魔法使いと未知の世界

第1話 異世界転移マシン

「いつも、いつも、何してるか知らないけど、遅くまでうるっさいのよ! 周りの迷惑も考えてもらいたいんだけど?」


「何を言うか。貴様こそ、ダイエットだかヨガだか知らんが、いつもドスドスとうるさいではないか! 相撲取りの四股かね」


「ああん?」

「やるか?」


 という、どうでもよい争いがあった翌朝。

 彼は、質素な朝食をかっ込むように食べていた。

 彼こそは、幾千年を生き延びる太古の荒振神の一柱、稀代の大魔法使い、偉大なる発明家、まつろわぬ怪物、恐怖の大魔王と畏れられた者であるらしい。

 現在では伝村和つたひら 磤馭慮おのごろと名乗り、古ぼけた賃貸住宅の一室に暮らす変わり者でしかないので、相手をしてくれるのは自分の創造物である人造人間だけという有様だが。


「全く、無礼な小娘め。いつも邪魔しおってからに・・・・・・」


「御代わりデスカ?」


 ひび割れた茶碗を受け取った、人造人間の少女は手早くご飯をよそう。

 彼女の主人は、ふんわりふっくらとしたご飯粒がつぶれるのを極度にいやがるため、自律思考によって獲得した、磤馭慮好みのご飯のよそい方をしなければならないのだ。初めてご飯をよそった時などは、大いに文句を付けられたことを、彼女は忘れていなかった。


「ふむ、それにしても、金策をせんことには、材料獲得も環境改善も儘ならん。特にあの隣の娘なんぞは話にもならん!」


「ハイ、御主人サマ」


 文句を言いながら、スーパーで特売だった、鰯の梅しそ巻きをおかずに、ご飯をかっ食らう磤馭慮。しかし、あまりに勢いよく食べていたせいか、むせ込んでしまった。

 咳き込む彼の背を撫でながら、自律思考する人造人間は、まるで人間のように主人を気遣ってみせる。


「ダイジョウブデスカ? 御主人サマ」


 しばらく、顔を伏せていた磤馭慮だったが、少し楽になったのか、勢いよく顔を上げて、己の傑作の一つである彼女へと口を開いた。


「心配することはないぞ、おキヨ! が創造したる逸物によって、こんな劣悪な環境とはおさらばだ!」


「?」


 磤馭慮が自信満々に指し示す場所には、先日新たに誕生した、甕の様な形の異様な発明品があった。


「これは、この現世うつしよを起点に、利用者の生体電気のパターンを用い、強引に多元的な世界の存在を証明し、本来は観測不可能な外界への跳躍を可能とする力がある。つまりこれさえあれば、異国のみならず、地球外といった、遼遠なる地域ばかりか、自己の空想の世界や思想観念の中にある天国や地獄といった場所にも一瞬にして転移が可能になるのだよ」


「これぞ名付けて、異世界転移マシーン! どうじゃ、おキヨ、すごいじゃろう?」


「ハイ、御主人サマ」


「ぐぬあっはっはっはっはっはっは」


 彼らの中でのお決まりとなっているやりとりをした後、磤馭慮は事前に用意していた彼手製の防護服を身に纏い、キヨと名付けた人造人間と共に異世界転移マシンに乗り込んだ。


「貴重な鉱物や貴金属類が手頃に手に入るような場所に転移すれば、持ち帰って金に換えるのも難しくあるまい。さあ出発だ。いざ行かん! 未知なる荒野に夢を求めて」


「ハイ、御主人サマ」


 主人の命で、人造人間はレバー状のスイッチを引き、異世界転移マシンを作動させる。

 が、ここで問題が発生した。人造人間の持つ、強大な腕力がレバーをへし折ってしまったのである。自律思考の人造人間とはいえ、いや、だからこそかもしれないが、慣れぬ作業ではこのようなことも起こる。


「・・・・・・なっ・・・・・・なっ」


「スミマセン、御主人サマ」


 絶句する磤馭慮に対して、人造人間は心なしか申し訳なさそうに、そう口にした。心なしも何も、人造人間に心などないのだから、単に陰影の付き方でそう感じただけかもしれないが。

 なんと言っても、人は、三つの点が集まった単なる図形を人の顔と認識してしまう位なのだから。


 言葉を失った彼らは、直後、爆発でも起こったかのような大きな衝撃に襲われた。



 

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