第11話 捕獲

「それはそうと、人が近づいてくるわ。人数は七人」


 ユリアーナが東へと延びる街道の先に視線を向けた。

 俺もそちらを見るが、それらしい人影は見えない。


「二キロメートル以上先よ」


 なるほど、人間は魔力があるから魔力感知に引っかかったのか。


「魔力感知で魔物と人間の区別がつくんだな」


「人間と亜人族との区別はつかないけど、魔物か人族かくらいは何となくね」


「結構な速度で近づいてくるから馬に乗っているのかも」


「こっちの世界の人間との初めての接触か」


「こんな時間に馬を駆けさせているってことは何かあったのかしら……?」


 声音から警戒しているのが分かる。


「この状況は不味いんじゃないのか?」


 旅人が持ち歩きそうにない、椅子とテーブル、ベッドや釜戸を視線で示す。


 異空間収納はレアなスキルだと言っていたし、収納量は魔力量に比例するとも言っていた。

 相手がどんな人間なのか分からない以上、不用意に情報を与えるのは避けた方がいいだろう。


「ひと先ず、ベッドやテーブルは片付けた方がよさそうね」


「OK」


 旅人が持ち歩きそうにない椅子とテーブル、ベッドを片付け、イノシシの皮を加工してリュックサックを二つ作成する。

 その間にユリアーナが釜戸を片付け、それらしい焚火を用意した。


 はなはだ軽装だが、二人の旅人の出来上がりである。


 程なくして馬蹄の音が響き、騎乗した七人の男たちが姿を現した。

 男たちは全員が剣や槍で武装している。


「盗賊ね」


 ユリアーナが言い切った。

 人を外見で判断するのは反対だが、今回ばかりは彼女に賛成だ。七人の男たちは抜き身の剣を手に俺たちに近付いてくる。


 対する俺とユリアーナは丸腰だ。


 焚火の明かりで盗賊たちの表情が見て取れる。

 下卑げびた笑いと言うのはあんなのを言うんだろうな。見本のような七つの笑みに嫌悪感を覚える。


「こりゃ大当たりだ」


 焚火の炎に照らしだされたユリアーナを見た男たちが、口々に下品な言葉を並べ立てる。


「ちょっと若すぎるが|美人じゃねぇか」


「若すぎるのが趣味だっていう貴族や金持ちは大勢いるから大丈夫だ」


「むしろそっちの方が高く売れるってもんだ」


 これまで感じたことのない感情が俺を襲う。

 自分の連れの女の子に下品な言葉を投げかけられることが、これ程までに不快なことだと初めて知った。


「さっきさらった村娘みたいに、なぶり殺したりするんじゃねえぞ」


「アジトに連れ帰って数日楽しもうとおもったのによー」


「まったくだ。お前はやり過ぎるんだよ」


 頭の禿げあがった年配の男が左の頬に傷のある若い男を小突くと、


「勘弁してくださいよ。今度は殺さないようにしますから」


 そう言って悪びれるようすもなく笑った。

 こいつら、近隣の村から娘を攫ってなぶり殺しにしたのかよ。


 沸々と怒りが込み上げてくる。

 それはユリアーナも同じだった。


「神罰を下しましょう」


「俺たちに何か用ですか?」


 彼女の抑揚のない静かなささやきと、爆発しそうになる感情を抑えた俺の声とが重なった。


「このガキ、大人に対する口の利き方も知らねえみてえだな」


「ちーっと、しつけをしてやるか」


 男たちの間から下品な笑い声が上がった。


「それじゃ、逃げらんねえように脚を切り落とすか!」


 突然、一人が大声を上げると、これ見よがしに剣で焚火の明かりを反射させた。

 威嚇いかくのつもりなんだろうな。


 視線でユリアーナに合図を催促するのと別の男が声を上げるのが同時だった。


「まてよ、男の方も可愛らしい顔してんじゃねか」


「傷物にするなよ、値が下がるからな」


「どっちも高く売れそうじゃねえか」


 男たちが上機嫌で笑う。


「たっくん、大丈夫?」


「問題ない」


 七人全員、いつでも錬金工房に収納できることを告げた。


 初めて生きた人間を収納することになりそうだが、俺の精神状態は極めて落ち着いている。

 むしろ、酷く不快にさせる連中を『さっさと視界から消したい』、という感情が急速に膨れ上がっていく。


「たっくん、顔が怖いわよ」


 どうやら自然と口元が綻んでしまったようだ。

 俺は口元を引き締めて彼女にささやく。


「もう十分だろ?」


「まだよ。言質を取ってからね」


 文字通り女神様の愛らしい笑みだ。


「あたしたちをどうする気かしら?」


 そう言葉を発したときには、たった今、俺に向けられた愛らしい笑みは消えていた。

 そこにあったのは酷薄な笑み。


「まずは俺たちのお屋敷にご招待だ。そこでたっぷりと楽しんでもらったら街へ連れてってやるよ」


 何が待ち受けているのか容易に想像ができるような言葉をわざと選んでいる。

 彼女が怯えるのを見て楽しむつもりなのだろう。


「そっから先は貴族や金持ちの商人のところだ」


「もしかしたら外国に連れてってもらえるかもな」


 盗賊たちの下品な笑い声が沸き起こる。

 大声で笑う盗賊たちにユリアーナが冷笑を浴びせた。


「あなたたちは人さらいね? あたしたちを奴隷商人に売るつもりなんでしょ?」


「良くできました」


「お嬢ちゃんはこっちのガキと違って賢いな」


「たっくん、やっちゃって」


 盗賊たちの笑い声が響くかな、ユリアーナのささやきが俺の耳に届いた。

 次の瞬間、笑い声もろとも盗賊たちが消える。


「終わったよ」


「ご苦労様」


「こいつらどうする?」


「情報を聞き出したいから、取り敢えず拘束した状態で一人吐き出してくれる?」


「アジトを襲撃するのか?」


 自分でも声が弾んでいるのが分かる。

 俺は武装解除した盗賊の一人を手枷と足枷をで身動きできない状態にして地面に転がした。


「なんだ? てめえら、何をしやがった!」


「これからあなたに質問をするから正直に答えてね」


 ユリアーナが楽しそうに告げた。


「おい、お前らこいつらを痛めつけろ!」


 自由にならない手足を必死に動かして大声を張り上げた。


 状況が把握できていないようだな。

 この男にある最後の記憶は、武装した仲間たちで俺とユリアーナを囲んで笑っていた瞬間なのだから無理もない。


「誰もいないぞ」


 地面に転がった男は初めて周囲を見回す。


「皆、あなたを見捨てて逃げていったわよ」


 男が顔を蒼ざめさせた。

 自分が独り取り残され、拘束されていることをようやく理解したようだ。

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