第3章 第1話 女子高生はじめました その3
二人より先に食事を終えた深月は、手早くゴミをまとめてペットボトルに口をつける。
先ほどから感じていた引っ掛かりの輪郭が、はっきりと見えてきた。
「ところで、一つ確認してもいいかしら?」
まだ若干の気まずさを残している二人に向け、深月は質問を投げかける。
「あなたたち、随分と打ち解けているようだけど……もしかして夏休みの間、親睦を深めていたの?」
質問という形式を取ってはいるが、それはすでに確認と言っても差し支えがない。
二人の会話を聞いていて引っかかった、ある一点。
「この前遊んだ、と言っていたわね? 私の聞き間違いでなければ、だけど」
龍二とうてなは顔を見合わせ、頷く。深月が言う通りで間違いはない、と。
特別隠していたわけでも、なにか問題があるとも思ってはいない。
「それは、どこで?」
「どこってそりゃあ、家で」
もぐもぐとおにぎりを咀嚼しながら、うてなは当然のように答えた。
それを聞いた深月の眉が、僅かに吊り上がる。龍二はその変化に気づくと同時に、その問題点にも気づいて、しまったという顔をする。
ただ一人うてなだけは気づかず、次のおにぎりへと手を伸ばしていた。
「つまりあなたは、極秘の作戦基地であるあの家に彼を招いたと?」
「極秘って言ってもさ、別に初めてじゃないんだし、気にするほどじゃないでしょ」
「そんなわけがないでしょう。緊急時ならともかく、頻繁に彼が出入りしていたら極秘施設の意味がないじゃない」
「頻繁ってほどでもないよ。ね?」
「え? あぁ、うん。どうかな?」
正直、話を振って欲しくはない龍二は、曖昧に答えて愛想笑いを浮かべる。
何度も遊びに行っている前提になっている事が、龍二に強い危機感を抱かせていた。
深月がかまをかけたような形になるが、うてなは一切気づいていない。というより、それが悪い事だという意識がそもそもにしてないのだ。
「心配しなくても、地下の施設には入れてないから大丈夫。それくらいは私でもわかってるって」
「そんなのは当たり前の話でしょうに」
気楽に考えているうてなとは対照的に、深月は眉間を揉み解す。
治療中に受けていた定時報告の『問題なし。本日も平和なり』という言葉を、もっと疑うべきだったと後悔する。
もし知っていれば、間違いなく釘を刺していただろうし、龍二にもその旨を伝えられただろう。
「難しく考えすぎだって、久良屋は。って言うか、モニター越しに監視するよりもはるかに安全でしょ、一緒にいるほうが」
「えぇ、一理あるわね。でもだからと言って、護衛対象と遊ぶ必要がどこにあるの?」
「私、気付いちゃったんだよね。一人でゲームするより、一緒にするほうが楽しいって。やっぱりあれだよね、ネット対戦とはまた違う楽しさがあるよね、うんうん」
おかげで充実した夏休みだったとでも言いたげに、うてなは満足げな笑みで頷く。
龍二はなんとも言えない深月への申し訳なさに、顔を覆っていた。
彼も夏休み中、うてなと遊ぶ時間が楽しかった事は否定できないのだ。
問題あるような気が若干していたのも確かだが、あまり深く考えようとはしなかった。
うてなに誘われて一緒にゲームをするのも、龍二が好む映画を一緒に鑑賞するのも、楽しかったのだ。
ごくありふれた友人とすごす時間が、懐かしくもあった。
「ごめん。やっぱりよくなかったよね」
考えるまでもない。危機感があるのなら、わかる事だった。
「そうね。護衛対象であるあなたにも、自覚して貰わないと困るわ」
「だよね。本当にごめん」
真剣な深月の視線を受け止め、龍二は真っ直ぐに見つめ返して謝罪する。横で見ていたうてなは、気まずそうに目を逸らしていた。
深月が正論を言っているのは理解できるが、納得はできていないようだ。
「それを忘れずにいてくれるのなら、構わないわ。実際、一緒にいるのが一番安全というのも、間違いではないから。特に夏休みの後半は、私もいなかったし」
そういう意味での責任は自分にもあると、深月は目を伏せる。
「……あぁもう! わかった! 私が迂闊すぎでした!」
さすがに居たたまれなくなったうてなが、降参とばかりに両手を上げる。
龍二を呼び出していたのは主にうてなであり、護衛という任務に個人的な娯楽を抱き合わせていた事は、否定のしようがない。
この状況でも非を認めずにいられるほど、うてなは無責任ではなかった。
「やっと退屈しのぎが見つかったと思ったのに……ま、仕方ないか」
残念そうにため息をつきながら、うてなは最後の菓子パンを一口で平らげる。
「今後は、相談しなさい」
「え、うそ? じゃあいいの?」
「目に余る頻度でなければ、よ」
意外すぎる譲歩に、うてなは目を輝かせる。龍二も意外だったのか、少し目を見開いていた。
深月自身も、なぜ認める気になったのか、わからなかった。
必要以上に親睦を深める必要はないと理解しているが、そうしたいと思ううてなの感情も理解できる。
龍二の精神面においても、悪くはないはずだ。
施設の所在を知られるリスクを考慮しても、十分に許容できる範囲だと判断できる。
それらしい言い分は、他にも考えられる。
だが本心は、どうだろうか。
楽しそうな二人の様子を見て、なにかが胸の奥でざわついた。
言葉にできるようで、できないなにか。
明確な言葉に当てはめてしまうのは危険な気がして、深月は思考に蓋をした。
「じゃあ、今度は久良屋も一緒に遊ぼうよ」
「私まで一緒にやる必要はないでしょう」
「大丈夫だって。ちゃんと初心者相手には手加減するし」
挑発しているつもりも悪意もないうてなの言葉に、深月の眉がぴくりと動く。が、特になにかを言うでもなく、沈黙を選んだ。
「それにしてもさぁ、授業ってホント眠くなるよねぇ」
龍二の弁当箱からおかずを頂きつつ、うてなは肩を揉み解す。
後ろから見ていた龍二と深月は知っている。うてなが午前の授業中、何度となく眠りに落ちかけていた事を。
いつ開き直って机に突っ伏すのかと龍二は心配していたが、そこについては任務という意識があるのか、うてなはどうにか睡魔に抗っていた。
腹を満たした午後の授業でもそれが続くかは、非常に怪しいものだが。
「ねぇ、久良屋はなんか聞いてないの? これじゃあバックアップの意味ないでしょ」
「特には。そういう指令が出たという事は、なにかしらの考えがあるのでしょう」
「増員するならするでさぁ、私は裏方で良かったんだけどなぁ」
「あなたが現場に必要と判断したのかもしれないわね」
頭の後ろで腕を組んだまま寝転がるうてなを横目に、深月は携帯端末を取り出して操作する。
米粒一つ残らないほど綺麗になった弁当箱を片付けた龍二も、手持ち無沙汰に携帯端末を取り出してみた。特に新しく通知などはない。
「本部の思惑がどうであっても、私たちがすべきことに変わりはないわ」
「わかってますよ。こいつを守る、でしょ」
「えぇ」
透き通るような青空を見上げながら答えるうてなに、深月は小さく頷く。
新たな危険分子の情報は特にないが、同時に安全が確認されているわけでもない。
最初の事件から約一ヶ月半。
どこまで龍二の情報が出回り、どれほどの勢力が興味を示したのか。
夏休み中にあった神無城うてなを狙った襲撃事件は、双城聖という少女の単独犯であった事が確認されている。
組織的な協力もなにもなく、双城聖は魔力を辿って神無城うてなを襲った。
魔力を辿る原因は安藤龍二の誘拐事件にあるが、それはきっかけに過ぎない。
もう彼を狙う個人や組織はないのではないか、そういう意見もあるにはある。
だが、逢沢くのりに協力する勢力がいた事は、間違いない。
それがどの程度の規模で、どのような組織なのかは判明していない。これが最大の問題だった。
安藤龍二の警護が続いている理由でもある。
このまま何事もなければいいと願う反面、それは叶わない願いなのだという事もわかってしまう。
久良屋深月は二人に気づかれないよう、小さく息を吐いて目を閉じた。
だが、すぐに目を開き、空を見上げる。
目の眩むような強すぎる日差しで、瞼の裏に刻まれた悪夢が見えなくなるように。
「昼休みって、あと十分くらいだっけ? さすがに昼寝は無理かぁ」
欠伸を噛み殺して起き上がったうてなは、ペットボトルに残された中身を一気に飲み干した。
「なんかさ、こう、私のテンションが上がるような話題、ない?」
空になったボトルを握り潰しながら、うてなは龍二を見やる。無茶ぶりだと言いかけた龍二は、ふとある行事を思い出した。
「一応、今月末には文化祭があるけど」
「文化祭って、あの文化祭?」
「うてながどういうものを想像してるか知らないけど、たぶん、一番楽しめる学校行事だと思うよ」
一般的には、と龍二は付け加える。
他の学校の文化祭がどの程度なのかを知らない龍二には比較する事はできないが、過去二年間を振り返ってみれば、素直にそう思えた。
「ちなみに私が関心あるのは食べ物があるのかってとこなんだけど、そこんとこどう?」
「出店は結構あるよ。クラス単位でも出店するし、部活単位でもするから」
「おお! それ最高じゃん。いやー、いいタイミングすぎる」
「他にも劇をやるとことか、お化け屋敷とか、他にもアトラクションみたいなものを出すところもあるけど」
「そこはあんまり。いやでも、意外と楽しめるかも。どうだろう?」
なんと答えていいかわからず、龍二は曖昧に笑みを浮かべる。
学校生活に対して、ネガティブな要因しかなかったうてなの中に、ポジティブなものが生まれていくのが手に取るようにわかる。
漫画やゲームなどをそれなりに嗜んでいるうてななら、期待が膨らむのも当然だろうと龍二は思う。
半面、フィクションで描かれるほど華やかなものを期待するとがっかりしそうではあるが、言わないでおくほうがいいだろうと苦笑した。
せっかくテンションが上がっているところに、わざわざ水を差す必要はない。
「確か、龍二は文化祭の実行委員、だったわね」
「帰宅部の義務みたいなものだから」
携帯をポケットに戻す深月にそう答え、龍二は肩を竦める。
「ふーん。ま、頑張って私が楽しめるようにしてね」
他人事のようなうてなの言葉に、深月が横槍を入れる。
「あなたも文化祭の実行委員よ。資料に記載されていたはずだけど、確認していないの?」
「は? 冗談でしょ?」
一瞬にして真顔になったうてなは、慌てた様子で携帯を取り出して確認し始めた。
その様子に深月は呆れたようにため息をつき、ペットボトルに口をつけてのどを潤す。
「うわ、本当だ。えぇ、本気で? なに考えてんの? ってか、おかしくない? 私、一応は転校生のはずなんですけど?」
もっともな疑問を口にするうてなに対し、深月はどこまでも冷静に答える。
「資料の通りよ。任務の性質上、あなたが最適と判断されたの」
「実行委員と任務のどこに関係があるわけ?」
「本来、龍二ともう一人の生徒がクラスの代表として実行委員についていた。けれどそこに欠員が出た。当然、誰かが代わりを務めなくてはならない。彼と行動を共にするのに最適な人材は、さて……誰になるかしら?」
不必要なほど丁寧に説明する深月に、うてなは怪訝な顔を浮かべていた。が、すぐにその意味を理解し、今度は渋い顔を浮かべて龍二を横目に見た。
「……まぁ、そういう事」
龍二は小さく頷き、少し困ったように笑みを浮かべる。
本来、龍二と共に実行委員を務めるはずだった少女は、もうここにはいない。
うてなはその、転校してしまった少女の代わりというわけだった。
護衛という任務を遂行するにあたって、龍二と同じく実行委員を務めるのは当然と言える。行動を共にする言い訳を考える必要もなく、ごく当たり前のように至近距離で護衛ができるのだから。
ただし、そこに横たわる諸々の事情は、彼らに複雑な感情を抱かせていた。
「理解はできた?」
「……言っとくけど、メインは護衛なんで。小難しい仕事とかはあんたがやってよね」
「わかってるよ。うてなにそういうのは期待してない」
二人に妙な気遣いをさせまいと、龍二はおどけて答える。
「よく言った。後悔するなよ?」
暗に実行委員の仕事はしないぞと宣言するうてなの脇腹に、深月の肘が鋭く突き刺さった。完全な不意打ちが見事に決まり、うてなは脇腹を押さえてくぐもった声を漏らす。
涙目になっているうてなを、深月は冷ややかに一瞥して鼻を鳴らした。
「と言っても、たぶんそんなに忙しくはならないよ。だから食い専とか、そういうのはなしでお願いしたい、かな」
「出し物は確か、焼きそば、だったかしら?」
「うん。簡単にやれるやつって事でね」
「はぁ? なにそのベタな出し物」
食べ物系の出店である事を喜ぶと思っていた龍二は、意外なうてなの反応に少し驚くが、すぐに気を取り直して付け加える。
「この学校の風潮って言うのかな。三年生はほら、受験とかいろいろあるから、簡単なものにするんだよ。思いっきりやるのは一年と二年の時に済ませてさ。まぁ、部活のほうで張り切る人たちもいるにはいるけどね」
だからこそクラスとしての出し物は、あまり手のかからない物になるのだと説明した。
「なら、仕方ない。味の監修は私に任せて」
事情を理解したうてなは、大真面目な顔で頷く。深月はつっこむ気にもなれないのか、携帯を取り出して時間を確認していた。
「それはいいけど、でもホント、食い専はやめてよ? あと、試食もほどほどで。材料とか予算に限りがあるって、言うまでもなくわかるよね?」
「よーし。やっとこのアホくさい任務に希望が見えてきたな、うんうん」
「ちょっと、うてな? 本当にダメだからね?」
「どうせならメニュー、増やさない? 味のバリエーションとかさ」
「簡単に済ませるって言ってるのに、なんでバリエーションの話が出てくるのさ」
妙な方向にやる気を出してしまいそうなうてなの様子に、龍二の不安は募るばかりだった。
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