第7話 人造人間対生ける屍
キヨに連れられ、長町達夫は古びたアパートの一室へと連れてこられていた。
彼は、なんとか拝み倒す様な形でキヨの用事を諦めさせた。彼のあまりに情けない懇願に、キヨは己の主人ならば力になってくれるかもしれないと彼に提案することになったのである。
こうして、
突然の訪問者に怪訝な顔をしていた磤馭慮は、必至に説明する達夫の言葉に呆れるような顔をする。
「ゾンビぃ? 何を馬鹿なことを言っとるんじゃ」
彼は部屋に散乱した赤い土の粉の様なものを、手でかき集める作業をしながら、めんどくさそうに答えた。
「嘘じゃないんです! 倒れていた人が突然起き上がって、また別の人を襲って・・・・・・あれはゾンビみたいなものだと思います!」
人に食らい付く正気を失った者の姿を思い出し、達夫に恐怖の感情が蘇る。しかし、磤馭慮は彼を相手にせず、キヨへと口を開いた。
「おい、おキヨ。こんな訳の分からん男を連れてきては、いかんじゃろうが。それに儂が頼んでおいた箒も買ってこないで、一体どういうことじゃ」
「スミマセン。御主人サマ」
「いいから、さっさと、この男をつまみ出して、雑貨屋で箒を買ってきておくれ。箒がないと、部屋の掃除も碌に出来んからの」
「ハイ、御主人サマ」
そう返事をするやいなや、達夫の首根っこを掴むかのようにして、部屋の外へと向かおうとするキヨ。達夫は、このまま追い返されては冗談ではないと抵抗するものの、彼女の細腕からは想像も付かないほどビクともしない強さで引きずられてしまう。ちょっとまってくれと達夫が口を開く前に、磤馭慮が彼女を呼び止めた。
「あ、そうじゃ。ついでに掃除機も買ってきてくれ」
「カシコマリマシタ」
「・・・・・・ちょっと待ってくださいよ!」
達夫はたまらず、磤馭慮達の会話に割って入った。
「本当なんですよ、まるで映画のゾンビか何かみたいに・・・・・・」
「まだ言っておるのか・・・・・・だいたいお主、ゾンビ、ゾンビと言っておるが、ありゃ呪術師が死体が腐る前に墓から掘り出して、わざわざ蘇らせるものだろう。火葬が主流の日本でゾンビなんぞ無理じゃ。どう考えても」
磤馭慮の溜息交じりの説明に、達夫は首をかしげる。
「え? ゾンビって言えば漏れ出した細菌に感染して、パンデミックがどうとかって話では・・・・・・」
達夫の説明に今度は磤馭慮の方が首をかしげた。
「え? 使用人として働かせるものじゃないの?」
二人はどうも、自分たちの会話がかみ合っていないことに気が付いた。
「いや、普通ゾンビって言えば、司祭が面倒な手順で蘇らせる奴隷みたいなものじゃろ。人を襲っていたというなら、だれかが命令したり操っていたのではないのか?」
「いやいや、アレはむしろ無差別に襲ってたって感じだったと思いますけど」
達夫はすぐに逃げ出してしまったとはいえ、あの遭遇した怪物がコンビニ店員を襲っていた光景は忘れない。あれは手当たり次第に近くに居る人物を襲っているといった感じで、誰かの命令を聞くような上品なものではない。
「・・・・・・では、それゾンビではないのではないか」
磤馭慮の言葉に達夫は考えてみる。しかし、よくよく考えたらゾンビかどうかはあまり関係がない。人が襲われているという事が重要なのだった。
「そうなんですかね? でも人が襲われて大変なんです。一人でいるのは心細いんですよ」
「なんじゃ! この愚昧は。儂がわざわざ教えてやったというのに!」
達夫のどうでもよさそうな言葉に磤馭慮はいらだちを覚え、そう吐き捨てるように口にした。そもそも突然やって来て、本来付き合う必要のない話をされた磤馭慮は不機嫌であった。
しかし、話に出てくるなんだかよく分からないソレを、達夫がひどく恐れている事だけは分かったので、磤馭慮は彼の感情を利用することにした。
「全く、杜漏な事ばかりの愚か者め。しかし、護衛料として100万円払うと言うならその怪物なんとかしてやっても良い」
「ひゃ、百万円?」
突然の提案に達夫は息を呑む。
「そんな大金、払えるわけないでしょう」
「では、貴様も怪物の餌になると良い。儂には関係ない事じゃ」
「・・・・・・そもそも、あなた何者なんですか? 本当に守ってもらえるって言うんですか!」
見た目は恐ろしいとは言え、人を襲う怪物に磤馭慮が対抗できるとは思えない。達夫は語気を強めて、そう口にする。
「ぐわははははっ。儂こそは偉大なる発明家と呼ばれた磤馭慮じゃ。そしてそこに居るのは儂の最高傑作の一つ、人造人間である! おキヨならば化物をひねり潰すなど造作もない事よ」
達夫が暴れてもびくともしない細腕で、彼を外へと連れ出そうとしていたキヨの正体を明かされ、達夫はしばらくのあいだ呆けた様に黙ってしまった。
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