魔法使いと生物災害

第5話 生物災害

 「・・・・・・なんだよ、何なんだいったい!」


 仕事の合間に、今日の昼食をコンビニエンスストアで物色していた長町ながまち 達夫たつおが、異変に気付いたのは、外で大きな悲鳴や複数の怒鳴り声が聞こえてきた時であった。

 

 彼は最初、けんかでもあったのだろうと気にもしていなかったが、その喧騒が徐々に近づいてくるにつれ、何かとんでもないことでも起こっているのではないかと、店の外に注意を向けた。しかし、そんな彼も、通り魔事件や強盗、引ったくりの可能性を考える程度であって実際の事態の深刻さには思い至ってはいなかった。


 騒ぎが聞こえなくなり、小太りの男性店員が恐る恐る店を出て行く。達夫もそんな店員に続くように外の様子を窺った。

 店の外には何人かの人物が倒れており、コンビニ店員は「大丈夫ですか!」と声を張り上げて、倒れている人物達へと駆け寄っていく。どうも、通り魔事件の類いだったらしいと判断した達夫は、外に倒れている被害者の心配など二の次で、自分が襲われなかったことにほっと胸をなで下ろし、自分が店内に居たことの幸運を喜んだ。

 

 店員はまだ、倒れている人へと声をかけているようである。店内には、客は自分一人、店員はまだ複数人居るのかもしれないが、奥で休んでいるのか顔を出さないため、現状で自分が何もしないという訳にもいかない。


「・・・・・・えぇっと、警察、警察。いや、この場合は救急車かな?」


「?」


 しかし、救急や警察に連絡しても不通。

 自分の携帯が壊れたのかと確かめていると、先程の店員の悲鳴が聞こえ、ぎょっとして顔をあげる。

 悲鳴を上げている店員は、先程まで倒れていた人物の一人である女性に襲われていた。今は血まみれで、常軌を逸した恐ろしい形相だが、先程まで倒れていた被害者の一人に違いあるまい。悲鳴を上げるコンビニ店員の喉元に食らいつく様子は正気の沙汰ではない。


 長町達夫は、跳ねるように店から走り出した。


 店員を助けようという気は更々なかったし、どうせあれでは助かるまい。

 何年ぶりともいえる全力疾走で、口からは妙な笑いがこぼれてくる。


「・・・・・・なんだよ、何なんだいったい!」


 先程の光景、彼には一つ思い当たるものがあった。当然ながら現実の物ではなく、映画や漫画、そして寝付きが悪い時の夢などで知っているものだ。

 先程の女性、まさにホラーやパニック作品に登場するゾンビそのものではないだろうか。


「・・・・・・映画や夢じゃないんだぞ!」


 勘弁してくれと悪態をつきながら、それでも彼はコンビニから少しでも離れるため、道を走った。幸い走る先には、人影もなく、恐ろしいゾンビもいなかった。

 それでも彼の足は止まらない。怖くて後ろを振り向くこともできない。そんな状態でとにかく身体を動かす彼が急に止まれるはずもなく、曲がり角の所で出会い頭に人とぶつかってしまった。


「っひ!」


 己の勢いが、ぶつかった時に全て跳ね返ってきたかのような衝撃で、達夫はひっくり返るように倒れ込んだ。相手の方もただでは済まないはずだと思ったが、彼の予想に反して、相手からは、大丈夫ですかと声をかけられた。

 コンビニ店員も同じような台詞を言っていたような気がするが、先程と違い、落ち着いた、あるいは何の感情もこもっていないような冷たい声だった。


 緩慢な動きで顔を向けた先には、しれっとした様子で細身の女が立っていた。


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