに」
「正直、なんで私までって思うよ? でも、こうなったらどうしようもないし。だったらまぁ、楽しめるようにするしかないじゃん」
冷蔵庫から飲み物を取り出して口をつけたうてなは、そう言って肩を竦める。その表情は満更でもないと言いたげだった。
「だとしても、やっぱり意外ね。あなたはあまり、コミュニケーションが得意なタイプではないと思っていたから」
「ん、そう?」
「えぇ」
そこに深月自身の先入観があった事は否めない。神無城うてなは異邦人であり、これまではあまり他人や俗世と関わる事がなかったからだ。
同世代との会話すら、そう多くはなかったはずだ。
そういう意味では、安藤龍二と深月の二人が彼女にとって、初めて知人、もしくは友人と呼べる存在なのかもしれない。
そんな生い立ちであるうてなが、数十、数百という同世代がいる学校という空間に身を置くのだ。潜入云々以前の問題として、クラスメイトと接する事ができるのかすら、深月は危ぶんでいた。
だがそれは、杞憂に終わった。
「ま、自分でもちょっと意外だったけどね」
飲み物を手にしたままソファに身を預けたうてなは、その時の心境を思い出して頬を緩める。
「なんだろう。あいつと夏休み、遊んでたからかな。普通ってやつがさ、身近に感じられたって言うか。だからクラスメイトと話すときも、全然緊張とかしなくて」
転校生という事で一日中注目を集めていたうてなは、彼女が言う通り、ごく普通にクラスメイトとコミュニケーションを取れていた。
多少ズレているところはあるものの、違和感を与えるほどではない。
話しかけられれば臆さず応え、興味のある話題であれば逆に質問するほどだった。
男女分け隔てなく、誰とでも話す事ができる。
まさか、あの神無城うてなにそんな事ができるとは、思っていなかった。
いや、以前の彼女であれば、今日のようには振る舞えなかったのではないかと思う。
彼女が、変わったのだ。
漠然と感じていたものが、はっきりした。
あの魔術師との事件をきっかけにして、神無城うてなは少し変わった。
どこか吹っ切れたような印象を、深月は久しぶりに再会してから抱いていた。
彼女の中で、なにか大きな変化があったのだ。
それがどんな変化なのかはわからないが、間違いない。
「って言うか、私だけムスッとしてるわけにはいかないでしょ」
「別に、クラスメイトとまで仲良くする必要はないわよ。任務に支障をきたさない範囲であれば――」
「じゃなくてさ。あいつと久良屋の知り合いって設定なのに、私だけ浮いてる感じになるのはやっぱヘンでしょって話」
「……なぜ?」
「だって、久良屋も結構、楽しんでるでしょ?」
虚を突くようなうてなの言葉に、深月は一瞬思考が停止し、瞬きを繰り返した。
――楽しんで、いる?
うてなに指摘された言葉を理解し、自分自身に照らし合わせて、困惑する。
「…………なぜ、そう思うの?」
「私にはそう見えただけっつーか。うーん、なぜ、と言われると……」
腕組みをしながら天井を見上げ、うてなは考える。
「ほら、夏休み前の報告書、あったでしょ? 一応あれ、読んでたから。その時に感じたイメージより、全然溶け込んでるじゃんって思って」
スカートだという事を完全に忘れているうてなは、ソファの上で胡坐をかく。
「だからさ、久良屋も意外と女子高生、普通にやれてるよって、私は思うよ」
屈託のない笑みを浮かべるうてなの言葉に、深月は気の抜けた返事をする。
行儀の悪さを指摘する事すら忘れて、視線をパソコンのモニターへと戻した。
「っと、着替えてこよ。しばらくよろしくね」
「……えぇ」
内心、深月が動揺している事には気づかず、うてなは部屋を後にする。
一人になった深月は、大きく息を吸い、吐いた。
自身がなにに動揺しているのかすらわからないまま、ただ落ち着くようにと、深呼吸を繰り返した。
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