第4話 神の像

 「おーい!」


 磤馭慮おのごろの呼び声に、集落の未確認生物達は反応を示した。

 しかし、出会い頭に石を投げてくることもなければ、うろたえたような姿も見せなかった。先程に比べれば、未確認生物達の方も磤馭慮達に慣れたらしい。


「頼むぞ、おキヨ!」


「承知シマシタ。御主人サマ」


 長旅になることも予想し用意しておいた大量の非常食を、抱えるようにして持ってきた人造人間のキヨは、遠慮なく未確認生物達の方へと近づいていく。

 その行動に、慣れたとはいえ、まだまだ警戒しているらしい様子の未確認生物達には緊張が走った、様に思えた。


 キヨは集落の中央辺りまで進むと、抱えていた荷物を降ろして佇んだ。



 そうした状態のまま、どれほどの時間が経過しただろう。

 長いとも、短いとも言えぬ、曖昧な頃合いになったあたりで、状況に変化が訪れた。しばらく遠巻きに様子を窺っているだけだった未確認生物達は、キヨが何もしてこない事が分かったのか、徐々に置いてある荷物に近づいてきた。

 未確認生物の方にも磤馭慮達に対して多少の興味はあるようで、警戒心も下がっているようである。


 そんな時、一匹の小型の未確認生物がキヨの方へとやって来た。

 細い腕を伸ばして、一瞬だけ触れると、逃げるように距離を取り、離れたところからキヨの様子を観察している。人間の子供がいたずらで、他人にちょっかいをかける様子に似ていると人造人間のキヨは判断し、特に反応をすることはしなかった。


「◎◎×□△▼?」

「◎□○▽・○」


 やがて、匂いから荷物を食べ物として認識し、口に含んでみる個体や、警戒を含んだ、ちょっと触れる程度の行為から、大胆に触ったり、つついたり、押したりしてキヨが反応するのを待つという個体まで現れはじめる。

 磤馭慮は、そんな未確認生物達の様子から、彼らにはこちらと積極的に対立する意思がないこと、また、彼らへ、磤馭慮達にも対立の意思はないということをある程度示せたのだと考えた。

 磤馭慮はキヨに次なる指示を出すことにした。


「よいか、おキヨ! なるべく大きい塊じゃぞ」


「ハイ、御主人サマ」


 

 果たして、呆気ないほど簡単に岩の塊は手に入った。キヨの身振り手振りによる意思の疎通の試みはなんとか成功したようで、転移マシンにぎりぎり詰め込める程の巨大な岩を手に入れることができた。

 日本に存在する、巨岩などに注連縄しめなわを巻いて、磐座いわくらとして信仰する、といった風習があるわけでもなく、未確認生物達の集落に存在する巨大な赤土の塊の回収は、特に彼らによる抵抗もなく行えた。

 ただ、細身の少女であるキヨが、巨大な岩の塊を難なく持ち上げた際には、未確認生物達も非常に驚いている様子であり、その創造主である磤馭慮も得意満面な笑みを浮かべていた。


 かくして、鉱物の塊を手に入れ、未確認生物達に別れを告げた磤馭慮達は、異世界転移マシンへと戻ってきた。折れたレバーも根元との繋がり自体には問題がなくそのまま使えそうであり、使用した際の衝撃は故障というよりは、単に転移するための衝撃らしかった。

 衝撃に備えるための安全装置の必要性を磤馭慮は思いながらも、今回の帰還については、間に合わせとして、人造人間のキヨに支えてもらい衝撃に備えることにした。


「まあ、何はともあれ計画通り。あっという間に解決で万々歳じゃ。ぐわっはっはっはっは」


「ハイ、御主人サマ」



§



「いったい何だったんだ、あの奇妙な生き物は」


「分からん。しかし、あの異形、言い伝えにある客人神まれびとがみではなかろうか?」


「客人神というと、不猟の際に現れて恵みをもたらすってやつかい?」


 磤馭慮達の去った集落では、未確認生物達が先程の奇妙な出来事について話し合っていた。子供達は未知の生物に触ったことを自慢し合い、大人達は思わぬ収穫に首をかしげるばかり。


「確かに今は不猟で食糧不足。あの妙な生き物が持ってきたの食料は、ある意味、神の恵みなのかもしれんが」


「しかし、客人神なんてのはお伽話だろう? 伝承としても、そんな都合のいい話があるかね?」


「その伝承も、元々我らの先祖が実際にあったことを言い伝えてきたのかもしれぬぞ」


「確かに、大の大人が何人かでようやく動かせる家の廃材を、一人で楽々持ち上げていたもんな。ありゃ伝承の神そのものだろうよ」


「・・・・・・じゃあ、俺はその神様に石をぶつけるような事しちまったってことか」


 喧々囂々としまとまりがつかなくなった様子に、集落の首長にあたる者が一つの提案をだした。


「まあまあ、各々方意見もあろうが、今は食料が手に入ったことを喜ぼうではないか。それと、今回の出来事を記録するという意味で、住宅用だった未加工の巨岩の一つを使って神像でも作ってみてはどうだろう? 仮に投石の報復があるとしても、よもや自分の神像が建った村をことごとく潰すということもあるまいよ」


 首長の言は多くの者が納得できるもので、その場は一件落着の様相を呈した。

 それぞれ、自分の家に戻ったり、食料を運んだりする役割になったりとばらけはじめる。


「それにしても、一体なんだって、廃材なんか持って行ったりしたんだ?」


「最近は人手が集まらんから廃材も放置気味になっていたじゃないか。特に大きい奴なんかはさ。案外神様がその辺の事情を考えて手助けをしてくれたのかもしれないぞ」


 多くの者が解散する中、その場に残った一人が首長へと口を開いた。


「そう言えば、客人神様のそばにいた一匹の生き物。あれは何だったんですかねえ?」


「さあねぇ。大方、客人神様についてまわる使いっ走りか何かだろうて」


 

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